音楽評論家・道下京子
ロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクールのピアノ部門ファイナルが11月、フランス・パリで行われ、日本から出場した亀井聖矢さんが韓国のイ・ヒョクさんと共に優勝した。約80年もの長い歴史を持つコンクールに挑戦した心境と今後の目標などについて聴いた。
スランプ感じながらの挑戦
―ロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクールでの優勝、おめでとうございます。私たちは、配信を通してコンテスタントの演奏をリアルタイムで聴くことができました。このように、配信でコンクールの様子を視聴されることについて、どのようにお考えですか。
結果だけを見てもらえるよりも、どのラウンドでもすごい選考が行われ、その一つひとつに命を懸けて戦っていく挑戦なので、その過程を配信などで世界のみなさまに見ていただけるのは、とても良い時代になったと思います。
―今年、亀井さんは三つの国際コンクールに参加しました。ロン・ティボーは、亀井さんにとって他のコンクールとどのように違いますか。
僕としては、本場ヨーロッパで開催され、しかもフランスで、80年近い歴史を誇るコンクールですので、自分の中での位置づけも重要です。3年ほど前…前回から受けたいと思っていたコンクールでした。
―このコンクールで、亀井さんが困難に感じた場面があれば教えてください。
このコンクールについては、挑戦の過程でスランプを何度も感じました。課題も特殊でしたし、その中でいろんな面から曲と向き合い、何かができるようになったと思っていたらまた違う課題が見えてきたり、うまくいかなくなり、そのバランスがとれなくなったりなど、行き詰まってしまうことがとても多くありました。それを乗り越えていき、自分の中で一つひとつの課題と何回も向き直す過程は、得たものとしてとても大きかったと思っています。
―ファイナルでは、サンサーンスの《ピアノ協奏曲第5番》を演奏しました。ほかにも選択肢はあったと思いますが、なぜその作品をとりあげたのですか。
実は、前回のこのコンクールも申し込んでいて、予備予選を通過できなかったのです。前回のファイナルの課題曲は、今回よりもっと少なかったと思います。その中でサンサーンスの《ピアノ協奏曲第5番》を知り、一目ぼれしました。2019年のピティナ・ピアノコンペティションと日本音楽コンクールでもその曲を演奏しました。前回のロン・ティボーを受けることはかないませんでしたが、今回のファイナルの課題曲にもサンサーンスのそのコンチェルト(協奏曲)が入っていました。本場フランスで、フランスの作曲家の作品で、自分が大好きなこの作品で結果を獲りに行きたいと思いました。それから、3年越しのリベンジという気持ちも…。
―このサン=サーンスの《ピアノ協奏曲第5番》で、参考にされた演奏はありますか。
(ジャンイヴ・)ティボーテの演奏を最初に聴いて、良いなと思いました。
―私は、アルド・チッコリーニやパスカル・ロジェのサンサーンス演奏も好きです。
ラヴェルの《夜のガスパール》(筆者注:セミ・ファイナルで演奏)などは、ロジェの演奏を参考にしました。
―このコンクールで、どのようなところを評価されたと思いますか?
最後に審査員の先生にご意見をきくことのできるパーティーがありました。フランスの先生方に、《夜のガスパール》や《ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」》といったフランスの作品について、まさにこれこそがフランスだというようなお言葉や、解釈も驚くべきものだった、と言ってくださいました。フランス音楽をたくさんとり入れたことやその解釈、そして最終的に音楽にして届けるところを評価していただけたことは、うれしく思いました。
すべての音に持つ強い意志
―亀井さんの演奏を初めてライブで聴いたのは、大学1年生で出演された演奏会でした。その後も何度か演奏を聴いてきましたが、以前よりも音に奥行きが出てきたように感じています。
例えば、サンサーンスの《ピアノ協奏曲第5番》でしたら「エジプト風」の雰囲気、《夜のガスパール》の第1曲「オンディーヌ」でしたら水のイメージなどはもちろんあるとは思いますが、そういった抽象的なことではなく、それを表現するために音の一つひとつの深みであったり、それらすべてを1音ずつつなげていく…細かく計算していくことでそういうものを表現する。そこを緻密にとらえて表現したいものに到達していくプロセスをとても考えました。ですので、技巧や雰囲気などに偏らないように、自分がすべての音に強い意思をもってしっかりとコントロールし、それをまとめて一つの大きな世界に作り上げていくところで、特に今回は一つひとつの音に対する執着をもって演奏できたかと思います。
―亀井さんは、飛び級で桐朋学園大学に入学しました。今年12月に21歳、現在大学4年生ですが、飛び級で入学された学生生活を振りかえってみていかがですか。
大学に入るときにはあまり実感がなく、最初は本当にそんなことがあり得るのかという気持ちでした。人よりも1年早く上京し、ピティナと日本音コンと言うコンクールに挑み、ひたすら突き進んでいくような最初の1年でした。そこから地道に演奏活動を続け、東京やいろんな地方でも演奏させていただいています。そして、大学4年生のこの年に、三つの国際コンクールに参加し、最後に挑戦したロン・ティボー・クレスパン国際コンクールで結果をいただくことができました。いろんなことにチャレンジし、充実した4年間を過ごすことができたと思います。
―学業と演奏活動のバランスは?
大学1、2年生のころにがんばって単位をとりました。
演奏家として、作曲家として
―以前にお話を伺ったとき、作曲の勉強を始めたと言っていましたね。
続けています。これから、例えばYouTubeであったりSNSなどの媒体であったりと、自分の作曲をアウトプットしていく場を作ることができるかなと思っています。演奏活動はもちろんですが、作曲にも少しずつ力を入れて披露できる場を作っていければと考えています。
―どのような音楽家をめざしていますか。
ピアニストとして、日本での活動はもちろん続けていきたいですし、海外でも活動していきたい。いろんなことを勉強していくことで、また自分の音楽は変わっていくと思います。
それから、作曲も好きです。いままでのクラシック音楽の伝統も継承しつつ、自分の中でも少しずつ何かを生み出して、それを続けていった先に自分の個性であったりオリジナリティーであったり、そういうものが形成されていくことができればと思っています。ほかにも指揮や、クラシック音楽でももっと前衛的なものなど、何に目覚めるかわかりません。好きなことには全力で取り組む中で、いろんなものに触れ、いろんなものに心を動かされて好きになる中で、いまの自分が想像できないような立ち位置に、音楽家として数年後、数十年後になってもいられればと思います。
―12月にはアルバム「VIRTUOZO」をリリースします。先日のコンクールで演奏した作品もいくつか収録されていますね。virtuoso(ヴィルトゥオーソ)は、卓越した演奏技巧をもつ名手を意味しますが…
このタイトルについて、「virtuoso」ではなく、最後は“zo”になっています。20年間で勉強してきたもの、得意としてきたもの…タイトルの“zo”には「20」という意味を込めています。
技巧的に難しい作品が収められていますが、それを僕は前面に押し出すのではなく、いかに内面を表現していくかをコンセプトに、このような作品に取り組んできました。その集大成として、自分の中で5本の指に入る作品を5曲選びました。クラシック音楽を普段はあまり聴かない方にも、楽しんでいただけるようなアルバムになっています。クラシック音楽のお好きな方にも、《ノルマの回想》や《夜のガスパール》など、スピリチュアルな雰囲気から解放された華やかな趣まで、いろんなタイプの超絶技巧が詰まったアルバムになっていますので、楽しんでいただければと思います。
◇ ◇ ◇
亀井 聖矢(かめい・まさや)2001年生まれ、愛知県一宮市出身。4歳からピアノを始め、2019年に17歳で桐朋学園大学に飛び級入学。同年、日本音楽コンクールピアノ部門、ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリで相次ぎ優勝。すでに多くのファンを獲得しており、有力オーケストラとの協演も果たしている。12月には東京・サントリーホールでリサイタルを開催する予定。
道下 京子(みちした・きょうこ)1969年、東京都生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)、埼玉大学大学院文化科学研究科(日本アジア研究)修了。現在、「音楽の友」「ムジカノーヴァ」など音楽月刊誌のレギュラー執筆をはじめ、書籍や新聞、演奏会プログラムやCDの曲目解説など執筆多数。共著「ドイツ音楽の一断面――プフィッツナーとジャズの時代」など。
【特集】愛するショパンの先へ、広がる活躍の場 角野隼斗さん、ショパン国際ピアノコンクールを語る
(2022年11月29日掲載)