学校へ通いづらい子どもたちの学びの場として、仮想空間「メタバース」を活用した取り組みが始まっている。聴覚過敏に悩む小学5年生の女の子「こっちゃん」も、この夏から「メタバース登校」を始めた一人だ。一体、そこではどんな授業が行われているのか。記者もアバター(分身)の姿になって、仮想空間の教室に飛び込んでみた。(時事ドットコム編集部 太田宇律)
「こっちゃん」の個性
2022年11月下旬、自宅にいるこっちゃんとオンラインで話をすることができた。「今日はなんて呼べばいいかな?」「こっちゃんでいいです」。記者がカメラに向かって手を振ると、画面の向こうで、お母さんの隣に座った女の子が照れくさそうに笑った。
こっちゃんが小学校に通いづらくなったのは、2年生の春。校内放送や、ざわざわした音などがストレスになる「聴覚過敏」の可能性があると分かった。学校や友だちは大好きなのに、みんなで一緒に何かをすることがつらい。ヘッドフォン型の防音具で耳を保護し、一部の授業や給食の時間だけ登校する日が続いた。
学校の外の学び
「学校には行かなくてもいいけど、学ぶことは大事だよ」。お母さんはこっちゃんにそう伝え、できるだけ自然や動物と触れ合える場所に連れ出すことにした。こっちゃんの目が一番輝いたのは、初めて乗馬体験をしたとき。「馬は重たい荷物も運べるし、すごく速く走れる。全部が好き!」。乗馬クラブに通い、血統についても難しい本を読み込んで勉強するようになった。
ただ、学校外には、同世代の子どもたちと協力して何かに取り組める機会がなかなか見つからなかった。突発的に響く音や、ざわざわした音が苦手でも、安心して学べる場所はないだろうかー。お母さんがそう考えていたときに出会ったのが、メタバースを使った小中学生向けの不登校支援プログラム「roomーK」だった。
子どもが駆けるRPG世界
メタバースは「アバター」という分身キャラクターを介して、オンライン上でさまざまな活動ができる仮想空間のこと。目を覆うゴーグル型の端末で3D世界に没入するタイプが主だが、東京のNPO法人「カタリバ」が運営するroomーKは、パソコンとネット環境があれば参加できる。記者は許可を得て、自宅から「メタバース授業参観」をさせてもらうことにした。
まずはroomーKのサイトにアクセスし、300種類以上あるアバターの中から好きなものを選ぶ。自分によく似た眼鏡でスーツ姿の男性を選択したが、すぐに場違いだったと気付いた。決定ボタンを押してたどり着いたのは、勇者やお姫さま、モンスターといったアバターが駆け回る、レトロなロールプレイングゲームのような世界だったためだ。ちなみに、動物好きなこっちゃんのアバターはネコだという。
勝手が分からずきょろきょろしていると、ピンク色のおばけのような「みさみさ」さんが近づいてきた。カタリバの広報スタッフ、山本美沙さんだ。「こんにちは」「あっ、今日はよろしくお願いします」。アバター同士が近づくと、自動的に互いの映像がリモート会議のように接続され、アバターが離れると接続が切れる。子どもたちがストレスを感じないよう、カメラやマイクをオフにもできるが、会話そのものをゲームのように楽しめると感じた。
ゲーム世界で学ぶ「理科」
子どもたちが描いた絵の展示室や、スタッフとの面談室など、メタバースの中にはさまざまな部屋がある。多くのアバターが集まっていた「プログラムルーム」という大部屋では、ちょうどこっちゃんが好きだという理科の授業が始まったところだった。さっそく部屋に入ってみると、スピーカーから「今日は何をすればいいの?」「始まるのが待ちきれなかったよ」と、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきた。
人気ゲーム「マインクラフト」の教育版を利用したこの授業では、アバター姿の子どもたちが広大なマップ上に集まり、スタッフが出す「サンゴを探す」「チョコを作る」といった課題に協力して取り組む。この日の課題は鉄道や駅を作ること。スタッフが「電車はどうやって動くか知ってる?」「駅の回りにはどういうものが必要かな」などと質問すると、子どもたちはそれぞれに知恵を絞りながら、共同で必要な素材を集めたり、トンネルを掘ったりしていた。
カタリバによると、子どもたちが同じメタバース空間で一つの目的に取り組むことで、協調性を育む効果も期待できる。コミュニケーションに不安を感じている不登校の子も多いが、アバターを介することで、心理的なハードルを下げることができるという。アバター同士で記念撮影をしたり、鬼ごっこを楽しんだりする子もおり、家にいながら学校の休み時間のような雰囲気を味わえるのもメタバースの利点の一つだ。
始めて4カ月、こっちゃんの変化
こっちゃんがこの世界で学び始めて4カ月。「メタバースにいる間は絶対部屋に入らないでと言われている」と笑うお母さんだが、娘の精神面に大きな変化を感じているという。
「メタバースで大好きな馬の血統について発表したら、みんなに『すごい、面白い』とほめてもらえて、自分の個性に自信を持つことができたようです。苦手だと思っていたタイプの子に親切にしてもらい、同世代の子にはいろんな面があるんだと理解することもできました。そうした経験は学校でしかできないと思っていましたが、オンラインでもできたんです」(お母さん)
アバターと不登校支援の相性の良さも感じている。こっちゃんは、一般的なオンライン通話のように、いきなりスタッフと映像がつながると緊張してしまうが、ゲームの主人公になったような疑似体験を挟むことで、スムーズに会話に入っていけるのだという。家の中から気軽にアクセスでき、音量を自分で操作できることも安心感につながっている。
「勉強したい」夢へ向かって
実生活にも変化があった。しばらく学校から足が遠のいていたこっちゃんだったが、最近、「勉強をしたいから学校に行く」と言いだし、週に1回、半日ほど登校できるようになったという。お母さんは「馬についてみんなに知ってもらいたいという気持ちが大きくなり、『そのためには勉強が必要だ』と思えるようになったみたいです」とほほえむ。
こっちゃんにも心境の変化について聞いてみると、「学校で算数や理科の勉強を進めたかったんだよね。いつも馬と一緒にいたいから、将来は調教師になりたくて・・・それが目的かな」とはにかみながら教えてくれた。今は馬の殺処分について問題意識を持ち、学習を深めているという。「学校に行けていなくて、世界が小さかった。メタバースでいろいろなことを知られてよかったなって思ってます」と笑顔で話した。
急激に増える不登校
実は、こっちゃんのように学校に通いづらい子どもは急激に増えている。文部科学省の調査によると、全国の小中学校で21年度に不登校だった児童生徒は24万4940人。前年度から4万8813人増え、過去最多となった。新型コロナウイルス禍で生活リズムが乱れ、欠席への抵抗感が薄れたことや、行動制限で登校意欲が低下したことなどが背景にあるとみられている。
学校に通えない子どもが増えると、教育支援センターやフリースクールといった「対面型」の支援施設も人手不足に陥りがちだが、メタバースを使った取り組みには、施設や地域を超えて学習の場を「シェア」できる強みがある。カタリバはこれまでに、埼玉県戸田市や東京都文京区など7つの自治体と連携。利用は基本的に各自治体を通じて受け付けており、現在100人超の小中学生がroomーKで学んでいる。
「メタバース登校」を出席扱いとする学校も出てきた。埼玉県戸田市は19年の文科省通知に基づき、各学校の校長が許可すれば、メタバースでの学習を指導要録上の出席日数として算入する。同市の戸ケ崎勤教育長は11月に行われたカタリバのオンライン講演で、「われわれは子どもの学びの選択肢の少なさについてもっと理解し、民間教育と公教育の壁をなくしていくべきだ」と発言。不登校の子は学校に戻すべき、という考え方を打破していかないといけないと訴えた。
こうした自治体は他にも増えつつあり、取材を受けてくれた「こっちゃん」の小学校でも、前向きに検討が進んでいるという。
◆◆◆優しい世界◆◆◆
取材を通じて感じたのは、さまざまな理由で登校に壁を感じている子たちにとって、メタバースは「優しい世界」であり、新しい学びの場になりうるということだ。こっちゃんのお母さんは「メタバースからは、娘が自信を取り戻す時間と、自分らしくいられる安心感をいただいた」と感謝。「デジタルデバイスをうまく活用し、学校の中にも、外にも学ぶ機会がある世の中になってくれたら」と願っている。