「ウクライナから第三国に避難された方のわが国への受け入れを今後進める」。今年3月に岸田文雄首相がロシアの軍事侵攻を受けたウクライナ避難民の受け入れを表明してから10カ月弱。12月14日現在で2193人が戦火を逃れて来日した。元来、難民の受け入れに消極的な日本政府は、今回の経験をどう生かしていくべきなのか。当事者や支援団体、さらには政治の立場から、それぞれの思いを聞いた。(時事通信政治部 城間知碩)
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【目次】
◇日本で追う夢
◇政府対応「今後の標準に」
◇手探りのオペレーション
◇長期化で新たな課題も
日本で追う夢
12月8日、エマニュエル駐日米大使はウクライナから避難し、日本の大学や日本語学校に通う留学生約60人を大使公邸に招き、レセプションを開催した。明治大に通うダナ・ボイエバさんは、留学生を代表して「苦しい状況に置かれた私たちを受け入れてくれた人たちに出会えたことは幸運だった」と日本語で謝意を伝えた。
参加者の一人で、武蔵野大に通うリリア・モルスカさんは、首都キーウから南に80キロほど離れたビーラ・ツェールクヴァ出身。キーウ国立大で日本語を専攻していたが、ロシアの侵攻で町も爆撃対象となり、親友を頼ってポーランドに避難していたという。ウクライナ人学生を支援するプログラムを通じ、武蔵野大での受け入れが決まり、9月に来日。将来は日本語学校を設立する夢を持っており、同大で日本語の勉強を進めつつ、大学院への進学を目指している。
故郷に残る両親について「7時間の時差に加えて、停電が多く連絡が取りづらい」と心配そうな表情を見せる一方、日本での生活を巡っては「日本人にウクライナのことをもっと知ってもらうため、大学の友達とパンフレットを制作している」と楽しげに語った。パンフレットは日本語、英語、ウクライナ語で母国の文化などを紹介するもので、来年1月に完成する予定という。
政府対応「今後の標準に」
彼女たちに日本での学びを提供したのは、難民となった留学生を支援する民間団体「パスウェイズ・ジャパン」だ。これまでシリアやアフガニスタンの難民留学生の支援に取り組んできた経験を生かし、5~11月までの間にウクライナから約100人を18の大学と25の日本語学校で受け入れた。
代表理事の折居徳正さんは「社会的なインフラに関し、政府や民間が新たに踏み込んだ支援をしてくれたことで、安心感があった」と振り返る。特に就労や国民健康保険加入が可能となる「特定活動」資格が、通常申請して1~2カ月かかるところ、ウクライナ避難民に対しては直ちに発行されたことを「出入国行政上、革命的だった」と評価する。
折居さんは「今回を標準として、他の国籍の人にも門戸を広げていくことが必要だ」と強調。「政府が声をかけないと民間は動かないということも感じた」とも指摘し、「ウクライナを通じて初めて(難民問題に)関心を持った大学や企業に、アフガンやシリア、ミャンマーなどについても伝えたい」と意欲を示す。
手探りのオペレーション
ウクライナ避難民の受け入れで中心的な役割を担ったのが、出入国在留管理庁を所管する法務省だ。当時、法相を務めていた自民党の古川禎久党司法制度調査会長は「どれだけの人が来るか分からず、100人単位、1000人単位、1万人単位でそれぞれ、オペレーションを考えるよう指示した」と明かす。さらに、現場には「大惨事から逃れ、精神的に苦しい状況で日本に来るから、寄り添う姿勢とスピードが大事だ」とも伝えていたという。
実際に受け入れを始めてみると、具体的なニーズを把握することの重要性を痛感。当初は各種の連絡を郵便で行っていたが、「直接連絡を取ることが大事だ」と気付き、携帯電話やメールで連絡が取れる体制整備も心掛けた。
今後の支援活動を巡っては「自律と尊厳をキーワードに、ただ支援するだけではなく、自活していく道をつくったり、教育など(避難の)長期化で変わるニーズへの対応が必要だ」と指摘する。
昨年廃案になった入管難民法改正案には、今回のウクライナ避難民のように、難民条約上の「難民」には該当しないが、国家間の紛争を逃れた人々を「補完的保護」の対象とする制度の新設が盛り込まれていた。
古川氏は「従来の条約難民としては(認定が)難しいケースでも、真に保護を必要とする人を受け入れるのは時代の流れで、法整備が絶対必要だ」と強調。難民認定基準の明確化なども含め、一体的な制度改正を行う必要があるとの考えを示した。
長期化で新たな課題も
ロシアの侵攻が長期化し、避難生活の終わりが見えない中、受け入れ当初とは異なる課題が生じている。避難民の生活支援などに取り組む日本財団が11~12月に実施したアンケートでは、帰国の意思を尋ねたところ、回答した750人のうち、「できるだけ長く」(24.7%)と「状況が落ち着くまでしばらく」(40.8%)を合わせ、6割強が日本滞在を続けることを希望していた。
ただ、60.9%は働いておらず、このうち58.4%が求職中と回答。滞在を続けたいものの、仕事を見つけることが困難な現状が浮かび上がる。
佐賀県で官民連携によるウクライナ避難民支援に取り組み、約30人を県内で受け入れた「佐賀受け入れネットワーク」事務局の山路健造さんによると、言語が壁となって地元企業に就職を断られるケースが多いという。避難民側も先行きが見通せないため、就労の相談に「いつまで日本にいるか分からない」と乗り気ではないこともある。
折居さんも「最初は、支援する側も数カ月休んでもらい、すぐ帰るというイメージだったと思うし、ウクライナの人たちも同じだった」と明かす。就労に向けて最も重要なのは日本語の習得だが、「単純労働以外の仕事をしようと思ったら1~2年半はかかる」。受け入れプログラムの構築に当たっては、同程度の期間、確実に教育を受けられる体制整備に注力したという。
難民受け入れ制度を巡っては「自立に至るまでの支援という設計であるべきだ」と改善の必要性を訴える。「難民にはむしろ働きたい人が多いので、1~2年の助走期間を支え、人材として日本社会で活躍してもらうことが必要だ」と強調。その上で「政府の中で(関連する)部署がバラバラで、ノウハウが共有されていない。海外の事例に学び、必要な整備をしてほしい」と求めた。
(2022年12月23日掲載)
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