政治ジャーナリスト・泉 宏
自民党の最大派閥「安倍派」(清和政策研究会、97人)が、故安倍晋三元首相の後継会長選びで迷走している。当初有力視された塩谷立会長代理(当選10期・72)の昇格案が、同派の中堅・若手らの反対で頓挫したからだ。その背景には、次期総裁選を視野に入れての同派総裁候補をめぐる主導権争いがあるとみられている。ただ、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題への支離滅裂な対応などで岸田文雄政権の危機が深刻化する中、党所属議員の4分の1超の勢力を有する同派の混乱が、公明党を含めた与党の窮状にもつながっており、総裁派閥の岸田派(43人)をはじめとする他の5派閥は安倍派の動向に神経をとがらせている。
【点描・永田町】前回は⇒波紋広げる首相の“親バカ人事”
昨年11月の安倍派発足以来、抜群の存在感で同派を統率してきた安倍氏が、参院選最終盤の7月8日に突然、非業の死を遂げてから既に3カ月半余。その間、同派は9月27日の安倍氏「国葬儀」までは、「喪中」を理由に表立った後継者選びの動きを自制してきた。ただ「喪明け」となった9月末以降も派内調整は進まず、「一周忌が済むまで集団指導体制で行くしかない」(派幹部)のが実態だ。国葬以降の「節目」とみられた10月15日の「山口県民葬」終了後には、塩谷氏が同派代表として記者団に「一致結束して安倍氏の遺志を継ぎ、日本の政治に貢献していきたい」と強調した。
県民葬には同派議員85人が集結。長期にわたった第2次安倍政権下で同派会長を務めた細田博之衆院議長が、弔辞で「終始、経済の成長および行財政と教育の改革、ならびに災害からの復興に心魂を傾けた。世界の平和と繁栄に力を致し、国民生活の充実とわが国の国際的地位の向上に貢献した」と最大限の表現で安倍氏の功績をたたえ、故人をしのんだ。
派分裂の歴史から〝空中分解〟の危機も
もともと、安倍派の後継会長選びの難航は「予想されたこと」(自民長老)だった。同派の総裁候補として取り沙汰されてきたのは、下村博文元文部科学相(9期・68)、松野博一官房長官(8期・60)、西村康稔経済産業相(7期・60)、萩生田光一政調会長(6期・59)、稲田朋美元防衛相(6期・63)、世耕弘成参院幹事長(5期・59)ら。しかし「いずれも一長一短で、派全体の同意は得られない」(派若手)との見方が多く、それぞれの足の引っ張り合いもあり、「混乱回避には集団指導体制しかない」という消極的な対応を余儀なくされたのが実態だ。
そもそも安倍氏亡き後、同派のまとめ役が務まる人物は森喜朗元首相と細田氏とみられていた。ところが、森氏は東京地検の捜査が続く「五輪汚職」で渦中の人となり、「身動きが取れない状況」。細田氏も岸田政権を揺さぶる旧統一教会と安倍派の〝癒着〟の中心人物として、厳しい批判にさらされている。安倍氏自身も教団との密接な関係が指摘され、側近を自任する下村、萩生田両氏の教団とのただならぬ関係も批判の対象となっているため、後継選びの本命も仲介役も不在となり、身動きが取れなくなったのだ。
同派は、半世紀前に故福田赳夫元首相が立ち上げた「福田派」が源流。ただ、領袖(りょうしゅう)を務めた福田氏や故安倍晋太郎氏の後継争いで、派分裂を繰り返してきた歴史がある。しかも、今回の後継候補者たちは「いずれも小粒で、総理・総裁を目指す最大派閥の領袖としての資質に欠ける」(自民長老)との指摘が少なくない。さらに、次期衆院選は「10増10減」による新たな区割りでの戦いとなるが、有力な複数の後継候補の苦戦も想定される。それだけに「現在の集団指導体制が長期化すれば、空中分解の危機につながる」との声も出始めている。
(2022年11月7日掲載)