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日韓外交、ゴールポストはまた動くのか  慰安婦、元徴用工で繰り返された歴史【政界Web】

 岸田文雄首相は11月、韓国の尹錫悦大統領と会談した。日韓首脳の正式会談としては約3年ぶりで、両氏は元徴用工問題を巡る「懸案の早期解決」で一致した。関係改善に前向きな尹氏が大統領に就任して半年が経過し、「戦後最悪」と呼ばれた状況は脱しつつあるようにも見えるが、「またゴールポストを動かされるのでは」と、日韓外交をめぐる日本政府の懸念は消えない。不信感の源流はどこにあるのか。(時事通信政治部 田中庸裕)

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【目次】
 ◇「最終的かつ不可逆的解決」のはずが
 ◇「完全かつ最終的解決」のはずが
 ◇日本側アクション待つ尹政権

「最終的かつ不可逆的解決」のはずが

 日韓関係を語る上で頻繁に使われる「ゴールポストを動かす」との表現は、「一方的な条件変更」という意味で英語の慣用表現だ。開催中のサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会でも当然、ゴールポストは固定されている。これが動くとサッカーの試合は成立しない。国会会議録で調べると、2021年5月に茂木敏充外相(当時)が慰安婦問題を巡り、「韓国によってせっかくのゴールポストが常に動かされる状況がある」と発言している。

 この答弁が指し示すのは、15年12月に日韓外相が発表した「慰安婦合意」のいきさつだ。旧日本軍の従軍慰安婦問題に関し、「最終的かつ不可逆的な解決」を両国で確認したものだが、事実上ほごにされてしまった。

 合意に当たり、日本側は安倍晋三首相(当時)名で「心からのおわびと反省」を表明し、元慰安婦支援の資金拠出を約束した。日本政府は16年、「和解・癒やし財団」に10億円を拠出し、存命だった元慰安婦の7割が支給を受け入れた。

 決着したかに見えた慰安婦問題だったが、合意に批判的な文在寅氏が17年5月に大統領に就任し、状況は悪化に転じる。文大統領は就任早々、韓国外務省に慰安婦合意に関する作業部会を設置し、交渉過程の検証に着手した。

 同年12月に公表された作業部会の報告書は慰安婦合意について、「被害者の意見を集約せずにまとめた」と疑問視。外交慣例に反し、非公開の高官協議のやりとりも暴露した。韓国政府は「この合意で問題は解決できない」(文大統領声明)として、日本の拠出額と同じ10億円を財団に充当して日本の支援を「無効化」。改めて謝罪などの対応を要求した。

 日本側は「国と国との約束を守るべきだ」と反発。関係が冷え込む中、21年には韓国最高裁で日本政府に元慰安婦への損害賠償支払いを命じる判決が確定した。ある外務省関係者は「あれ以来、日本の世論は『韓国は信用できない』という雰囲気が根強い」とため息交じりに語る。

「完全かつ最終的解決」のはずが

 目下最大の懸案となっている元徴用工問題も、ゴールポストが動かされた例だろう。

 韓国最高裁で18年、戦前に日本政府の動員で徴用された旧朝鮮半島出身労働者らの個人請求権を認め、日本企業に対する損害賠償命令が確定した。日本政府は、1965年の日韓請求権協定に違反するとして猛抗議した。同協定は国・国民間の請求権に関する問題の「完全かつ最終的な解決」を確認した上で、トラブルが生じたら外交努力を求め、それでも解決できない場合は第三国を交えた仲裁委員会に付託すると規定したものだ。

 日本政府はこれに沿って19年、外交解決のための協議を要請。ところが韓国側は応じず、仲裁手続き入りの求めも拒んだ。賠償命令に続いて、21年9月には韓国の地裁が三菱重工業に対する資産売却命令(現金化)を決定。同社は即時抗告し、現在、最高裁の判断待ちの状態だ。

日本側アクション待つ尹政権

 日本政府は、元徴用工問題は「韓国の国内問題」と位置付け、韓国側で解決するよう求めている。日韓関係改善に意欲的な尹大統領が就任したといっても、これまでの経緯に照らせば前のめりは禁物だ。政府・与党ともに「韓国側が解決策を示すまで首脳会談を受けるわけにはいかない」(政府関係者)という認識が大勢だった。

 11月の首脳会談は、この点で日本側が「原則をやや曲げた」(政府関係者)格好だ。外務省幹部は、会談に踏み切った背景について、北朝鮮による軍事的挑発の激化や、尹政権の「真剣さ」を挙げた上で、「日本の国内世論が少し和らいできたと判断した」と説明した。

 尹政権は現在、現金化回避のため、原告の同意を得ずに賠償金を肩代わりできる「併存的債務引き受け」手続きの活用を軸に検討を進めている。ただ、韓国国内の世論対策もあり、一方的に譲った形に見えないよう、謝罪や資金拠出など、日本側のアクションを必要としている。「日本の立場の範囲でできること」(日韓外交筋)について、両国外交当局間で詰めの協議が続いている。

 自民党のある保守系議員は「『日本企業が自発的に賠償金の原資を出す』という案もあるようだが、そこまでやってまたひっくり返されたらどうするのか」と不信感をあらわにする。保守派と進歩派が拮抗(きっこう)する韓国では、5年ごとの大統領選の結果次第で同じことが起きるのではないかというわけだ。

 またポストが動かされる不安はないのか。日本外務省幹部は「韓国の振れ幅は徐々に狭くなっている」との認識を示した。ただ、日韓間にはこれ以外にも、在韓国日本大使館や釜山総領事館前に設置された慰安婦像問題や、韓国海軍軍艦による海上自衛隊機へのレーダー照射、日本の対韓輸出管理強化など懸案が山積だ。このため現金化が回避されても、「尹大統領が求める首脳往来なんてまだまだ」(同)との声は少なくない。正常化への道のりは遠そうだ。(2022年12月9日掲載)

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