トレーディングカード人気が過熱している。店頭では新作カードを求めて争奪戦が繰り広げられており、国内の市場規模は1年間で1.4倍に成長、1700億円を超えた。中古市場も負けていない。なんと5.8億円で売買されたレアものも存在する。たった1枚のカードに住宅より高値が付く背景には何があるのか。多くの専門店がひしめく東京・秋葉原を訪ねた。(時事ドットコム編集部 太田宇律)
盛り上がる「カードバトル」
「そう来ますか!」「ちょっと長考します」。22年11月15日、JR秋葉原駅近くにある国内最大級のポケモンカード専門店「晴れる屋2」で、対戦イベントが盛り上がりを見せていた。記者が見学した平日午後の回には10代~40代くらいの16人が参加。店員によると、半年前まで1カ月の参加人数は延べ600人前後だったが、9月は約1000人、10月は約1500人と急激に増えており、「カード人気の高まりを感じる」という。
対戦は1対1。じゃんけんで先攻後攻を決め、交互にカードを出し合う。それぞれのポケモンの能力や、得意技を駆使して、先に規定数の相手ポケモンを倒した方が勝ちだ。カードの効果などを互いに発声しながら進行し、プレー中はにぎやかな雰囲気。決着後は「これ強いですね」「ここで出されたら負けてました」などと、「感想戦」に花が咲いていた。
ゲームを終えた30代男性は「最近はプレー人口が増え、新作カードは発売日に店に行っても買えない。レアカードの中古価格も短期間で高騰している」と話す。公式大会の参加希望者も増えているといい、「なかなか出場抽選に当たらない。1回戦より『0回戦』の壁が厚い」と笑った。
転機は2018年
カードゲームの盛り上がりはデータにも表れている。一般社団法人「日本玩具協会」(東京都)の統計では、21年度のカードゲームの市場規模は前年度比558億円増の1782億円。売れ筋商品は「ポケモンカードゲーム」、人気漫画から生まれた「遊戯王オフィシャルカードゲーム」、米国にルーツがある「デュエル・マスターズ」で、いずれも前年より大きく売り上げを伸ばしている。「株式会社ポケモン」によると、ポケモンカードの累計製造枚数は22年3月末時点で432億枚を超えており、このうちおよそ90億枚が1年間で刷られたものだ。
急激な市場拡大の背景には何があるのか。「晴れる屋2」店長の渡辺翔さんは「2018年にポケモンカードブームが到来したことが大きい」とみる。スマートフォン用ゲーム「ポケモンGO」の大ヒットや、有名ユーチューバーによるカード動画の投稿をきっかけに、プレーヤー人口や年齢層が拡大。新型コロナウイルスの影響で対戦プレーが困難になると、今度は「コレクション熱」が高まり、未開封品やレアカードの市場価格が軒並み高騰したという。
ポケモンカードは1996年、遊戯王カードは99年から続くロングセラー商品だ。渡辺店長は「かつて遊んでいた子どもが大人になり、自らカードを購入して再挑戦するケースが多い。世代が一巡しても人気が廃れなかったため、レアカードや未開封品の価値に信頼感が生まれた」と分析する。ブームにけん引される形で新作の人気も高まっており、人気漫画「ワンピース」のカードゲームは22年7月に発売されたばかりにもかかわらず、店頭では入手困難だという。
「1枚700万円」の理由
高額カードの一部を見せてもらった。ポケモンに登場する女の子「リーリエ」が描かれたカードは、1枚700万円。19年に開催されたカード大会の優勝者か、じゃんけん大会で勝ち抜いた参加者の一部のみが入手できた希少品だ。別の店では、リーリエを作画したイラストレーターのサインが入った1枚に1598万円の値が付いた。転売を防ぐため、サインを求めた人物の名前が記載されていたにもかかわらずだ。
赤い龍のような姿のポケモン「リザードン」の誤植カードは、26年前の初版にしか存在せず、保存状態がさほど良くないものでも1枚120万円で取り引きされている。炎を操る「かえんポケモン」のはずが、力技に優れた「かいりきポケモン」と印刷されており、ファンの間では「かいりきリザードン」として有名だ。以前入荷した最高級の美品は、著名ユーチューバーのヒカキンさんが5000万円で購入していったという。
古い未開封品やレアカードの数は限られているため、ビンテージワインのように投資対象にもなっている。個人間の取り引きで世界最高額が付いたのは、「ポケモンイラストレーター」というレアカード。90年代にコミック誌上で行われたイラストコンテストの賞品で、米国のユーチューバーが21年7月に527万5000ドルで購入し、ギネス世界記録に認定された。当時のレートで約5億8000万円、1ドル140円なら7億3850万円だ。
トラブル後絶たず、事件も
一方、高額カードを狙った窃盗事件や、偽カードの売買といったトラブルも後を絶たない。22年5月には、「遊戯王」の偽カードを販売目的で所持したなどとして、静岡県富士宮市の男が商標法違反容疑で書類送検されている。
偽カードはネットオークションなどで売られるほか、専門店の買い取り窓口に持ち込まれることも珍しくないという。渡辺店長が「どちらが偽物か分かりますか?」と言って見せてくれたのは、2枚の「リザードン」。片方は店頭で買い取りを断ったという印刷の粗い偽物だ。見分けるポイントは、手触りや見た目、微細な重さの違いなど。光に透かすことで見破れることもあるという。
発売時期にもよるが、どのカードも裏面は基本的に同じデザインだ。本物の表面をはがしたり、薬品で溶かしたりして裏面だけのカードをつくり、偽の表面を貼り合わせる手口が横行しており、メーカー側も対策を強めている。
便乗する「転売ヤー」
店頭での「争奪戦」も激化している。JR秋葉原駅前の別のカード専門店には11月11日、人気漫画「ワンピース」のカード120箱が入荷したが、販売開始からわずか40分ほどで完売した。1箱には6枚入りパックが24セット入っており、定価は税込み4752円だが、販売直後、フリマアプリには未開封品が2~3倍の値段で出品されていた。
「事前に告知すると駅の改札まで行列ができてしまうので、きょう販売することは一切告知していない。それでも列が列を呼んで、すぐに売り切れてしまう」と男性店員。たまたま通り掛かって購入できたという20代の男性ファンは「ワンピースのカードは特に、買い占め目的の『転売ヤー』に狙われている」と説明し、「店頭に並んだ瞬間に買おうと配送車を追い掛けたり、人を雇って並ばせたりしているのを見掛ける。定価で買えなくなるので、ファンにとっては迷惑だ」と顔をしかめた。
未開封品の高額転売を防止しようという店も出てきた。「新星堂mozoワンダーシティ店」(名古屋市)は売買時、その場で開封するか、パックの上部にはさみで切れ込みを入れるルールを設けた。店側は「そのままの状態でお渡ししたいのが本心だが、純粋にカードゲームを楽しみたい方に届けられない方がつらい」と説明。今後は、好きなカードやその理由を答えてもらったり、コレクションを見せてもらったりして、「転売ヤーではなく、カードのファンだ」と証明してもらう手法も試験的に実施する予定という。
カード市場、どうなる?
ファン拡大による「実需」の増加に、「値上がり」への思惑も重なって過熱するカード市場。記者も小学生時代にポケモンカードを楽しんだ一人だが、当時のカードを保管していたら高値が付いたのだろうか。「晴れる屋2」の渡辺店長に尋ねてみると、「人気のポケモンなら1枚数万円になった可能性もある。ただ、子どもが遊んだカードは傷だらけなのが普通で、美品でなければ数百円程度にしかならないことが多い」と教えてくれた。
「晴れる屋2」の売り上げは22年10月だけで約1億7000万円に上るが、このうち超高額カードの売り上げはごく一部で、大半はファンによる1枚数百~数千円のカードの売買が積み重なったものだという。渡辺店長は「カードを投資対象と見ている層も確かにいるが、全体の数パーセント程度。今後、さらなるカードブームが来ると思っている」と期待した。