サッカーの2022年ワールドカップ(W杯)カタール大会で16強入りを果たした日本代表チームが12月7日夕、成田空港着の航空機で帰国した。千葉県成田市内のホテルで会見に臨んだ森保一監督は「日本から熱いエールが届いていたおかげで、われわれは勇気を持って世界に挑むことができた。新しい景色を見られなかったが、新しい時代を見せてくれたと思う」と述べた。会見詳報は次の通り。
田嶋幸三・日本サッカー協会会長あいさつ
このように多くのメディアの方々にお集まりいただき感謝しております。そしてベスト8にあと一つで届かなかったことで残念な気持ちにさせてしまったことを申し訳なく思う。ただ、選手たちは持てる力を全て出し切ってくれた。日本サッカー会長として森保監督と選手を誇りに思い、感謝したい。そして多くの方々がテレビやラジオ、さまざまな媒体で見て応援してくれたこと、そしてドーハへ来て応援してくれた方々が日本代表の試合を見て関心を持ってくれて改めて感謝したい。間違いなくその声援は選手に届き、良い結果につながったと思っている。そして、私たち日本サッカー協会は昨年100周年を迎えた。これまで100年にわたる歴史、多くの歴史を積み上げた諸先輩方、そして戦争や自然災害を乗り越えてサッカーの火を消さずに続けてくれた方々に感謝したいと思う。またスポンサー、パートナー企業の皆さまにには私たちを応援してくれたことに感謝する。
JFAには2005年宣言というミッションステートメントがある。サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する。それを理念とし、日々活動している。そしてビジョンには、日本代表を強化して多くの人に勇気と希望と感動を与えることをうたっている。まさにこうありたいビジョンを森保ジャパンが実現してくれたと思っている。改めて感謝するとともに、このようなミッションステートメントをしっかり継続して伝えていかなければならないと思う。2006年から日本サッカー協会は、ジャパンズウエー、日本の素晴らしさを理解し、そしてそれをしっかり伸ばしていく。育成年代からしっかりやっていくことを考えながらずっと活動してきた。ただこれは続けるだけでなく本当にやろうと思ってやることが大切だと改めて感じた。
2050年までにはW杯もう一度日本でやり、そこでは優勝するチームになりたい。今回やっている選手もそれに少し近づいた。2005年に発表した時には何を言っていると言われたのが、今はそれが着実に前進しているのを2018年、そして2022年のカタールW杯で実感して分かるようになったと思う。どなたが監督になってもこのトーチを渡し続けなければならないと思っている。
長友(佑都)くんが「ブラボー」という言葉を言ってくれた。欧米ではよく使われるが、良いことを素直に「ブラボー」と言える世の中になってほしい。自分の夢を堂々と語る。それが当たり前の日本になってほしいと改めて思う。
最後に、人を選手を信じることの大切さ。森保監督が選手たちを信じるからこそこの力を発揮できると今回改めて学ばせてもらった。本当に多くのことに感謝したい。改めて多くの国民、関係者の皆さまにありがとうという気持ちを伝えたい。ありがとうございました。
反町康治・日本サッカー協会技術委員長あいさつ
この結果をやはり残念だという風に捉えている。ベスト16からベスト8への壁。高いようで低くも見えるし、低くも見えて高く見える。そういうした戦いをクロアチア戦でしたと思う。大会まだ続いているが、全体の総括をすると、日本の戦いを当然ながら総括し、しっかり検証して日本のサッカー、世界のサッカーを見てわれわれはよりスピードアップして進化させたいと考えている。
ずっとドーハにいたので、なかなか日本の温度感は分からないのが現状。本日、成田空港に着いて、たくさんのメディアの方と多くのサポーターがお迎えに来てくれた。われわれのやっていることをしっかり評価してくれて非常にうれしく思う。ただ、この火を消火せず、より普及を含めたサッカーの熱をより上げていけるようにJFAとしてはいろんな施策を考えながらよりパワーアップしたいと考えている。
日本時間だと夜中の試合もあったと思う。そうした中、眠い目をこすって応援してくれたサポーター、ファンの方々には本当に感謝してもし切れない。
森保一・サッカー日本代表監督あいさつ
本日はお忙しい中、われわれの帰国を温かく迎えてくれて、記者会見を開いていただきありがとうございます。まずはこれまでの活動、そしてW杯でのわれわの活動にたくさん声援、応援をしていただいた。サポーターのみなさん、そして国民の皆さんにW杯の戦い、応援、共闘していただきありがとうございましたと感謝の気持ちを伝えたいと思う。現地カタールで応援してくれたサポーターの皆さん、そしてメディアの皆さんを通して日本から熱い共闘のエールが届いていたおかげで、われわれは心強く勇気を持って世界に挑むことができた。本当に皆さんの応援がチームのエネルギーになって支えていただいたと思っている。
われわれはこのW杯に挑むに当たり、日本人の魂を持って、そして日本人の誇りを持って日本のために日本のサッカーの価値、日本の価値を世界に認めててもらうことを共有しながら戦ってきた。その気持ちをサポーターの皆さん、国民の皆さんと共有しながら世界の舞台で戦えたことは非常にうれしく思っている。われわれの活動を通して、そして選手の活動、活躍を通して国民の皆さんに夢や希望、日常生活の活力となる元気や勇気をお伝えできればと考えて活動し、選手たちも頑張ってくれた。今回のわれわれの戦いは日本の国民の皆さんに喜びと活力をもたらせていたら本当に幸せです。
選手たちは個の良さと団結力を持って世界で戦えることを示してくれたと思う。今回はわれわれだけで戦ったのではなく、チーム、サポーター、国民の皆さん、日本が一丸となって戦えば世界と戦える、どんな相手でも倒していけることを国民の皆さんに示せたらうれしい。選手たちはここにいるベテランの経験のある選手がチームを支え、そして今回26人中19人がW杯で初めての経験をする。ベテランがチームを支え、若手が躍動する。本当にチーム一丸となって結果として、活動として見せることができたと思っている。私がここで言いたいのはベテランの力はまだまだ大切。
感謝は尽きないが、若い選手、経験のない選手も日頃しっかりとしたことをやっていればできるということ、勇気や自信を持ってプレーしてくれたことがより日本の若者により伝わってくれたらうれしい。日本の若い人たちは素晴らしい力、可能性を持っていると思う。日本の選手の姿を見てもらって、俺たちもできる、自分たちの可能性を信じて、そして自信を持って成長してくれたら本当にうれしい。
われわれが目標にするベスト16の壁を破ることはできなかった。新しい景色を見ることはできなかったが、選手たちは新しい時代を見せてくれたと思っている。しかしながら、まだまだ新しい時代の入り口にしか過ぎないという風に思っている。これから世界でより勝っていくためにも国民の皆さまの後押し、そして共闘がわれわれの力になる。今後とも一緒にわれわれと戦い、世界の壁を乗り越えてみんなと喜べたらいいなと持っている。これまでの応援、ありがとうございました。そして、これから日本のサッカーは日本の社会に貢献できるように精いっぱい頑張っていきたいので、応援よろしくお願いします。ありがとうございました。
吉田麻也・サッカー日本代表主将あいさつ
試合後に泣き過ぎて、そこから体調がすこぶる悪い。自分たち目指していたところにたどりつかなかったが、チーム一丸となって戦えた。結果が出ていないのでこういうことを言うのもなんですが、本当に今まで一番短い期間のW杯だったが、一番楽しかった。日本からたくさんのメッセージが僕自身に届いて、みんながすごく応援してくれた。その中で日本代表としてプレーすることは本当に素晴らしいこと、かけがいのないことなんだなと毎日かみしめながら感じていた。1日も長くチームメート、スタッフとこの仕事を続けたかった。残念ながらこのチームはこれで解散するが、お三方がおっしゃるようにここで歩みを止めてはいけない。
この次の大きな大会としてはアジアカップもある。過去2大会、僕自身も出場してタイトルを逃している。やはりここからもう一度アジアのタイトルを取り返し、まずはアジアの頂点に立って、その後パリ五輪もある。そこから最終予選が始まり、次のW杯と戦いは続く。これからもずっと戦いは続く。サッカー選手である以上毎日戦いに打ち勝たないといけないと思う。その中でこの大会を通して1人でも多くの子どもたちがフットボールを好きになってくれて、またJリーグを盛り上げて、日本のサッカーが少しでも、一回り二回り成長すれば自分もすごくうれしい。皆さん応援ありがとうございました。
質疑応答
―空港では多くのファンが迎えた。
森保 メディアで情報は多少知っていたが、こんなに日本の皆さんが喜んでいただけていると思っていなかった。空港で驚きを感じた。選手の勇気を持って戦う姿勢、粘り強く戦う姿勢を喜んでいただけて本当にうれしいと思った。われわれの方がありがとうという気持ち。温かく出迎えていただき本当に幸せな気分になった
吉田 僕も同じで、とても幸せな気持ちで素直にうれしい。本当なら一人ひとりと握手をしたいくらい。過去2大会、ブラジル大会もロシア大会も盛り上がったが、今回はより苦しい時期を乗り越えて一緒に戦った気持ちが強い。そこをキーワードにしてできていた。こういう一体感がすごくうれしかった。
―チームは解散。最後に選手、スタッフにどんな言葉を掛けたか。
森保 今後の日本サッカーの評価として、もちろんチームの活動はあるが、選手個々が個の能力を上げることが日本の強化に一番につながると思う。選手たちには高い基準を持って、より高いレベルでプレーする。そしてW杯基準、世界で勝つために何をすべきかを常に持ち続けて、成長して続けてほしいと伝えた。プラス、チームの団結力、一体感、つながる力は日本の良さでもある。そこは忘れないように持ち続けてほしいと伝えた。
吉田 ちょっと感情的になっていて覚えていないが…ほとんどの選手が20代で、20代で国を背負って仕事ができるのはめったにないこと。しかも、好きなサッカーで国を背負って戦うのは誇り高き仕事。そんないい仕事はない、と。次の大会から予選形式は変わる。もしかしたらたいぶレベルの違う国と戦うこともあるかもしれない。その中で、よりレベルの高いところに身を置かないといけない。物理的な距離があって移動が大変になるが、大変な時こそ日本を代表して戦うことがどんなに素晴らしいかをかみしめて戦おうと話をした。あとは、これから注目度が高まる。たくさんメディアに出て、露出を増やして、またサッカー人気を加速させようとみんなにお願いした。メディアの皆さん、オファーをどしどしお待ちしております。
―ドーハの悲劇の地となったカタールはどのような場所になったか。
森保 順位的には歓喜にはならなかったが、選手スタッフと最高の準備で全力を尽くすことができた。国民の皆さん、サポーターの皆さんとチームが一体になって、W杯優勝経験がある国を破ることができた。本当に素晴らしい経験を積むことができたと思う。ドーハの悲劇からドーハの歓喜を味わわせていただいた。
―PKキッカーは立候補制だったことについて。PK戦はどういう位置付けだったか。
森保 大会を通して戦う中でいろんな戦術、戦略を考えていくことで、われわれコーチングスタッフが大会の全体図、目の前の一戦にどれだけベストを尽くせるか、勝利を目指して戦うかを考えてチームの準備を進める中、選手目線で感じることを吉田麻也主将が選手から意見を聞いてわれわれに伝えてくれる。それを受け取って、われわれは戦略から選手を生かしてチームとしての戦い方を落とし込んだ。W杯でも、これまでの気持ちで戦った。まずは監督が全て決めるという部分においては、最終決断は監督の責任で私にある。選手がおそらく思い切って戦えたのは、コーチ陣がいい準備をしてくれて、試合に向けてのトレーニングを考えてくれる。ミーティングや映像の資料などを身を粉にして準備してくれて、選手に伝えてくれたことが、選手たちが思い切ってプレーできたことにつながっていると思う。そのベースから、選手たちが状況に応じて対応力を発揮すること、ピッチ内の主将を始めとして非常に良いコミュニケーションを取りながら戦ってくれたと思う。
PK戦に関しては戦い方は監督が決める、チームが順番を決めることの準備はしていたが、これまで私がやってきた中で毎回同じ戦い方をしていたので、今回の状況で同じことをした。後々結果をつかみ取れなかったことにおいて、選手に責任を負わせたことにおいては、私がすべて決めた方が選手にとってはよかったのかなというのはある。結果も違っていたかもしれないが、まずは自分たちもやってきてトレーニングもしていた。そこに自信を持って気持ちを込めて蹴ってもらう判断をした。PKを蹴ってくれた選手に関しては、本当に勇気のある決断をしてくれたと思っている。口から心臓が飛び出るくらい緊張、プレッシャーがある中、選手たちが勇気を持って「自分が勝たせる」「日本に勝利をもたらす」ために戦ってくれた勇気をまずはたたえたい。PK戦を見ていただいた方も日常生活に反映させていただき、失敗を恐れず、勇気を持ってチャレンジすることが大事だと感じてもらえたらうれしい。
吉田 全く同じやり方で(東京五輪で)ニュージーランドに勝っている。だから僕はこのやり方が間違っていたとは思わない。全部結果論ではないか。逆にニュージーランド戦ではそんなこと一言も出なかった。負けたからフォーカスされているが、僕はそこに間違いがあったとは思わない。
―リバプールではPKを含むプレースキックの最先端技術が導入されているが、そういうシステムの導入は。
田嶋 そういう最先端のところは、技術委員会がしっかり考えて取り入れる物だと思う。残念ながらその情報は私も知らなかった。一つ言えるのは、どんなに最先端の技術を取り入れても、あのPK戦でプレッシャーの中では私としては想像が付かない。ただ、最先端の練習方法、そういう科学的な情報をどう取り入れるかは監督、技術委員会が考えないといけないと思う。
―JFAの映像でロッカールームやホテルなどの様子も公開した意図は。
森保 JFAの皆さんが日本のサッカーの素晴らしさを国民の皆さんに見ていただこうと計画、実行してもらった。戦う部分の表面だけでなく、選手がアスリートとして戦うところ、より内部を見て選手たちがどんな努力、準備をしてるのか、だから素晴らしいプレーができることをいろんな方々に見ていただけたらうれしい。選手の見せるプレーは、大変な努力を積み重ねてきて、素晴らしいパフォーマンスになっていることが伝わって入ればうれしい。監督はコメント力がないが、主将はすごいコメント力がある。大人の皆さんも希望や日頃の大変な生活の励ましのメッセージとして受け取ってくれたらうれしい。
―主将として臨んだ今大会。同じベテランの長友、川島(永嗣)の存在は。
吉田 ともに代表でプレーして10年以上経つ。二人とも本当に芯の強い男だと思う。彼らがチームに与える影響は少なくない。常に良い面を、良い形でチームに影響力を与えてくれたと思う。監督もそこを理解して川島選手や長友選手に役割を与えていたと思う。やはり年が上になればなるほど「若い方がいいのではないか」「もう無理だろう」と言われるが、サッカーはチームスポーツ。その中でいろんなバランスが必要になる。川島選手が練習場にいると身が引き締まる。長友選手がボール回しにいると盛り上がる。そういう熱量を、僕自身も大きな影響を受けた。間違いなく若い選手はそういう姿を見て、「一流の選手とは」「長くやるには」という考え方を身に付けていくでのはないかと思う。僕自身も感謝している。本当に「ブラボー」の役割だったと思う。
―日本人監督のメリットはあったか。
反町 もちろんあると思う。次の予定がここに入りそうとか、強化試合、親善試合を行いたいタイミングがあるが、その時に1日、2日で情勢が変わる。そういう時にタイムリーに連絡がとれて、24時間体制で答えられるようにお互いにやってきたつもり。そこは楽で早かった。強化においては対戦相手も含め非常によかったと思う。ブラジルとの強化試合も行ったが、それも早い段階でマッチメークできた。そういう意味では、コミュニケーションが迅速に取れてよかったと思う。
―今大会で印象に残ったシーンは。
吉田 僕は2試合目のコスタリカ戦のハーフタイムで、監督がぶち切れていたことが一番印象的だった。
森保 どうリアクションしていいか…。ピーというコードが入りそう。個別にお伝えします。印象に残っていることはたくさんあるが、やはり最後のクロアチア戦の試合が終わってから、選手たちの思いが出ていた。悔しい思いをする選手、涙をする選手。そこを見ていて、ロシア大会から今大会に向けて、本当に選手たちがW杯でベスト16の壁を破るんだという思いを強く持って戦ってくれた。結果、その目標を達成できなかったのを目の当たりにした、そのリアクションは忘れられない。私自身も強い覚悟を持って挑んだつもりだが、選手たちの表情を見ていると、より強い覚悟を持って世界に挑まないといけないと思った。選手たちはできると思ってその場にいてプレーする姿を見せた。日本のサッカーは必ずベスト16の壁を破ると思った。
―コスタリカ戦で怒った理由は。
森保 選手たちは精いっぱい戦ったが、相手選手と対峙した時に、局面で少し上回られるところがあった。より強い相手により強い気持ちを持って戦おうと。選手たちは強い気持ち、覚悟を持って戦ってくれている。技術や戦術もおろそかにしてはいけないし、絶対に準備しないといけないが、小手先の策で世界の強豪に勝っていこうと思ったら、そこは大きな間違い。勝つという強い気持ちがある方にボールは転がってくると思う。そこを選手たちには伝えた。
―女子サッカー熱が一度盛り上がってから今は冷めている。そういう熱をどう維持するか。
田嶋 まずなでしこが(女子W杯で)優勝した2011年、その時にしっかりとした継続が必要だった。その時にできるとことはやってくれた。残念ながら女子サッカーの波は周期的に来ている。ベースとしては男子はJリーグ、女子はWEリーグだが、まだ2年目。そこがしっかり盛り上がることが大切。プロリーグがない時代から、今はある時代になり、そして今度ニュージーランドで女子W杯が行われる。そこでしっかりサポートしないといけないと思っている。そして吉田麻也主将も各クラブで頑張れ、露出を増やそうと言ってくれた。まさにそういうことをわれわれがやらないといけない。しっかり力を入れて、この火を消さないようにしていきたいと思っている。
―2006ドイツW杯の後に当時の川淵(三郎)会長が次期監督をうっかり言ったが、今回は。
田嶋 先ほども出たが、前回2018年のハリルホジッチさんの監督交代の時から日本サッカー協会は監督の選任を最終的に理事会で決めていたが、技術委員会でしっかり議論し、会長と数名の方と反町委員長で議論した上で理事会に挙げる新しい取り決めでやっている。ですから、僕から今ここで出ちゃうことはありません。ここは反町委員長が考えてこれから進めてくれると思っている。
(2022年12月8日掲載)