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南田裕介の「鉄印帳」片手に ホリプロ・マネジャーが薦める第三セクター鉄道の旅【第16回・若桜鉄道若桜線】

2022年09月18日12時00分

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 若桜鉄道若桜線は、鳥取県の郡家駅(こおげ、八頭町)から若桜駅(わかさ、若桜町)を結ぶ19.2キロ の路線です。若桜線の歴史は古く、1930(昭和5)年に開業しました。兵庫県八鹿町付近までの延伸計画もあったのですが、着工されることはありませんでした。87年の国鉄分割民営化に伴いJR西日本若桜線となりましたが、同年10月14日に若桜鉄道が開業し現在に至ります。

 現在4両の気動車を所有していて、平日は14往復の普通列車が運行されています。そのうち6往復は郡家駅からJR西日本因美線経由で鳥取駅まで顔を出します。800系新幹線をはじめ多くの鉄道車両を手掛けてきた工業デザイナーの水戸岡鋭治氏による「昭和号」や「若桜号」「八頭号」は、車内が木目調で落ち着くと評判で、毎日元気に走っています。今回は駅に注目した旅をしたいと思います。

どこか懐かしい風情の若桜駅

 郡家駅からまずは若桜駅に向かってみましょう。

 車窓には田んぼや畑、川などが広がるのですが、ところどころ民家や国道なども存在していて、一文字で表すなら「里」というのが最もふさわしいと思います。だんだん山が両端に迫ってくると、間もなく終点若桜駅です。

 ディーゼルカーから降りたその駅は、昭和の雰囲気がたっぷり残っていました。ホーム上にはペンキで描かれた白線があります。昔はどの駅もこういう風景でしたね。電柱にはホーロー製の板に「わかさ」と手書きされた看板が貼られています。昔ながらの木のベンチ。そして荷物輸送をしていた頃の名残でしょうか、大きなはかりも置いてありました。

 改札口を抜け駅舎に入ります。2020年にリニューアルされた駅舎は、国の登録有形文化財にもなっています。待合室やラウンジのほか、水戸岡氏デザインのカフェも併設されています。やはり木目調が印象的でとても雰囲気がありますね。改札口には各種スタンプが用意されていて記念に押していかれる方もたくさんいらっしゃるようです。

 駅全体を見てみましょう。いやーいい駅ですねー。木造の駅舎。そして青々と広がる樹木とツツジの生け垣。昭和の時間が、そのまま止まっている気がします。

 若桜駅には、蒸気機関車(SL)などの歴史的な車両が動態保存されています。そして注目はやはりSL「C12 167」です。この機関車は若桜線を含む山陰地方や関西地方、九州で活躍した後に引退して30年ほど兵庫県加美町で長らく静態保存されていました。その後この若桜駅にやってきて、整備を重ねた上で圧縮空気を使って実際に自走できるようになりました。

 こう言ってしまえば簡単ですが、これは革命的な出来事なのです。石炭を燃やして走らせるには大幅な修繕やコスト、期間を要します。しかしこの圧縮空気システムの開発は、動態保存のハードルを大幅に下げました。再び自走できるようになったSLは全国各地に存在し、現役時代の姿を今に伝えます。

 若桜鉄道では2015年4月に本線走行の実証実験も行い、1万3000人のお客さんがこの若桜を訪れました。

 イベントが開催される日には、「C12 167」が若桜駅構内を往復し、連結されたトロッコ車両に乗ることもできます。またなんと!、このSLは体験運転までできるのです。電車とは運転方法が明らかに異なり、機関車を動かす仕組みをしっかり理解して、かつ訓練を受けないとできない、また、なかなか「お手本」も見られない運転方法を、職員さんが分かりやすく教えてくれるのです。

 もうひとつの注目車両はディーゼル機関車「DD16」。SLからの代替として開発された機関車です。特に「C12」のような小型SLの後継車として開発されたのがこの「DD16」なのです。

 この「DD16」は、東京都国分寺市にある鉄道技術研究所構内で入換用に使用されていましたが、2012年に若桜にやってきました。大型のディーゼル機関車「DD51」やローカル線・入替用の「DE10」は何度も見たことがありましたが、この小さな「DD16」をじっくり見られるのは、ここだけとなってしまったのではないでしょうか。

 側面から見た車体は凸型ですが前後非対称なところや、寒冷地で活躍していたことを物語る運転席窓の旋回窓、通行手形タブレットを引っかけるフック(タブレットキャッチャーなど)など、どれもこれも実に味わい深い。この機関車も実際に動き、体験運転を実施しています。

 もちろん車両以外にも見どころはあります。歴史を感じさせる給水塔は、かつてここにSLが水を求めてやってきたということの証しです。

 そして転車台。「ターンテーブル」とも呼ばれます。こちらの転車台はなんと人力なんです。人が手で押して機関車の方向を変えるのです。めちゃめちゃ重そうで私には無理だろうと思いきや、一人では不可能でしたが何人かで力を合わせると動きました! 重い機関車が回転するのは少し不思議ですが、小さな力で大きなものを動かすことができる装置が大昔から使用されてきたことを考えると感慨深いです。

 この転車台の線路部分をよく見ると、枕木になにやらプレート状のものが貼り付けられているのが分かります。これが「枕木オーナー」制度。なんと、3年間ではありますが、この枕木の持ち主となることができるのです。プレートに自分の好きな言葉と名前を載せることができます。転車台以外にもホームから見える線路、若桜駅以外にも設置できる駅があります。八頭高校前駅には私の枕木があり、駅を利用する高校生へメッセージを送りました。

 定年退職を迎えた鉄道好きの先輩に、この枕木をプレゼントしたことがあります。若桜駅に設置したのですが、実際に見に行ってくださいました。でもその時、枕木上には乗って帰るつもりだったディーゼルカーが停まっていて肝心の枕木が見えない! しかし、先輩は、それを乗り過ごし2時間待って次の列車にしていただいたそうです。うれしかったですね。

 おなかがすいてきたので駅前の「ごはんとおみやげyamaneya」へ。大人気だという「焼さば重」を注文しました。この「焼きさば重」、評判通りなかなかおいしかったです。主役の焼きさばは脂が乗っていて柔らかいのですが、卵焼き、サーモンも主役級でとても美味。また、甘めのタレがかかっているのが珍しく、添えられたイクラと大葉の風味も効いていました。なかなかこれまで出会ってこなかった食材の競演で、また食べたくなっています。若桜の町には他にもグルメなお店があって、若桜鉄道のホームページでは沿線ガイドがダウンロードできるのでチェックしてみてください。

ライダーの聖地である3セク駅

 もう一つぜひご紹介したい駅があります。それは隼駅です。若桜線が走り始めた昭和5年から開業しています。木造の駅舎は、当時の姿をとどめており、とても歴史を感じさせる作りで、国の登録有形文化財に指定されています。駅前の昔ながらの郵便ポストがアクセントになっていますね。待合室も木でできたベンチがあって趣深いです。

 隼駅は今は無人駅ですが、昔は駅員さんがいらっしゃいました。その駅員さんが仕事をしていたスペースが今は売店として活用されています。いろいろな鉄道グッズを販売していて、たくさんの鉄道ファンが訪れます。

 ところが、この隼駅を訪れるのは鉄道ファンだけではないのです。その人々とはオートバイファン。スズキの「隼」という大型バイクがあり、オーナーたちにとってこの駅は“聖地”なのだとか。その「隼」に乗ったバイク好きの方が時折この駅を訪れるのです。毎年8月には「隼駅まつり」が開催され、全国からライダーたちが「隼」にまたがってこの駅にやってきます。参加数が1000台を超える年もあったといいますから、その様子は荘厳だったでしょう。列車でも1両、「隼」をラッピングした車両も走っていて、バイク好きにはたまらないとか。

鉄道ファン垂涎の「道の駅」

「ちょっと面白い駅がありますよ。駅は駅でも道の駅ですが」と聞いてやってきたのが「道の駅はっとう」(八頭町)。道の駅は若桜駅近くにもあってにぎわっているのですが、こちらの「はっとう」は特別らしいのです。中に入ってみるとレジ横にカブトムシの幼虫が売っていること以外は、一見普通の道の駅のよう。産地直送の野菜やお徳用キノコ、日本酒、お土産品などが販売されています。

 どこが面白いのかなと思って見回してみると、見つけました。一番奥のコーナーで販売されているのは、なんと鉄道部品!! 「電気信号機」3万円、「踏切警報音発生器発信器部」8000円、「手旗3本セット」4800円、踏切や信号で使われていた「リレー」3800円、踏切の中で使われいている「踏切用信号電球」400円などが、当たり前のように並んでいます。副店長さんにお話を聞くと、結構売れ行きはよいそう。他にも「線路の石缶詰」や「使用済み入場券」などグッズ要素のある商品もいろんなものがあって、たしかに面白い。こんな道の駅、見たことありません。

 バイク用品もとても充実しているのも特徴。バイク好きの方々がここを訪れお土産品を買っていくらしく、壁にはツーリングチームのステッカーがたくさん貼られていました。バイクの展示もされていて、このゾーンはバイク用品店みたいです。

 そしてわたしはと言えば、きっと鳥取県東部の“青春”を支えたであろうご当地パン「亀井堂」コーナーで、食パンにあんこを挟んで揚げた「マイフライ」と、大山乳業の「白バラのむヨーグルト」、そして野菜とタケノコを購入し店を後にしました。

 若桜鉄道の鉄印は若桜駅窓口でゲットすることができます。桜が描かれた和紙に毛筆で「若桜鉄道」と書かれていて、若桜にちなみ桜の花びらをデザインとして取り入れています。桜のデザインと桜の薄いピンクは上品でいいですね。縁にアルファベット、中央に漢字という和洋の融合も素晴らしい。ちなみに「若桜鉄道」の文字は専務の方が書かれたということです。

「道の駅はっとう」の最寄りの徳丸駅(八頭町)から「昭和号」で郡家駅に戻ることにしました。最近、列車の行き違いができるようになった八東駅(同)から女性が乗ってきました。ホームにはその母親らしきおばあさんが見送りに来ています。ドアが閉まり列車は出発し、手を振りつつ、座席についてほっと一息つかれて―しばしの別れなのでしょうか。まるでドラマのようなシーンと偶然出会いました。

 都心でもこういうシーンが毎日のように繰り広げられているのでしょうが気づくことが少ないように思います。頭の中が仕事や私用でいっぱいいっぱいだったり、スマホからの情報キャッチで精いっぱいだったりしたかもしれません。逆に言えばローカル線で頭のスイッチをoffにしていたからこそ、このシーンに気づけたのかもしれませんね、などと思いながら妙に満足して、郡家駅から特急と新幹線とで帰京しました。明日からの仕事もまた頑張ろうという気持ちになりました。

(2022年9月18日掲載)

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