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「非核化」の看板を下ろし「米帝」非難を復活させた北朝鮮【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2022年04月14日

「米国の本心を暴いた」

 北朝鮮は、3月24日に新型のICBM(大陸間弾道ミサイル)を発射する実験を成功させたと発表した。今年に入ってミサイル発射を繰り返し、核実験再開の兆候も報じられている北朝鮮だが、2017年11月にICBM「火星15」発射試験に成功し「核戦力の完成」を宣言した後は、朝鮮半島の「非核化」を掲げて米国との直接対話に前向きな姿勢を示した時期もあった。北朝鮮はどの時点でこうした路線を転換したのだろうか。

 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』が最後に「非核化」について触れたのは2020年1月9日付であり、もう2年以上前のことだ。当時の記録を調べてみると、これに先立ち2019年12月28日から31日にかけて開催された党中央委員会第7期第5回全員会議(総会)における金正恩総書記の発言で、「非核化」との決別が明確にされていた。

  「米国の本心を暴いてみた今となっては、米国に制裁解除なぞにいかなる期待のようなものを持って躊躇(ちゅうちょ)する必要がひとつもなく、米国が対朝鮮敵対視政策を最後まで追求するならば朝鮮半島非核化は永遠にない」
 「米国の対朝鮮敵対視が撤回して、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制が構築されるまで、国家安全のための必須的で先決的な戦略兵器開発を中断なく引き続き粘り強く進めていく」

 この年の2月にベトナム・ハノイで行われた第2回米朝首脳会談は、具体的な進展が何もなく物別れに終わっていた。北朝鮮にしてみれば、核実験とICBM発射実験を中断し、抑留していたアメリカ人を解放したにもかかわらず、北朝鮮側が望んだ制裁解除は実現せず、トランプ米政権に「裏切られた」という思いを強めていた時期である。

 この時点では、「米国が対朝鮮敵視政策を最後まで追求するならば」との条件節を付してはいたものの、この発言以降、金正恩氏の口から「非核化」が出てくることはなくなった。

「米帝」批判は復活

 「非核化」の文言が消えた一方で、復活したのが「アメリカ帝国主義」との用語である。金正恩氏は、シンガポールでの米朝首脳会談開催が決定してからこの用語を封印。ハノイでの第2回会談が決裂した後も、しばらくは米国を批判するような文脈で直接的に使うことはなかった。

 2020年7月27日に開催された第6回全国老兵大会での演説で、朝鮮戦争について「わが共和国(北朝鮮)が世界『最強』を誇る米帝とその追従勢力の軍事的攻勢を防いだ」などと述べているように、過去に触れる際に例外的に言及される程度であった。

 それが今年1月19日に開催された党中央委員会第8期第6回政治局会議では、会議体の決定として次のように述べられた。

 「(独自制裁など)諸般の事実は、アメリカ帝国主義という敵対的実体が存在する限り、対朝鮮敵対視政策は今後も継続するだろうことを再び明白に実証している。
 党中央委員会政治局は、シンガポール米朝首脳会談以降、われわれが朝鮮半島情勢緩和の大局面を維持するために傾けてきた誠意ある努力にもかかわらず、米国の敵対視政策と軍事的脅威がこれ以上黙過できない危険水域に至ったと評価し、アメリカ帝国主義との長期的な対決により徹底的に準備しなくてはならないことについて一致するよう認定し、国家の尊厳と国権、国益を守護するためのわれわれの物理的な力をより頼もしく確実に固める実際的な行動に進み出なくてはならないと結論した」

 その後、金正恩氏は、軍需工場や国家宇宙開発局への現地指導や新型ICBM「火星砲17」型の発射実験指導など、軍事関連の活動をするたびに「米帝」に言及するようになった。

 もちろん、そもそも金正恩政権に「非核化」の意思などなく、米国と交渉するうえでの口実に過ぎなかったという見方は根強い。とはいえ、たとえそれが表面的なものであったとしても、北朝鮮が米国や周辺国と共有していた「非核化」という目標から遠のいてしまったことで、北東アジアの安全保障環境は一層不安定な状況になったと言わざるを得ないだろう。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2022年4月14日掲載)

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