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そんなところに問題が…点字ブロック◆視覚障害者と歩いて気付いたこと【時事ドットコム取材班】

2022年12月08日10時00分

 街中や公共施設などに敷かれた黄色い点字ブロック。視覚障害者にとって大事な「道しるべ」ですが、今まで特に気を払っていなかったせいか、普段から目にしているのに、見えていなかったことがありました。取材の発端は、ツイッターで話題になっていた一枚の写真。視力を失った方と共に街を歩き、気付いたことを報告します。(時事ドットコム編集部 谷山絹香

 【時事コム取材班】

直進…してないの??

 2022年5月、ある点字ブロックの写真がツイッターで話題となった。そのツイートには12.7万件の「いいね」と「勉強になりました」などのコメントが付いている。上に掲げたのが、話題となった点字ブロックの写真だ。何の変哲もないカーブに見えるが、実は、視覚障害者にとって大きな問題があるのだという。

 「方向が分からなくなる」。投稿した滋慶医療科学大大学院の岡耕平准教授(人間支援工学)は、ツイッターでこう指摘していた。話を伺ったところ、視覚障害者がこの点字ブロックを歩くと、直進しているつもりが、いつの間にか進行方向が変わってしまう恐れがあると説明してくれた。靴を通して伝わるブロックの感触を頼りに進む視覚障害者にとって、自分がどこに、どう立っているのか分からなくなる事態は「非常に怖い」という。

 カーブした点字ブロックの写真は、沖縄県内の駅改札内で撮影したそうだ。「改札口からホームへ上がる階段を一番見栄えよく、最短距離でつなげようとしてカーブになってしまったのではないか」。そう推察した岡准教授は「曲がっているか、曲がっていないかがはっきり分かることが大事。カーブの部分を90度曲がるクランクにした方がよい」と語った。

 視覚障害者にとって、方向感覚を失うことは、死活問題になりかねないだろう。ブロックの敷設方法は統一されていてよさそうだが、岡准教授によると、「敷設方法については補足的なガイドラインがいくつかあるものの、歴史は浅く、いずれもこの駅が建ってからつくられた。今も敷き方そのものに明確なルールはない」という。

「困ったブロック」いくつも

 点字ブロックには、進行方向を示す線状の凹凸が付いた「誘導ブロック」と、交差点や障害物などに近づいたことを知らせる点状の「警告ブロック」の2種類がある。2種類しかないのだが、岡准教授によると、「『困った点字ブロック』は結構ある」という。ブロックを意識しながら、東京の街を歩いてみた。

 まずは、多くの人が集まる渋谷。東京メトロ半蔵門線の渋谷駅を出て、点字ブロック沿いに歩くと、渋谷の代名詞とも言えるスクランブル交差点にたどり着いた。平日だったが、買い物客やカメラを構えた観光客の姿もあり、多くの人でにぎわっている。

 信号を待つ人たちの多くが、点字ブロックを踏んで立ち止まっていた。通行量が多いからなのか、端が大きく欠けている点字ブロックもあった。

 スクランブル交差点を渡り、渋谷センター街に入る。点字ブロック自体、少なくなり、敷かれたブロックをまたぐように止まった車もあった。渋谷区役所につながる道では、マンホールのふたの上に貼り付けられた「誘導ブロック」の向きが本来の向きと大きくずれていた。

 渋谷周辺は人の流れも多く、目が見えていてもすれ違う人とぶつかってしまうことがある。視覚障害者が1人で渋谷を歩くのは難しいのではないかー。そう思わずにはいられなかった。

 その後、新宿区の国立競技場に向け、写真やメモを取りながら約1時間歩いたが、途中で途切れていたり、マンホールを避けるようにう回して敷設されていたりと、戸惑うだろう点字ブロックはあちこちで見つかった。

池袋を一緒に歩く

 視覚障害者は、こうした点字ブロックをどう感じているのか。日々街を出歩く上で、どんな悩みを抱えているのだろうー。渋谷を歩いて以来、尽きない疑問を抱えた記者が「一緒に歩いてみたい」と、日本視覚障害者団体連合(東京都新宿区)にお願いすると、情報部の吉泉豊晴部長が快く引き受けてくれた。吉泉さんは、右目は生まれつき見えず、左目は網膜が剝離したことで、12歳のときに視力を失った。普段、自宅に近い東京メトロ池袋駅から同連合に最寄りの西早稲田駅まで、1人で電車通勤しているという。2022年11月下旬、池袋駅周辺を一緒に歩いた。

 同駅から北東に約1キロ。横断歩道の手前、点状の「警告ブロック」の上で立ち止まった吉泉さんが「ここは何回かぶつかったことがあります」と語った。よくある横断歩道にしか見えない。どういうことか。警告ブロックにより、ここから横断歩道に入ることは分かるが、横断歩道上には手掛かりになるものがない。そのため、真っすぐに渡りきることができず、歩道端の電柱にぶつかってしまったのだという。

 連合には、目が見える人から「点字ブロックは滑りやすい」という声も寄せられるという。だが、「目からの情報がないまま真っすぐ歩くのは、誰にとっても難しいはず」と吉泉さん。「(横断歩道内にも、点字ブロックを敷設する)エスコートゾーンを作ってほしい」と話した。

当てずっぽう

 吉泉さんは「危険だ」と思う道は通らないよう、通勤ルートも工夫している。自宅から池袋駅までの最短ルートは別にあるが、途中に大きな交差点があり、「1人では渡れない」ので通らないそうだ。

 その交差点に案内してもらった。手前まで点字ブロックが敷設されていたが、歩行者用信号機からは、視覚障害者に色が変わったことを知らせる音楽やメロディーなどは流れない。実際、吉泉さんは青信号になっても立ち止まったままで、記者が「今、青ですよ」と声を掛けると、横断し始めた。

 音響式信号機がない場合、車の音や、周囲の人が渡り始めた気配を頼りに「青」と判断するという。「最近では車の音もだんだん静かになってきている。早朝などは交通量も少なく、分かりにくいことも多い。結局半分は当てずっぽう」と話す。これまでに、車の音に気付かずに車道に出てしまったり、いつの間にか大通りを横断してしまったりした経験があるという。怖い。もし私が同じ状況に置かれたら、足がすくんで一歩も踏み出せないだろう。

 深夜・早朝には音が鳴らない音響式信号機もある。「音が鳴らない時間帯に、赤信号に気付かなかった視覚障害者が車にはねられる死亡事故も起きている」と吉泉さん。その音響式信号機については「音がうるさい」といった苦情が寄せられることがあるという。

ブロックの上だけじゃない

 一緒に歩いていると、下り坂の途中、歩道の色が変わった部分で点字ブロックが途切れた。「なぜ途切れているのかと困ってしまう。ずっと敷設してほしい」。そう語った吉泉さんに、渋谷周辺を歩いた際に見つけた、マンホールをう回した点字ブロックについて尋ねてみた。「ちょっと曲がっているだけでそれた方向にいってしまう場合もある。分かりにくいですね」と困ったような表情をした。

 取材中、点字ブロックの上を歩く吉泉さんが、ブロック近くに止まった自転車(ブロックをまたいではいなかった)にぶつかりそうになったり、ごみ置き場のカラスよけと見られる青いネットに足を取られたりする場面があった。

 「視覚障害者は点字ブロックの真上を歩くというわけではなく、片方の足を点字ブロックに、もう片方を地面に着け、白杖の感覚も手掛かりに進むことが多い。ブロック上の自転車はもちろん危険だが、ブロックの近くにモノが置かれていてもぶつかることがある」と語った。この日は、池袋駅構内の待ち合わせスポットとして有名な石像「いけふくろう」周辺も一緒に歩いたが、「点字ブロックの上に立って待っている人もいる。特に休日はブロックを頼りにできない」と話す。

 最近は、スマートフォンを操作しながらブロック上を進む健常者もいるという。「点字ブロック上を歩けば、周囲を見なくても真っすぐ進めるためなんですかね。年に2~3回、白杖がすれ違う人の足に挟まって折れてしまう」と顔をゆがめた。〔参照:見えてない!「歩きスマホ」◆実験データで検証〕

「バリアフリー」一致しない部分も

 点字ブロックを意識して街を歩いてみて、ブロックがない場所がかなり多いことに気付いた。吉泉さんは「そういう場所では、壁や道路の端、歩道と車道との段差部分に白杖を当てて道を把握する」と語ったが、その段差は、車いすの方のバリアフリー化が進めば、より少なくなっていくだろう。吉泉さんは「車いすの人にとって、点字ブロックは通りにくいという意見もある。どう調整したらいいのかはなかなか難しい」とも話していた。

 金属でできたものなど、黄色とは別の色の点字ブロックにも気付かされたが、日本視覚障害者団体連合によると、視覚障害者の大半を占める弱視(ロービジョン)の人にとって、「黒っぽいアスファルトの路面では黄色が一番判別しやすく、路面や床面と点字ブロックが同系色だと、コントラストがはっきりせず分かりにくい」のだという。ブロックに限らず、柱が床と同系色だと、気が付かずにぶつかってしまうこともあるそうだ。弱視者という連合の三宅隆組織部長は「デザイン的には良いかもしれないが、色のコントラストを重視する弱視の人や、目が見えにくくなった高齢者にとっては困ってしまう」と話す。

誰かの便利は誰かの不便

 取材を通じて感じたのは、街には健常者からは見えにくい障害がたくさんあり、誰かにとって便利なものが、他の人にとっては不便になるかもしれないこと、そして、点字ブロックを含めたバリアフリーにはまだまだ進化の余地はあるということだ。

 点字ブロックのカーブについてツイートした滋慶医療科学大大学院の岡耕平准教授は「点字ブロックだけが誘導の方法ではない。バリアフリーにもさまざまな方法があり、それらをどううまく取り入れるかが大事だ」と強調した。海外では、場所によって天井の高さを変えたり、カーペットの深さを変えたりすることで、音の反響具合や歩いた感触に違いを出し、視覚障害者が、いま、どこにいるのかが分かるようにする工夫も始まっているという。

 点字ブロックだけではない。世の中には、緊急時に使用される消火栓やAEDなどでも、周囲と調和する色が使用され、「いざというときに見つけにくいのでは」と思うものがある。岡准教授は「バリアフリーと景観を一つの軸の両端と考えると、どちらかを優先し、どちらかを犠牲にするということにつながりかねない。一歩引いた視点に立ち、柔軟な発想で、そもそも建物の設計段階から、当事者を交えて議論することがお互いのバリアーをなくすことにつながるのではないか」と期待した。

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