2022年は、北朝鮮が過去にない頻度でミサイル発射を続けた異例の年となった。10月には5年ぶりに弾道ミサイルが日本列島を越え、北海道と青森県に全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令。日米韓はさらなる発射や7回目の核実験への警戒を強めており、朝鮮半島を巡る緊張が高まっている。
北朝鮮を再び対話のテーブルへと導き、東アジアに平和と安定をもたらすことはできるのか。最近の情勢や東アジア地域における日本の役割について、朝鮮半島地域研究が専門の木宮正史東京大大学院総合文化研究科教授、日本の防衛政策と朝鮮半島の安全保障が専門の道下徳成政策研究大学院大教授に、それぞれ話を聞いた。(時事通信外信部 本望由香里)
米韓が北朝鮮を疲弊?
―現在の朝鮮半島情勢をどうみているか。
木宮正史氏 北朝鮮のミサイルは実際に日本を越えており、落ちて被害が出る可能性も排除できない。北朝鮮は核使用を法制化し、7回目の核実験実施も懸念される。北朝鮮は、米国の核に対する抑止のため、米国本土への射程距離を確保するということでミサイル開発をしている。
ただ、(朝鮮半島有事の際に米国は)日本や韓国の米軍基地から北朝鮮を攻撃するわけで、北朝鮮も(米国を狙い大陸間弾道ミサイルなどに搭載される)「戦略核」より(局地攻撃を想定し短距離ミサイルなどに搭載される)「戦術核」の方が使用の敷居が低い。(米軍基地を抱える)日韓の安全保障上、脅威が高まっていることは事実だ。
日韓が抑止を強めることはこれまでもやってきたし、今後もやっていくべきだ。ただ、日本は財源をどこまでつぎ込めるのかが問題。そもそも抑止を強めることで北朝鮮が挑発をやめるとは考えにくく、(抑止を強めようとすると相手が警戒して対抗し、危険を招いてしまう)「安全保障のジレンマ」に陥ることになる。軍事的脅威をいかに減らし、管理するかが課題だ。
道下徳成氏 北朝鮮の挑発に対し、米韓も軍事的に強い対応を見せている。韓国は北朝鮮からのミサイル攻撃の兆候があったら先制攻撃を行う態勢になってきているが、22年5月に韓国で尹錫悦政権が発足してから、そのための訓練を強化しているようだ。米韓の対応も以前より攻撃的で、北朝鮮と軍事的に力比べをしている印象だ。
北朝鮮が「戦術核運用部隊」の訓練としてミサイルを発射しているのに対し、韓国も米国の「拡大核抑止力(同盟国が攻撃を受けた時に核攻撃も含めて報復する意図を示すことで攻撃をためらわせること)」の強化のため、米国が核兵器を使う際の意思決定の中で韓国の役割を高めようという話が出ている。こうした部分でも南北の競争が垣間見える。
興味深いのは、北朝鮮が米韓軍事演習への「対応軍事作戦」として、米韓に対し「やられたらやり返す」という意思を見せている点だ。実際、北朝鮮は多数のミサイルを発射したり、戦闘機を飛ばしたりしている。最近の動きは、北朝鮮を疲弊させる米韓の作戦のようにも見える。
韓国は日本の協力求めるべき
―対話の可能性を模索する上で、過去から学べることはあるか。また尹政権の北朝鮮政策をどう評価するか。
木宮氏 米朝の緊張が高まった17年は日本の安全保障にとっても危険な状況だったが、18年には(文在寅政権下の)韓国の仲介で米朝交渉が進み、脅威は減った。一連のプロセスで日本の安全が確保された側面がある。日本では、韓国主導の平和プロセスを好ましくないとする向きがあり、文在寅前政権に対し「北朝鮮の非核化をあいまいにしたまま、南北関係改善の雰囲気を醸成しただけだ」という評価が根強い。だが、その(米朝交渉の)結果日本の安全が確保されており、再評価すべきだ。
現在の尹政権が掲げる「大胆な構想」は、北朝鮮が非核化に向け少しでも踏み出せば、経済支援をし、米朝交渉の仲介役をする用意があるというもの。李明博政権(08~13年)の「非核、開放、3000」(非核化すれば北朝鮮の開放政策を支援し、10年以内に1人当たりの国民所得を3000ドル水準にする)と発想は同じだ。北朝鮮と交渉し、南北の平和共存を制度化させ、北朝鮮の挑発を抑え込むというのが韓国の(伝統的な)関与政策であり、尹政権の対北朝鮮政策は大変物足りない印象を受ける。
さかのぼると、金大中政権(1998~03年)時代は韓国が北朝鮮に積極的に関与し、日米がそれに協力するという構図が成立していた。他方で、文前政権は(日韓関係の悪化で対北朝鮮政策への)日本の支持を獲得できなかった。現状、抑止力の強化はもちろん必要だが、抑止しつつも北朝鮮に関与し、日米を説得して協力を求めるべきだ。韓国には対日政策と対北朝鮮政策をうまく組み合わせていくことが求められる。
―06年のように、対話に転じる可能性はあるのか。
道下氏 北朝鮮は本音では米国との交渉を望んでいるが、19年の米朝首脳会談決裂があり、そう簡単に対話には乗り出せないのだろう。米国では最近、北朝鮮は事実上核を保有しているのだから「非核化」ではなく「軍備管理」の方が現実的だという議論が出てきている。北朝鮮もそれを認識しているだろう。
バイデン政権は中間選挙で予想に反して健闘し、北朝鮮との交渉はしやすくなったと思う。選挙は当分なく、外交的に動くチャンスはあるのではないか。(ブッシュ政権下で融和路線に転じた)06年には米中間選挙の前に北朝鮮が核実験を行ったが、今回はまだ(実施していない)。06年には米国の中間選挙後に対話が進んだので、北朝鮮も意識しているとみられる。対話のチャンスもあると思っているのではないか。
日米同盟の核心は韓国防衛
―日本の役割は。
木宮氏 北朝鮮と交渉を続け、(脅威にはならないという)「安心供与」をすることが重要だ。日本政府は「(金正恩朝鮮労働党総書記と)いつでも会う用意がある」としているが、拉致問題を議論するという意味であり、「(拉致問題は)解決済み」とする立場の北朝鮮は乗ってくるはずがない。また、核・ミサイルは米国との間の問題と認識している。唯一可能性がある日朝国交正常化の交渉再開を呼び水にし、関与すべきだ。
道下氏 日米同盟の核心的な目的の一つは韓国防衛であり、日本の役割は極めて重要だ。米韓が(15年に策定した朝鮮半島有事への対応を想定し、北朝鮮首脳部を排除する内容も含むとされる)「作戦計画5015」と、日米が朝鮮半島有事を想定して策定した「作戦計画5055」の目的は同じだ。
冷戦期の日米同盟の目的はソ連への対応だったが、ソ連の崩壊によってその目的がなくなった。99年の周辺事態法で、朝鮮半島有事において韓国防衛のために戦う米軍を自衛隊が支援できるようになった。
15年には安保法制で集団的自衛権行使が可能になった。韓国防衛のために戦う米軍を自衛隊が、非戦闘任務だけでなく戦闘任務も含めて支援できるということだ。こうしたことから、故安倍晋三氏は戦後の総理大臣の中で、安全保障面でもっとも韓国に貢献した一人だと思う。
―米中対立の先鋭化は、朝鮮半島情勢にどう関係しているか。
木宮氏 6月の国連安全保障理事会で、北朝鮮への制裁を強化する米国主導の決議案が、中国とロシアの拒否権行使により否決された。中国には北朝鮮を囲い込んでおきたいという発想があり、これまでのように日米と共に非難することができないのだろう。北朝鮮からすれば、制約から解放されることになる。核実験が行われた時に中国がどのような対応を取るのか、注目される。
道下氏 中国が台湾を軍事力で侵攻する可能性が出てくる中で、日米同盟の新たな任務として台湾防衛が加わった。日米韓で協力を深め、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を通じて情報共有も緊密化していくべきだ。防衛費を増やしている韓国が北朝鮮への対処能力を強化すれば、日米は台湾防衛に注力できる。結果的に、地域の安全保障へ寄与することにもつながる。
木宮正史(きみや・ただし) 東京大大学院総合文化研究科教授。1960年生まれ、静岡県出身。東京大院法学政治学研究科修士課程修了、博士課程単位取得退学。韓国高麗大院政治外交学科博士課程修了(政治学博士)。法政大助教授、東京大院総合文化研究科助教授、准教授を経て現職。
道下徳成(みちした・なるしげ) 政策研究大学院大教授。1965年生まれ、岡山県出身。米ジョンズ・ホプキンス大高等国際問題研究大学院(SAIS)修士、博士課程修了(国際関係学博士)。防衛研究所主任研究官などを経て、現職。同大理事・副学長。