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核実験に踏み切れない北朝鮮の事情【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2022年07月24日

ポイントは中朝関係の改善

 北朝鮮による核実験が「秒読み段階」と言われてから既に数週間が経過した。衛星画像の分析からも核実験の準備が着々と進められてきたことは疑いようがない。実施すれば2017年9月以来、7回目となる核実験だが、金正恩政権がその一歩を踏み出せないでいるとすれば、どのような事情があるのだろうか。

 ポイントは、たび重なるミサイル発射実験に目をつぶってきた中国・習近平政権が、北朝鮮の核開発、核実験には明確に反対していることだ。前回2017年9月3日に核実験が強行された際には、国連安全保障理事会が北朝鮮に対する制裁決議を全会一致で可決した。北朝鮮と軍事同盟を結んでいる中国さえも米英仏と足並みをそろえたのである。

 さらにその前、2016年9月9日の核実験に際しては、中国外交部が声明で「断固とした反対」を表明。「朝鮮半島の非核化、核拡散の防止、北東アジアの平和と安定の維持は、中国の確固たる立場である」と強調した。

 北朝鮮の核開発が進めば日韓も核兵器を持とうとするのではないか。中国指導部にはそうした「核ドミノ」への懸念がある。中朝国境から遠くない地域での実験によって、放射能漏れなどの実害を被ることも恐れている。

 そうした中国の反対を押し切って、北朝鮮は2017年まで4回にわたり核実験を繰り返した。当時は『労働新聞』を含む北朝鮮メディアが中国を名指しで非難するほどまでに両国関係が悪化しており、金正恩、習近平両氏による首脳会談は一度も行われたことがなかった。つまり、「北京の目」を気にかける必要がなかったからこそ、金正恩政権は堂々と核実験に踏み切れたのだ。核実験を繰り返したからこそ中朝関係が悪化していた、とも言えるのだが。

 しかし、2018年3月に金正恩氏が「電撃的」に中国を訪問して以降は、短い間に5回もの中朝首脳会談が開催されるなど両国関係は急速に改善。今もなお中朝友好が謳(うた)われている。

 習近平政権は秋に中国共産党第20回党大会を控えており、北東アジア情勢がこれ以上不安定になることは何としても避けたい。北京五輪開催中にはミサイル発射実験を控えた北朝鮮が、ここで核実験に踏み切れば、習近平主席の顔に泥を塗ることになる。

コロナ禍で重要度を増す中国との関係

 核弾頭を小型・軽量化するため、北朝鮮が核実験再開の機会を探っていることは間違いない。昨年1月以降、金正恩総書記は核ミサイル開発の大号令をかけ続け、コロナ禍にも負けじと兵器開発にまい進している。米朝交渉の決裂で「非核化」の看板を下ろし、今年3月には4年ぶりとなるICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験に踏み切った。もはや「ワシントンの目」を気にしているそぶりもない。

 とするならば、北朝鮮を踏みとどまらせているのは中国との関係だと考えるべきだろう。中国は、北朝鮮の貿易全体の9割以上という圧倒的な貿易シェアを誇って久しいが、北朝鮮人口の5分の1近くが「発熱者」となった現在、医薬品の提供などで中国に頼る必要性はますます高まっている。ウクライナ情勢をめぐってどんなにプーチン大統領に擦り寄っても、ロシアは中国に代わる存在にはなり得ない。

 一方で、核兵器の精度を高めるためには、いつかは実験を再開しなくてはならない。本音では早期に実験したくとも、そのような軍事的利益が政治外交上のデメリットを上回るかどうかはよく見極める必要がある。4年間かけて修復してきた中国との関係を毀損(きそん)してまで核実験に踏み込むか、それとも自制すべきか。金正恩政権は今、慎重に「値踏み」をしている段階だ。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2022年7月24日掲載)

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