金澤美冬・おじさん専門ライフキャリアコンサルタント
今回は私が最初の転職で失ったもののお話です。私は、新卒で入社した三菱倉庫という会社を28歳の時に退職した後、キャリアコンサルタントになろうと決意し人材紹介企業であるJACリクルートメントという会社に転職しました。面談、求人開拓、履歴書添削、模擬面接など私がしたかった経験のすべてができ、しかも職場関係も良好で何も不満はない・・・はずなのですが、半年ほど経過した頃、「なんだか物足りない、普通にあるはずのものがないけれども、それが何なのか分からない」とモヤモヤした状態に陥りました。
しかし、そんな中、支店全体のミーティングをした際にやっとその理由が判明したのです。これから全員一丸となって頑張っていこう、というムードが高まる中、誰もあの言葉を言わないのです。あの言葉とは「全員野球で行こう!」です。今こそ言ってしかるべきなのに、誰も言わない…と、前職ではそこここに、飛び交っていたある種の言語が全く使われていないことにやっと気付いたのです。それが、今回お話する「おじさんビジネス用語」です。
「おじさんビジネス用語」とは、「おっさんビジネス用語」とも言われていて、仕事を円滑にするためのサラリーマンの共通言語とも言えるものです。代表的なものに、「全員野球で行こう」(訳:全員一丸となって頑張ろう)や「仁義を切る」(訳:一言伝える、根回しする)などがあります。ある時は会議で、ある時は仕事の引き継ぎ時に、さらには飲み会や部下の指導などあらゆる場面で飛び交うはずのものなのですが、2社目は20代30代の社員ばかりだったため、そもそもおじさんが存在しないことにより、全く使われていなかったのでした。今回は、その魅力、時代による変遷などについて、実際に使っている50代60代の想い、そして20~40代がどう受け止めているかヒヤリングした内容を交えつつ考察していきたいと思います。
用語を使う時のキモチ…
まずは、その魅力についてです。それはその言葉を言うときの「言うぞ言うぞ、俺、今から言っちゃうよ~」というこらえきれない想いが身体から漏れている感じ、そして言ったあとの「キメてやったぜ」という満足そうなムード、ここに魅力を感じます。「よしなに」(訳:いい感じでやってくれ)…などとお互いに目配せして何か含みのある感じで言う意味深な感じもたまりません。特にいいことを言っているわけじゃないのに、その言葉を大切に大切に秘密の合言葉のように丁寧に扱っている感じが好きです。
私の他にもその魅力にハマる人はいます。ある36歳の男性も、おじさんビジネス用語について「おじさん自身も楽しんでいることは間違いないが、相手を楽しませようというおじさんのサービス精神を感じる」と言っていました。さらには、「わざと分からないことを言って若い人に『何を言ってるんですか~!』と突っ込んでもらいコミュニケーションを取ろうとしてくれるおじさんの温かさも感じるし、それが多くは空回りに終わってるところも好き」とまで熱く語り、おじさん研究家を自認する私のライバルと意識してしまうくらいおじさんへの愛を感じました。
他にも「エイヤで(訳:ざっくり勢いで)やっちゃおうぜ」と、懐古的ギャグとしておじさんビジネス用語を使っているという41歳男性もいました。周囲の反応は芳しくないようですが…。
用語を聞かされる方のキモチ…
逆に、おじさんビジネス用語嫌い派の27歳の男性は、「クソ忙しい時に、どうだ、拾え、と言わんばかりに押し付けてくるのが腹に据えかねる。お前、こんな言葉も知らないのか?と説教の導入に使われることさえある。腹立たしい」とおそらくひどい上司に当たってしまったと見えてマイナスなイメージしかないようでした。他に40歳男性は「なぜわざわざ分かりにくい言葉にするのか? おじさんは、よく野球に例えるが、そうする必要性が不明」という辛口発言も。確かに「全員野球」もそうですし、「三遊間の仕事」(訳:誰が担当なのか曖昧な仕事)や「エースで4番」(訳:優秀な社員)など野球に例えた用語は沢山あります。
ここで感じたのは、おじさん側は分かりやすいように例えてくれているつもりが、若い人にはかえってややこしくなってしまうということで、それは時代背景の違いにあるのだと思います。昔は、野球を大多数が観ている時代だったので、野球で例えることにより、みんなのイメージが湧きやすかったのだと思いますが、今は野球のルールを知らない人もたくさんいます。もっと言うと、ダイバーシティ(多様性)の時代で、さまざまな背景や趣味、生き方があるから、野球に限らずこれを言えばみんながすぐイメージできる!という言葉も現代ではできにくくなっているのかもしれません。
時代の変遷で言うと、今じゃパワハラになってしまう言葉もあります。現在65歳の男性は当時の上司に「リゲインでいこう(訳:24時間働け)」とリゲインを渡されたり、カラオケでも「お前の主題歌だ歌え」とあのCM曲を歌わされたりしたこともあるそうです。ご本人はそんなことへっちゃら、懐かしい時代だなあ、と明るくお話されていましたが、お疲れ様でした、と温かいお絞りを渡したくなりました。
用語を使うのは営業マンだけ?
次に、おじさんビジネス用語を使う職種についてもヒヤリングしました。営業の人がよく使うだけで、エンジニアは全く使わないんじゃないかという仮説を立てていましたが、そんなことはなく意外と使うようでした。特にITエンジニアでは、バレないように「ダマテンで」(訳:こっそり)直しとこう、は使うことがよくあったようです。一方で研究開発系エンジニアではそこまで頻繁には使わず、やはり部署や顧客などさまざまな関係でコミュニケーションを取る必要のある営業職が場を和ませたりにぎやかしたりするためによく使っているという結論になりました。
さらには、公務員は使うのか?と疑問に思っていたところ、役所に出向した49歳男性は、「がっちゃんこ」(訳:2つを合わせる)という言葉を、出向先の50代前半の方が頻繁に使っているのを聞き、最初はふざけているのかなー、と思っていたところ、周りも自然に受け入れていて、日常の風景であることが次第に分かり驚いたそうです。
民間でも公務員でもおじさんビジネス用語が根強く使われているということがわかりましたが、サラリーマンの中でおじさんビジネス用語が使われてきた理由についても考察してみました。
一つ目の理由としては、これまでサラリーマンは会社の人と共に過ごす時間が長かったからではないかと。かつては残業も多く、疲れたり、飽きてきたりした時の気分転換、リフレッシュとして遊び心のある言葉が生まれたのではないかということです。自分が楽しみ、他の人を楽しませるためだから「がっちゃんこ」のように響きも面白い言葉がビジネスで真面目な顔で使われているのだと思います。
二つ目は、同一の会社文化にどっぷり浸かって同じような景色を見続けてきた方々が、チームで仕事をする時にイメージしやすい共通言語を使うことで、お互いが絆を強くする合言葉のように使っている意味もあるのではないかということです。逆に言うと、通じないのは仲間じゃない、とよそ者に疎外感を与えるために使っている場合もあり、おじさんビジネス用語嫌いの24歳男性は、この使われ方をされて、イヤな思いをしたのだと考えられます。
がまた、ヒヤリングしていく中で、サラリーマンと言っても、大企業ではよく使われている一方、中小企業ではほとんど使われていないということも分かってきたのですが、それも、この「チームで仕事する」ということにポイントがあり、大企業の場合は大きな組織の中で仲間感、チームの向かう方向性を確認して仕事を進める必要があるからであり、中小企業になると人数が少ないので、あえてそういう言葉に頼る必要がなかったからとも言えます。
「よしなに」は控えめに
最後に、嫌いなおじさんビジネス用語についてヒヤリングしたところ、若い人からも50代60代からも嫌われたのは「よしなに」でした。59歳男性は、「こちらに任せているようで一見良さそうにも思えるが、ただの責任放棄だと感じる」、24歳男性も「含みを持たせてカッコ付けているがいいイメージはない。『自分でやれば?』と言いたくなる」などでした。
ただ、20~60代の方にヒヤリングして思ったのは、何を言うかより、誰が言うかの方がおじさんビジネス用語を好きになるかどうかには大きな影響を及ぼしていると思います。言う側が「分からない言葉を使って疎外感を与えてやろう」「通じにくいことを言って威権をかざしてやろう」という想いだと必ず相手に伝わりイヤな気持ちにさせてしまいます。私は20代の時に出会ったおじさん達が、面白いことを言おうとして自分がついつい先に笑っちゃうような無邪気な方ばかりだったからいい印象になっているのだと思いました。
蛇足になりますが、おじさんビジネス用語場外編としてゴルフ場で登場する「いやんバンカー」(訳:バンカーに入っちゃった)、「ダボチンスキー」(訳:ダブルボギーをロシア風に言っただけ)などが心から好きですが、これも言う側が純粋に楽しんだり、キャディーさんを楽しませようとして言ったりしているからこそ、言われた側が楽しめるんだと思います。しかし、おじさんビジネス用語にばかり集中してプレーに集中できていないから、私のスコアは「警察! 消防! 除夜の鐘!」(110打、119打、108打)のまま上達しなかったのかもしれません。来年の抱負として、ゴルフをする際には、「一丁目一番地」(最優先)を意識して取り組んで参りたいと思います。
(2022年12月24日掲載)