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雪不足に危機感、スキー複合のメダリスト渡部暁斗が行動「間違いなく自分たちは岐路に…」

2022年11月04日14時00分

「エコパートナー」募集

 今年2月の北京冬季五輪で二つの銅メダルを獲得し、成果を挙げたノルディックスキー複合の日本チームが、新たなシーズン(2022~23年)に臨む。11月下旬のワールドカップ(W杯)開幕を前に選手が目を向けるのは、成績や競技力向上だけではない。五輪3大会連続メダリストに輝いた不動のエース、渡部暁斗(34)=北野建設=は「エコパートナー募集」という新たな取り組みを始めた。複合は雪が欠かせないスポーツ。単純明快な競技環境が将来、地球温暖化によって損なわれていくかもしれない。トップアスリートが自ら対策を真剣に考え、行動していこうとしている。(時事通信運動部 浦俊介)

◇ ◇ ◇

 地球温暖化に伴い、冬季競技会場となる場所の雪不足などに対する危機感が取り沙汰されるようになって久しい。長野県出身の渡部暁は「小学生の頃、(同県)白馬村には今よりもたくさんの雪が降っていた」。その上で、今は「秋のトレーニングで訪れる欧州でも、氷河が年々小さくなり、コースが短縮されたり、以前のように練習できなくなったりしつつある」と言う。今年9月に大会出場時に使用するヘルメットや移動時などにかぶる帽子に入れる広告スポンサーの契約が終了。そのタイミングに合わせて「温暖化に対してアクションを起こしたい」と思い立った。

カーボンオフセットに取り組む

 国連のホームページで自分が年間に排出する二酸化炭素(CO2)の量を測定すると、一般的な人の倍ほどの数値が出たそうだ。遠征で航空機移動が多くなることが大きな原因だが、だからといって競技をやめてしまうことはできない。「今していることをやりながら行動を起こせるようなことを、自分が先頭を切ってやっていきたい」と、空いた広告枠を利用した「カーボンオフセット」の取り組みを考えた。このオフは前面に「広告募集」と載せた帽子を着用してアピールしている。

 カーボンオフセットとは、森林再生を支援した場合にCO2を削減したと見なす考え方。日常生活などから生じるCO2などの温室効果ガスで、削減努力にもかかわらず排出する分を、植林などのCO2削減活動に投資することで埋め合わせる。

現役選手だからこそ

 W杯開幕戦から来年8月末までの広告料を全て、長野県の森林再生を目的とする取り組みに充てる。募集を始めて1カ月ほどで「いくつかの問い合わせを頂いた」。広告を出せるのは一つだが、それ以外のスポンサーとも環境に配慮した製品の考案やイベントの企画など、一緒に進められる活動をしていきたいという。注目度が高い現役選手であるうちから、こうした活動をすることの意義を強調した。

 もちろん、競技自体に対する熱意も変わらない。夏場のトレーニングは「子育てに積極的に参加した」ことで時間が削られたものの、短時間で成果を上げる方法を模索しながら、昨季までと同様にW杯や世界選手権での優勝を狙っていく。北京五輪の後は金メダルを取れなかった悔しさが膨らんだそうだ。まだ達成していない大きな目標があることも、競技を続けるモチベーションになる。

山本涼太、危機感あらわ

 温暖化以外にも、世界のノルディック複合界が直面する大きな問題がある。国際オリンピック委員会(IOC)は今年6月、競技が盛んな国・地域の偏りや観客数の少なさを指摘した上で、2030年五輪の実施種目から複合を除外する可能性を示した。

 日本チームの一員として北京五輪の団体銅メダルに貢献し、次期エースへの成長も期待される山本涼太(25)=長野日野自動車=は、危機感をあらわにする。「複合に興味を持つ人が少ない印象がある」

スペシャルジャンプに初挑戦

 複合に目を向けてもらう糸口になればと、「スペシャルジャンプ」への挑戦を試みた。10月下旬。長野・白馬で行われたジャンプの全日本選手権に出場し、ノーマルヒルで3位、ラージヒルでは小林陵侑(土屋ホーム)に次ぐ2位に入った。

 初めて挑んだ全日本ジャンプ。「表彰台に立ててよかった。ジャンプの仕上がりはいい」と好感触を得たことに加え、「こういうところで戦える(複合の)選手もいるんだと証明できたのは、一つのいいきっかけ」と手応えを語った。強化の一環としての参戦ではあるが、複合の注目度を上げられたら、との思いも強調した。「五輪実施種目から外れてしまう最悪の事態になるかもしれない。そういうことを防げるように、自分のできることをやっていきたい」と力を込める。

FISと足並みをそろえて

 五輪メダリストで、昨季まで長く日本代表のヘッドコーチを務めた河野孝典さん(53)は、10月に全日本スキー連盟の強化責任者となる競技本部長に就任。アルペンスキーやスノーボードなども含めた「スノージャパン」全体の強化が仕事にはなるが、やはり出身母体の複合が気掛かりだ。

 「自分を育ててくれた競技が五輪種目でなくなってしまうとすれば悲しい。私たちが何をできるか、どういうふうに貢献できるか考えてやっていくしかない」。IOCにアピールすべく、さまざまな取り組みを検討している国際スキー・スノーボード連盟(FIS)とも足並みをそろえていく構えだ。「日本は男子も女子も強い。FISに協力して何かできればいい」と語る。

「選手一人ひとりが行動を」

 渡部暁は、こう呼び掛ける。「強豪国ではない国のレベルアップに協力できることがあれば、情報を開示してトレーニングに役立ててもらうとか、世界のコンバインド(複合)全体として底上げを図る必要がある」。中国や韓国、ニュージーランドなど、今はW杯などにほとんど参加しないような国からも選手が出てくるようになれば、IOCの評価も変わってくると信じている。

 「間違いなく自分たちは岐路に立たされている。選手一人ひとりが何か行動を起こさないといけない」。温暖化の問題、そして競技の普及。取り巻く環境の現状をめぐり、現役選手がさまざまなことに目を向けながら活動していく時代になっている。

(2022年11月4日掲載)

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