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「韓国料理が嫌い」と言えない空気【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2022年10月02日

日韓の物価逆転に驚く

 この夏、久しぶりに韓国ソウルを訪れた。しかも8月、9月と2回連続。新型コロナウイルス感染拡大で長らく渡航が制限されていたため、実に3年ぶりの訪問となった。8月には日本出発前と韓国入国直後など複数回にわたってPCR検査を受ける必要があり、何度も綿棒を突っ込んだおかげで鼻を痛めてしまったが、9月に再訪した際には日本出発前や帰国前の検査が免除されており、日韓双方で徐々に水際対策が緩和されつつあることを実感した。

 自由に海外に行ける世界が戻ってくることはうれしい半面、各国ともビザの要否や検疫などの対応が目まぐるしく変化している。コロナ禍をきっかけにSNSを始めたばかりの私にとっては、正確な情報をキャッチするだけでもひと苦労であった。

【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】前回は⇒旧統一教会と北朝鮮 30年来の深い関係

 ソウル市内の繁華街へ足を運ぶと、思いのほか多くの人たちが買い物を楽しんでいた。日本と同じくほとんどがマスク着用。まだまだ外国人観光客は少なく、商業ビルでは借り手の見つからない「空き物件」も目立ってはいたものの、少しずつコロナ前のにぎわいを取り戻しているように思えた。

 現地で最も驚いたのは物価高。地下鉄やタクシーなどの交通料金を除けば、ほぼあらゆるものが日本よりも高い。コンビニでペットボトルのお茶を買っても、ファストフード店でもレストランでも割高感は否めず、人気のハンバーガーが6500ウォン(約700円)で売られている。報道ベースで見聞きはしていたものの、日韓の物価が完全に逆転してしまった現実はショックであった。日本はいつの間にか、きわめて快適な環境で「安い」国になってしまったということだ。外国人観光客が日本に押し寄せてくるのを手放しで喜べる状況ではない。

本音を口にできない息苦しさ

 滞在中に韓国赴任中の友人A君と会い、旧交を温めることができた。再会を祝して乾杯し、お互いの近況報告が一段落すると、話は自然と日韓の文化や外国暮らしの難しさといった話題に向かった。聞けば、A君の奥さんが韓国社会になじめずにいるという。韓国在住の日本人の間で、韓国生活で苦手な部分を口にすることがはばかられる雰囲気があり、率直に相談できる相手がきわめて限られてしまうとのこと。

 その悩みは痛いほど分かるものであった。思えば、私の周りもそうである。たとえば「食」の好き嫌い。朝鮮半島を研究対象にしていると、どうしても韓国・朝鮮料理を口にする機会が多いものの、それが好きかというと、みながみな好きであるわけがない。食べ物には嗜好(しこう)があって当然だ。著名な朝鮮半島研究者でも、優秀なコリアンスクールの外交官でも、韓国・朝鮮料理が大嫌いだという人を知っている。

 問題は、韓国・朝鮮料理が「嫌い」「苦手」と口にできる環境にないことだ。空前のKーPOPブームで東京の大久保や大阪の鶴橋といったコリアンタウンには観光客があふれ、朝鮮語履修者も急増している。そのような大勢に逆らって、正直に苦手なものを苦手だと言えない空気があるように思う。

 韓国に留学したり、赴任したりした経験を持つ人たちの多くは、どういうわけか「韓国ファン」になるようだが、そうした傾向は中国留学・赴任経験者には見られない。「ベトナム料理は苦手」「パクチーは嫌い」などと平気で言うくせに、韓国・朝鮮料理をディスると、まるで「嫌韓」「差別主義者」のように捉えられてしまう。

 何事も大勢に逆らうのは大変なことであり、率直な気持ちを吐露する機会が限られるのはストレスにもなる。とりわけ海外暮らしでは孤独を感じることが少なくない。コロナ禍で母国との往来が制限されていたこの数年、A君の奥さんのように「息苦しさ」を抱えながら暮らしてきた在留邦人は意外に多いのではないだろうか。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2022年10月2日掲載)

大阪・鶴橋のコリアンタウンで考えた
時代に翻弄された韓国書籍の名店
ベトナム・ハノイを歩いて見つけた「北朝鮮」
「朝鮮クラスタ」の底力~研究者顔負け、熱気あふれるファンミーティングに参加した
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