天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線(天浜線)は、静岡県の掛川駅(掛川市)と新所原駅(湖西市)を結ぶローカル鉄道です。もともとは1935年に開業した国鉄二俣線でした。東海道線の迂回(うかい)路としての役割も狙って建設されました。1987年にその路線を譲り受けて天浜線として生まれ変わり、現在もたくさんのお客さんを運んでいます。この路線には特徴がたくさんあってものすごく面白いです。今回はその見どころを三つに分けてご紹介していきたいと思います。
有形文化財の宝庫
天浜線沿線には国登録の有形文化財がとにかくいっぱいあります。
国鉄時代に建築された建造物などがそのままの形で残っており、そのうち半分以上は、現在も普段使いされているという、なかなか歴史が詰まった路線なのです。
今回は注目したのは、天竜浜名湖鉄道の本社のある天竜二俣駅(浜松市)―。駅のホームに降り立つと、そこはもう国の登録有形文化財。ホームも屋根も有形文化財です。木造の屋根と柱は見るからに歴史を感じます。構内踏切を渡り駅の改札口を出ると、駅舎自体も国の登録有形文化財です。いろんな時代にいろんな生活、いろんな出会い、いろんな別れを見てきたのでしょう。
有形文化財はここだけではありません。駅舎とは反対側の車庫にもたくさん文化財があります。
一番特徴的なのが扇形車庫。大昔ここに蒸気機関車(SL)が走っていた頃に作られたもので、ターンテーブル(転車台)とセットで現在も使われています。このターンテーブルも登録有形文化財。かつてSLを格納していた車庫には現在、1両編成のディーゼルカー・レールバスが体を休めています。定期的な検査もここで行われ、時には、台車が外されて仮台車を履いた車両を見ることもできます。しっかり整備されていて、私たちが健康診断を受けているような感覚です。
他にもSLに必要不可欠だった給水タンクなど注目すべきところがいくつもあるのですが、最後に一つだけ浴場をご紹介させてください。もともとSLが走っていた時代、煙や石炭で汚れてしまった鉄道員さんたちがここで汚れと疲れを落としていました。もうこのお風呂は使われていないようですが、ここで鉄道員たちが集い、鉄道と人の生活、そして日本の発展を支えてきたのだと思うと感慨深いです。
通常、車庫に一般客が立ち入ることはできませんが、週末を中心にイベントが開催されています。ホームから天浜線の車両に乗って車庫まで走り、その車両に乗ったままターンテーブルで回転、その後車庫を見学するというマニア垂涎の「ツアー」もあります。距離そのものはものすごく短いツアーですが、はるかかなたの時空への旅と考えると、なかなか味わい深いものです。
天竜二俣駅以外にも、木造駅舎を構える遠江一宮駅(森町)など、有形文化財を持つ駅がたくさんありますのでその歴史に触れていただきたいなと思います。
エキナカグルメがすごい!
天竜浜名湖鉄道はエキナカグルメが充実していることでも知られています。現在は無人駅になっていて、もともと駅長室などがあったスペースを活用していろんなお店が展開されています。
以前、静岡朝日テレビ「とびっきり!サンデー」でこれらのエキナカグルメを体験したことがあります。
アニメ映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(2021年)にも登場し、一気にメジャーな存在となった天竜二俣駅にあるのが「ホームラン軒」。本格的なラーメンでものすごくおいしかったです。ラーメン屋さんならではの活気に満ちあふれ、スープと麺との香りが店内に充満しています。有名人のサインが壁にじかに書かれているのも面白いです。
イタリアンレストラン「piazza」が入居しているのが金指駅(かなさし、浜松市)。ピザ窯はとても立派で、本格的なピザを楽しめます。鉄道ファンと言うよりは、そうでないお客さんの方が多かった印象です。
同じ浜松市内にある西気賀駅の「グリル八雲」は本格的な洋食屋さんで、ここではビーフシチューをいただきました。一つ一つの食器やシルバー類、お店の雰囲気などどことなく懐かしい印象。料理長の方はグルメ激戦区の名古屋で長く腕を振るってこられた方だそう。営業時間が短いのもむしろポイント。訪問できるチャンスが少ないとその分“萌え”ますね。
ユリカモメが飛来する浜名湖佐久米駅(同市)にも喫茶店「かとれあ」があります。古き良き時代の喫茶店がそのまま残っていて、味がありますね。もちろん漫画も新聞も置いてあります。ここのカレーはまさしく「喫茶店のカレー」。癒やされました。
他にも、持ち帰りギョーザ専門店にまるで見えない和風のつくりの「山田幸之助」のある宮口駅(同市)、イートインスペースで列車を眺めながらパンが食べられる「メイ・ポップ」が入居する都筑駅、中学生のアイデアから生まれた地元三ケ日牛を使った本格ハンバーガーで知られる「グラニーズバーガー&カフェ」を持つ三ケ日駅(同市)、バイク好きのご主人が切り盛りする「中華屋 貴長」のある気賀駅(同市)など盛りだくさんです。
今回いろんなお店を見て思ったことは、駅に人が集まっているということです。活気に満ちあふれていました。それは必ずしも天竜浜名湖鉄道線目的で集まってきたわけではありません。しかし「駅=人の集まる場所」であることには変わりはなく、この点がこの路線の特徴だなと思います。
魅力あふれる新駅
天竜浜名湖鉄道は、開業以来たくさんの駅を新設してきました。
例えば1996年にできた掛川市役所前駅は、掛川駅から数百メートルしか離れていませんが、この駅の開業によって市役所へのアクセスが格段に良くなりました。同じ年に開業したフルーツパーク駅も、冬のイルミネーションで知られる静岡県屈指のテーマパーク「フルーツパーク」まで徒歩8分の場所にあります。駅名ネーミングライツ制度に地元企業であるスズキ二輪が応募、同社の名車中の名車である大型バイクにちなみ「KATANA(カタナ)」の副駅名も持ちます。開業してから30年近くになり、いずれもピッカピカの新駅だった頃の面影はかなり薄れ、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
そんな新駅の中、注目すべきはアスモ前駅(湖西市)です。「アスモ」とは、近くにある自動車部品メーカー名から命名されました。同社は2018年に親会社のデンソーと統合しましたが、駅名はそのまま現在も変わっていません。
この駅はいわゆる“秘境駅”で何もありません。デンソー湖西製作所と隣接しているのですが、ここは関係者しか通ることができず、一般のお客さんは道路まで舗装されていない道を行くしかありません。逆に道路側から見ると、この先に駅があるなんて全く思わない独特の雰囲気を持った駅です。林の木々に囲まれたホームは、緑のトンネルの中にあるようなイメージ。ホームにはコケが生え、誕生から30年が経過していることを物語っています。
「アスモ前」という駅名は、「明日も前」と当てることができ、「明日も前に進む」というエネルギーに満ちた駅名とも言え、一時期は関連グッズも発売されていました。「明日も前」の「も」には、「あなたは『これまでも』『きょうも』前向きに生きてきました」「『明日も』前を向いていきましょうね」という意味が込められているようにも思えます。これまでの自分の人生を認めてもらえたような気がして、すごく胸を打つのです。「きょうも明日もこれからもずっと頑張るよ、きっと頑張るよ」―そう思いながらアスモ前駅を後にしました。
社長直筆も鉄印も
天竜浜名湖鉄道の鉄印の大きな特徴は、社長直筆のものがあるということ。さらに社長が在社している時は目の前で鉄印帳に書き込んでくれることもあるとか。その場で自分の希望の添え書きもしてもらえるそうです。その場で記帳するからこそできるサービスですね。唯一無二の鉄印をゲットできますね。社長の在社タイミングは、当然ですが公表されているわけではなく、窓口で聞いてみるしかありませんが、それはそれで趣深いのではないでしょうか。
もちろんあらかじめ印刷した鉄印もあって、社員の方がデザインしたもの、第三セクター15社によるコラボ鉄印、アニメにもなったコミック「ゆるキャン△」鉄印など、たくさんのバージョンがあって、どれにするか悩むところ。
天竜浜名湖鉄道の魅力はこれだけではありません。静岡の名産であるお茶、甘くておいしい三ケ日みかん、浜名湖のうなぎ、西鹿島の花火大会と周辺も盛りだくさん。車両のカラーリングも、天竜浜名湖鉄道オリジナル塗装以外にも、国鉄色や湘南色、ラッピング車両などさまざまで、次何が来るかとても楽しみです。一度だけでは味わいきれず、2度3度、いや4度5度と、何度でも楽しめる路線なのです。
(2022年3月13日掲載)