中東で初開催となったサッカーの第22回ワールドカップ(W杯)カタール大会は、アルゼンチンの36年ぶり3度目の栄冠で幕を閉じました。同国のメッシに加え、準優勝だったフランスのエムバペら個もまばゆく輝いた今大会は、日本代表の指針にもなりそうです。時事通信社は、元日本代表で現役時代にジュビロ磐田や欧州のクラブで活躍した藤田俊哉さん(51)に、W杯を解説してもらいました。最終回のテーマは、大会の総括と日本代表への提言です。(構成・時事通信運動部 前川卓也)
◆藤田俊哉の司令塔ラボ①
◆藤田俊哉の司令塔ラボ②
◆藤田俊哉の司令塔ラボ③
◆特設ページ 2022FIFAワールドカップ
メッシとエムバペ、際立っていた二人のエース
こんにちは、藤田俊哉です。アルゼンチンとフランスの決勝、本当にすごかったですね。前半41分に早くもフランスが2人を入れ替えてすごいなと思っていたら、そこからエムバペがハットトリック。メッシも負けじと2得点。私も感動してしまいました。
決勝、そして大会全体を見ても、新旧交代は確実に行われたと言えるでしょう。長くトップスターだったメッシとロナルド(ポルトガル)に代わり、エムバペが台頭。勝敗を抜きにして、エムバペが一番の選手ということがはっきりしました。でも、勝利の女神はメッシとアルゼンチンにほほ笑みました。この構図は、何とも表現しがたいものがあります。
試合自体も、この二人の存在が際立っていました。120分の戦いの中にあったドラマが、ものすごかった。戦術的な点なども細かく言えばありますが、それらを全て超越した「個の戦い」があったから、これだけ感動的な試合になったと感じています。これだけサッカーに魅せられ、見応えのある決勝は、なかなかありません。PK戦での決着は残酷でしたが、5度目のW杯だったメッシに、唯一取ることができていなかった主要タイトルが輝いたのはすごいことです。神はメッシに全てを与えたと言えるでしょう。
チームの完成度は圧倒的にフランス
さて、そのメッシとエムバペの対決です。メッシのすごみは、チームの3点目に凝縮されていました。35歳になっても、計108分がたっているのに最後まで得点を取れる力が残っていました。そして終盤でもスライディングをして守備をする姿も、見たことがないほどです。それくらい母国のためにタイトルを取りに行っていたと感じました。メッシもエムバペも、アルゼンチンもフランスもどれくらい勝ちたいと思っていたか。その思いが、メッシの方が少しだけ強かったということでしょう。
エムバペは今大会でトップスターの座に就いたと言える存在です。コンスタントにファンを驚かせるプレーを披露し、一人で相手を抜き去る圧倒的なスピードは最後まで落ちませんでした。最終盤でも左サイドから切り込んでペナルティーエリアに仕掛け、相手が身をていして止めに来たのが象徴しています。メッシとエムバペを中心に、両チームがしのぎを削り合いました。PKの蹴り方も対照的。メッシはGKの動きを見て蹴り、エムバペは最初から決めた方向に思い切り打ち抜く。最後までプレースタイルや色がはっきり見えた点も興味深く感じました。
大会を通して見ると、チームとしての完成度は圧倒的にフランスでしょう。初戦から決勝までずっと高い質を発揮できていました。圧倒的な選手層を誇ったのもフランスです。ベンゼマやカンテ、ポグバといった主力が故障で離脱していたのに、これですから。両チームとも勝負に懸ける魂が、すごく出ていました。はっきり言って、両チームとも称賛されるべき決勝です。技術面も戦術面も、その全てで世界最高峰のものがぶつかっていました。こんなに見どころも内容も伴う決勝が過去にあったかと思うくらいです。
日本も「強い個の集合体」に
この舞台に、日本はどうすれば行けるかも考えさせられました。やはり強豪チームは決勝トーナメント1回戦から準々決勝、準決勝、決勝と、レベルやギアがどんどん上がってくると感じました。W杯は決勝までで7試合。この全てを戦ってこそのW杯です。そこを逆算して戦っているチームが、最終的に決勝にたどり着きます。アルゼンチンの1次リーグ第2戦、メキシコ戦も実際に現地で見ましたが、あまりまとまっているチームではありませんでした。大会を追うごとにギアも、チーム力も上がる。最後は全く違うチームに変貌していました。
そして、今大会で感じたトレンドは、戦術より個の力でした。エムバペが象徴したように、すごく単純に言ってしまうと、うまくて速くて強いということ。これが今のサッカーの潮流でしょう。組織ももちろん重要ですが、個のレベルが高くないと、こういうところにはたどり着けません。チームを押し上げるのは個の力です。最後はそういった強い個の集合体になり、それがチーム力になると言えます。
日本も高い組織力は十分に見せられました。ここからは個の力を、さらに高める段階です。それでは個の力を養うには何が必要かというと、どういう舞台で普段からプレーしているかでしょう。それが個のレベルアップにつながっていくと感じました。今より高いレベルのクラブでプレーし、経験を積んでいくことです。
この大会で輝いた三笘薫(ブライトン)や堂安律(フライブルク)らには、次の舞台が待っていることでしょう。そこでさらに成長し、W杯に戻ってきた時には次のステージに進める段階になってくれると期待したいところです。日本は着実に階段を上っています。壁にも屈せず、8強、4強へ上っていこうとしている段階にいると言えます。
番狂わせも含め、息のつけない高いレベルの戦いが最後まで続きました。ピッチ外を見ても、アルゼンチンやブラジルだけでなく、エクアドルなど南米勢のサポーターはものすごい声を出し、圧倒的な熱量を伴う応援でした。サッカー人として、欧州の大会とは違った熱い戦いに、W杯のすごさ、奥深さを改めて感じています。熱戦の連続に、皆さんも寝不足になったことでしょう。W杯という大会も日本も、4年後に再び新しい姿や驚きを与えてくれる。そういう夢を見ながら、次回大会にも期待しましょう。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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藤田 俊哉(ふじた・としや) 1971年10月4日生まれ。静岡県出身。元日本代表MF。静岡・清水商高(現清水桜が丘高)の2年時に全国高校選手権優勝。筑波大を経て、94年にジュビロ磐田に入団。中山雅史や名波浩らとともにクラブの黄金時代を築き、リーグ優勝3度、アジアクラブ選手権(現アジア・チャンピオンズリーグ)優勝1度に貢献。01年にはJリーグ最優秀選手に輝いた。オランダのユトレヒトや名古屋グランパスでもプレー。07~11年には日本プロサッカー選手会会長も務め、サッカー界の環境を整備した。通算成績はJ1で419試合に出場して100得点、日本代表では24試合出場で3得点。現役引退後はオランダで指導者を務め、イングランドではフロント業務に携わった。18年に日本協会に入り、今年9月から磐田のスポーツダイレクターを務めている。
(2022年12月25日掲載)