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街と自然をつなぐ「銀座ミツバチプロジェクト」 都会にある豊かな里山【銀座探訪】

2022年12月29日09時00分

 銀座でミツバチを飼って、おいしい蜂蜜を―。銀座周辺で働く有志の「ちょっとした好奇心と遊び心」から2006年に始まった「銀座ミツバチプロジェクト(略称:銀ぱち)」。今ではビルの屋上の巣箱から年間2トン近くの蜂蜜が採れるようになった。発足時から注目されてきた都市養蜂の試みは、街づくりや地域おこしなどの活動とつながりながら発展し、全国に仲間も増えた。コロナ禍を経て、銀座のミツバチが運ぶ新たな夢とは―。

消費の街が生産の場に

 老舗や海外の高級ブランドが軒を連ねる銀座の街は、実は豊かな自然環境が間近にある。西へ1.5キロ行けば日比谷公園や皇居、南へ1.2キロ下れば浜離宮恩賜庭園が広がり、ミツバチが飛べる2~3キロの範囲内に季節ごとに多彩な花が咲く蜜源があるのだ。銀座の発祥は江戸幕府が銀貨鋳造所を置いた1612年。「400年間、消費の街だった銀座で天然の蜂蜜が採れたら面白い」。2007年からは特定非営利活動法人として活動を続けている「銀ぱち」の田中淳夫副理事長(65)は、プロジェクトを立ち上げた時の思いをこう振り返る。

 きっかけは岩手県の養蜂家、藤原誠太さんとの出会いだった。創業120年余りの藤原養蜂場の三代目である藤原さんは、皇居周辺に街路樹として植えられているユリノキが満開の花を咲かせているのを見て、都市部での養蜂の可能性を探っていた。銀座3丁目にある紙パルプ会館の専務取締役を務める田中さんは当初、同ビルの屋上を貸すだけのつもりだった。藤原さんから「指導するからしっかり育てなさい」と言われた時は、「ミツバチとアブの違いも分からないのに、なんで私が」と思ったそうだ。それでも地元の理解と協力を得て、プロジェクトは動きだした。

 「銀座という街は常に変わろうとしているし、新しいものを受け入れる素地がある。それはこの街の成り立ちがそうだから。明治から入ってきた多様なものが銀座を構成しているので、他の街より受け入れる素地があったのではないかと思いますね」と、田中さんはプロジェクトが成功した要因を分析する。

四季の移ろい映す

 2006年3月28日(語呂合わせで「ミツバチ」)、紙パルプ会館の屋上にミツバチが1万匹ずつ入った巣箱を三つ設置して、銀ぱちがスタートした。1年目の収量は150キロ。当初予想の3倍だった。

 ミツバチが蜜を集める集蜜シーズンは春の桜の季節から8月の前半ごろまで。このシーズン中はボランティアの手も借りて採蜜や巣箱の管理などを行い、7月後半から「新蜜」が出回る。現在、銀座の3カ所のビルの屋上で飼っているミツバチは50万匹。2022年の収穫量は1.7トンに達し、蜂蜜の国内生産量(約2800トン)の0.06%に相当する。

 銀座の蜂蜜は、春の桜に始まり、ユリノキ、マロニエ、トチノキなど季節ごとに味はもちろん、色や香りが変わっていく。「桜は香りがするからすぐ分かります。銀座の周辺は桜がたくさんあり、凝縮された蜂蜜が採れます。5月になって皇居のユリノキが咲きだすと、透明な蜂蜜になっていきます」と田中さん。

 養蜂作業は集蜜シーズンが終わってからも続く。11月下旬、巣箱のあるビルの屋上を訪れると、スタッフが15箱ほど並ぶ巣箱を一つひとつ開けて巣枠を取り出しては、ミツバチの状態をチェックしていた。巣枠には働きバチがびっしり。「病気になっていないか、餌が足りているか、産卵しているかなど、群れの状態を見ています。ミツバチの命はひと月ぐらい。次の命につなげることが彼らの使命。自分の命よりも大切なのがこの巣箱なんですよ」と田中さんは言う。

 「せっかくだから、なめてみますか」と促され、人さし指で蜜をこそげてみると、さらっとしていて、さわやかな味わいだった。この時期は花が少なく、セイタカアワダチソウなどの蜜だという。

 銀座で採れた希少な蜂蜜は瓶詰めして販売されるほか、銀ぱちの活動に賛同する銀座の店がスイーツなどに使用して商品化。銀座での「地産地消」が進んでいる。

屋上緑化、芋焼酎 広がる活動

 ミツバチは農薬に弱いため、環境指標生物と言われる。「ミツバチが生きられるということは、私たちが生きる地域としても健全だということ」と田中さん。蜜を採るだけではなく、より良い成育環境にしようと、銀ぱちでは、銀座の屋上緑化にも取り組んできた。紙パルプ会館の屋上も、花や木を植えて「銀座ビーガーデン」として整備された。

 「屋上を緑化した銀座を上空から俯瞰(ふかん)すれば棚田に見えるだろう。これからはビルも木造でできる時代。壁面も緑化すれば、都市も多様な生き物と共生していける」と田中さんは考える。以前は「銀座でミツバチを飼っている変なおじさんたち」の活動だったかも知れないが、現在では都市から環境を考える取り組みと捉えられるようになっている。

 「銀ぱち」に触発された都市養蜂の取り組みは、今では札幌から沖縄まで、全国100カ所に広がっている。その一方で、やめていくところも少なくない。田中さんは「簡単にスタートできるかもしれないけれど、続けるのは大変なこと。蜂蜜が採れる時は人が集まっても、普段の地味な作業に人が来ないと、『なんでこんなことをやっているのか』ということになってしまう」と指摘する。

 このため銀ぱちでは、新しい取り組みを次々と仕掛けて活動を深化させてきた。ビルの屋上でさつま芋を植えて芋焼酎「銀座芋人」をつくったり、コウゾやミツマタを植え、高知県からオランダ人の紙すき職人を招いて和紙を作ったりした。芋焼酎をつくるプロジェクトは札幌、名古屋、兵庫県の宝塚に広がった。銀座産の和紙は、松屋デパートや中越パルプ、銀座中学などの協力も得て完成し、銀座6丁目のホテルの装飾に使われた。

コロナ禍を越えて

 2022年12月上旬、銀ぱちと福島県伊達市の生産者との交流活動として2015年に始まった「あんぽ柿づくり」が紙パルプ会館のビーガーデンで行われ、約40人が参加した。あんぽ柿は、独特の製法による伊達市特産の干し柿。福島第1原発事故で風評被害を受けた伊達市の農産物の安全性をPRするイベントで、同市から運んだ550個の柿の皮をむき、ひもにくくりつけ、紙パルプ会館ビルの横に組まれた「柿ばせ」につるす。鮮やかなオレンジ色のカーテンは今では銀座の冬の風物詩となっていて、街をゆく人も興味深そうに見上げていた。

 現在、銀ぱちの理事長は銀座でクラブを経営する白坂亜紀さんが務める。15年前ほど前、「女王蜂になってください」と田中さんに請われて活動に関わるようになり、2021年に田中さんに代わって理事長に就いた。白坂さんは「ずっと夜の世界しか知らなかったけれど、街や地方の人と交流できる。着物で農作業をすると取材が来て銀座の発信力にもなる。これからは女性の力も大事。私が理事長になった意味もそこにあるかなと思っています」と意欲を見せる。

 コロナ禍の間、イベントの中止などで銀ぱちの活動も影響を受けたが、オンラインによる「全国ミツバチプロジェクト会議」が始まり、各地で活動していた仲間との新たなつながりが生まれている。2023年3月には、札幌、名古屋、大阪、岡山、福岡の活動団体とともに社団法人をつくる予定だ。「全国の仲間をつなげたい。僕らみたいな小さな団体に、『子どもたちへの環境教育をやりたい』『循環型社会を一緒に作っていこう』というオファーが次から次へと来て、ステージが変わってきている」と田中さんは言う。「自然と人、人と人、都市と地方をつなげていくようなプログラムをアジアにつなげていければと思っています」と、夢も大きく広がっている。

(時事通信編集委員 中村正子、カメラ・入江明廣 2022年12月29日掲載)

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