教祖の貢献たたえ「祖国統一賞」授与
旧統一教会をめぐるニュースが連日報じられているが、朝鮮半島を研究しているとこの団体の姿が見え隠れする。教祖の文鮮明(ムン・ソンミョン)氏が冷戦時代に政治団体「国際勝共連合」を創設するなど、「反共」のイメージの強い統一教会だが、冷戦終結の前後に北朝鮮へ接近し、特に1991年12月に文氏が平壌で金日成主席と会見して以降、両者は深い関係を築いてきたのだ。
以前ほどではなくなったものの、北朝鮮の『労働新聞』に文氏の名前が出てくることもある。たとえば2019年12月17日付『労働新聞』では、文氏が金正日国防委員長に対し「何回にもわたって100点あまりの珍しく貴重な贈り物を差し上げた」ことを明らかにしている。
現在の指導者である金正恩国務委員長も、祖父が接見した人物として文鮮明氏を重視してきた。10年前に彼が死亡した時に、「民族の和解と団結、国の統一のための愛国偉業に積極的に寄与した彼の活動を高く評価」し、「弔電と花籠、追慕の言葉」を送り、「祖国統一賞」まで授与したという。このことは北朝鮮メディアで何度も報じられてきた。ただし、文氏の肩書きはあくまで「世界平和連合総裁」であって、宗教団体や、ましてや勝共連合の指導者としての評価ではなかった。
1991年の文鮮明氏一行の訪朝日程では、金日成主席との会見、昼食会のほか、主体(チュチェ)思想塔や凱旋(がいせん)門、金剛山などの主要観光地をめぐったほか、「経済事業にさまざまな形式で投資する」との共同声明を発表している。さらに注目すべきは、文氏の故郷である定州(ジョンジュ)郡円峰(ウォンボン)里を訪問し、親戚と対面していることだ。宗教人として名を馳せた彼は、故郷に錦を飾るという思いがあったのだろう。具体額は確認できないが、北朝鮮に巨額を投じたことは間違いない。
ソ連・東欧社会主義体制の崩壊によって孤立感を深めていた北朝鮮は、「百年の宿敵」である日本から金丸信・元副総理を招き入れたほか、「勝共」を掲げる文氏を受け入れて経済の立て直しを図ろうとした。「苦難の行軍」と呼ばれる未曽有の経済難に苦しんでいた時期に、統一教会は「平和自動車」という北朝鮮との合弁事業を立ち上げ、南浦(ナンポ)市で北朝鮮初の国産自動車を組み立てた。
90年代を通じて、東京にある統一教会系の旅行会社は北朝鮮行きの信徒向け巡礼ツアーや一般向けの観光ツアーを催行。平壌市内の普通江(ポトンガン)ホテルや大型レストラン「安山館」などへの投資が進んだほか、それらのすぐ近くには、礼拝堂も完備しているという「世界平和センター」が建設された。
教団名を伏せて活動、浸透する関連団体
7月に選挙遊説中の安倍晋三元首相が殺害された後、容疑者の供述をきっかけに旧統一教会と政界のつながりが改めて注目を集めた。報道を見聞きしてまず思い出したのは、その前月に、ある自民党代議士に請われて北朝鮮情勢について講演した時のことだった。講演を終えると、一番前に座っていた男性が近寄り名刺を差し出してきた。有名な教団関係者であった。
旧統一教会系の団体は、教団名を伏せて接近を試みてくる。朝鮮半島を研究する先輩方からは、「世界平和教授アカデミー」やその団体が出版する月刊『知識』には気をつけろ、とアドバイスされてきた。あるシンクタンクのシンポジウムで出会った韓国人から講演のお誘いを受けたこともある。インターネットで検索すると、名刺に書かれた団体名は旧統一教会との関係が濃厚であった。高額な謝金を提示されたが、もちろんお断りした。
「日本人妻自由往来実現運動の会」という団体がある。1959年からの帰国運動で10万人近い在日コリアンとともに北朝鮮にわたった1800人もの日本人妻を救おうと、長年活動してきた団体だ。私も学生のころには何度か事務所にお邪魔して、興味深いお話を伺った。この団体が制作した映画「絶唱母を呼ぶ歌 鳥よ翼をかして」(1985年公開、沖田浩之さん主演)も素晴らしかった。しかし、その団体の会長を務める女性が、日本統一教会の大幹部と同一人物であることを知った時には心底驚いた。全く別の名前を使って活動していたのである。
私が普段接している学生たちは日本人妻問題を知らない。1997年ごろに世の中の関心が拉致問題に集中してから、日本人妻について報じる媒体もほとんどなくなってしまったが、拉致被害者以外にも大勢の日本人が一時帰国すらできないまま北朝鮮に住みつづけている事実を忘れてはなるまい。
そうした日本人妻を救おうとする活動に、さまざまな社会問題を起こしている旧統一教会が深く関与していたことを思うと、なんとも言いようのない複雑な気持ちになる。教団とのつながりが分かってからは「日本人妻自由往来実現運動の会」とも距離を置くことにしたが、日本人妻の問題に専念している団体はほかになく、親族たちはすがる思いで参加していた。彼らのほとんどが統一教会との関係ではなく、北朝鮮で暮らす親族を助けたい一心で活動してきたであろうことは付言しておきたい。
【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。
(2022年8月23日掲載)