核には核で、正面対決には正面対決で
北朝鮮にとって核・ミサイル開発は、第一義的に抑止力としての意味がある。米韓から攻撃を受ければ、ミサイル防衛システムなど有していない北朝鮮にとってひとたまりもないが、一定程度の報復能力を持つことによってそれを抑止するという考え方だ。第二に、いつか米朝交渉が再開されれば、外交を有利に展開するためのカードにもなりうる。
11月18日に強行された新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星砲17型」発射実験に関する19日付『労働新聞』のタイトルは、「核には核で、正面対決には正面対決で――朝鮮労働党の絶対不変の対敵意志、厳粛に宣言」となっており、米国や「南朝鮮」、さらにはその「追従勢力」への非難も込められ、メッセージ性が強い。日米韓が安全保障面で連携を深めていることへの反発だ。
さらに、国内向け、つまり最高指導者の権威付けや国威発揚にも活用されてきた。「人民生活の向上」で十分な成果を出せない以上、軍事力、軍需工業部門での成果を強調せざるを得ない。
後継候補のお披露目
ただ、北朝鮮の核・ミサイル開発は既定路線であり、新型ミサイルの発射実験そのものに驚きはない。6面構成の『労働新聞』で3ページ半にもわたる関連記事で目を疑ったのは、金正恩国務委員長(朝鮮労働党総書記)が娘と手をつないでミサイルを見守る写真であった。事実上、後継者候補のお披露目である。
これまで、金正恩氏に子供がいることすら自国民には非公開だったが、父娘のツーショット写真、李雪主(リ・ソルジュ)夫人の隣に立つ姿など、表情もはっきりと分かる形で娘をデビューさせたのみならず、「歴史的な重要戦略兵器実験の発射場に愛するお子様と女史とともに自らお出ましになり、実験発射の全過程を直接指導」したと記述された。中朝首脳会談など外交の場でも活躍してきた夫人より先に「愛するお子様」を紹介したこともポイントだ。名前こそ明らかにされなかったが、軍のみならず党の主要幹部も数多く同行しているなかでのお披露目となった。
女児はまだ10歳くらいに見え、今回の報道をもって後継者が内定したとまで言うことはできない。複数の子供がいるとすれば、なぜこの子だけ表に出してきたかも分からない。しかし、北朝鮮国内では既に、金正恩氏が十代半ばにして軍部隊を現地指導したとの宣伝教育が本格化している。父親の金正日国防委員長が突然の病に倒れたとき、金正恩氏はまだ24歳だったが、早々に後継者として内定したことが、結果的に三代世襲による体制長期化に資することとなった。
金正恩氏の健康状態に大きな問題があるようには見えないが、体制永続化のために余念がないことは、昨年1月の朝鮮労働党規約改正で、「総書記の代理人」として「党中央委員会第1書記」なる謎のポストが新設されたことからも明らかである。
娘の存在を初めて伝えた『労働新聞』の末尾は、「党と革命、祖国と人民を末永く保衛する」と、体制永続化の「決意」で締めくくられた。金正恩氏のファミリーを象徴として、家族を守るためには兵器開発が必須であることを国民に知らしめた形である。体制の安全が保証されてこそ「人民生活の向上」が図れるということだ。
【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。
(2022年11月20日掲載)
【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】次回は⇒社会主義を「卒業」したモンゴルに冷淡な北朝鮮 11月25日掲載予定
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