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市長たちが「M―1」目指す理由 笑いと行政に意外な親和性??

2022年11月19日12時00分

 若手漫才師日本一を決める「M―1グランプリ」の予選に自治体の職員や首長が相次ぎ出場し、話題を呼んでいる。お笑いは一から始めたにも関わらず、プロでも落ちるとされる1回戦を突破し、計3組がいずれも2回戦まで進出する成果を挙げた。識者は「笑いは行政との相乗効果がある」と解説する。彼らはなぜ「M―1」に出場したのか。(時事通信大阪支社編集部 中嶋泰郁、福井支局 杉本早紀)

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「ほんまの市長」、つかみОK

 M―1は若手漫才師の日本一を決めるコンクールで、吉本興業と朝日放送テレビが主催する。審査基準は「とにかくおもしろい漫才」。結成15年以内のコンビならプロ、アマ問わず出場できる。2001年に始まり、一時の休止期間を経て今年で18回目。エントリー数は年々増え、今年は過去最多の7261組だった。各地での予選は8月に始まり、5回勝ち抜けば12月の決勝に進出できる。今年は18日が決勝だ。

 お盆休みの8月中旬、大阪府柏原市の冨宅正浩市長(47)の姿は大阪市内の劇場にあった。友人で地元企業出身の芸人、山本哲史さん(46)と、「市長・市民」を結成。マイクを前に「ほんまの市長です」と切り出すと観客はどよめいて、つかみはOK。普段の演説とは異なる環境に緊張しつつも笑いを取り、1回戦を突破した。

 「柏原のPRになるのなら何でもやる」との一心で出場を決めた。ネタ中では、軽いノリで出場が決まったとして、「市長って暇なん?」とからかわれる場面も。「柏原(かしわら)は奈良の橿原(かしはら)と勘違いされる」とも紹介しつつ、ブドウとワインが特産である点を強調した。

 完全プライベートでの出場だったが、1回戦突破後はこれまでになく親子連れや高校生からも声を掛けられるように。他の首長から「勇気をもらった」とのエールが届き、こうした反響自体も2回戦のネタに昇華させた。市内のブドウ直売所への新規来客もあったという。

 当初は出るべきか迷いもあったものの、冨宅氏は「何事もチャレンジしていくことが大事だと改めて気付かされた」と市政運営への気持ちを新たにする。今後は若い世代が行政に関心を寄せてもらうことも期待している。

「町民に笑顔と元気与えたい」

 これまで首長が出場したことのなかったM―1に、今年はもう1人エントリー。「ひょうきんな性格で、元々人を笑わせるのが好き」という福井県若狭町の渡辺英朗町長(42)は、地域に在住し密着した芸能活動を行う吉本興業の「住みます芸人」の飯めしあがれこにおさん(32)と、「こにおと若狭町長」を組んで初出場した。

 他の芸人からアドバイスを受け、まずは声量に気を付けることで「素人っぽさ」を払拭。つかみは「政治生命を賭けて頑張ります!」。1回戦では、こにおさんが特産の梅や景勝地「三方五湖」をPRすると、渡辺氏が「梅といえば和歌山でしょ」「湖といえば琵琶湖ですよね」などとテンポよくボケながら、知名度は劣るが他には負けないという地域の魅力をアピール。2回戦では、町の人口減少対策として、来年のM―1予選会場誘致を目指すとともに、エントリー用紙を住民票に差し替えることで「参加者全員を若狭町民にする」との大胆な案をぶち上げ、笑いを誘った。

 渡辺氏は「舞台の緊張はあったが、町を発信できると思うとやりがいを感じた」と振り返る。町民から大きな期待が寄せられたと感じる一方、年配の人からは「ふざけているのか」といった厳しい意見も。ただ、シビックプライド(まちに対する市民の誇り)の醸成には一定つながったと捉えている。

 今後も二人で協力しながら、笑いを交えた高齢者の健康増進策などに取り組むことで、「町民に笑顔と元気を与えたい」。こにおさんも「『町長さんの相方ですよね』と声を掛けられ、『じゃない方芸人』みたい」と苦笑いしつつ、さらなる地域貢献に意欲を見せていた。

漫才の学び、業務に活用

 「佐賀出身の大隈重信が鉄道を日本で初めて導入した。ということは多くの遠距離恋愛が可能になった! つまり佐賀県のおかげで多くの日本国民が幸せになったと言っても…過言ではないんですね~」。あらゆる事象に佐賀を半ば強引に結び付けて笑いを誘うのは、同県中央児童相談所で働く斉藤考生さん(38)。後輩の小塩哲平さん(32)と「今日もさが日和」を結成し、隠れた地元の魅力をネタに。ともに県外出身ながら「佐賀愛」を爆発させ、2年目の挑戦となる今年は「ナイスアマチュア賞」に選ばれた。

 ネタ作りでは、二人で休日に大隈重信記念館を訪れ、県の広報物などから広く情報収集。「佐賀がなければ全国に砂糖が広がらなかった」といったネタ一つ取っても、社会科教諭に「本当に過言ではないのか」とファクトチェックしてもらうなど同期職員らからのサポートも厚い。

 二人は普段、児童福祉司として課題を抱える地域の親子らに向き合っており、業務でのスキル向上も漫才を始めたきっかけだ。小塩さんは臨機応変な対応が苦手だったそうだが、話し方の抑揚や間の取り方を体得したことにより、「言葉一つで支援が良い方向に変わる経験もした」と自身の成長を語る。

 社会人漫才王決定戦という別のコンクールにも出場中で、各地で佐賀をPR。さらに、元刑務官という斉藤さんの経歴を生かした少年院慰問や里親制度の啓発などに漫才を通じて取り組みたいとの目標もあり、地元団体や関係機関とやり取りするなど大忙しの日々だ。

面白い人いる組織風土に魅力

 こうした動きについて、元芸人で笑いと行政の関係に詳しい兵庫県尼崎市職員の江上昇さん(44)は、「公務員の自己研さんと地域貢献の一つの形だ。面白い人がいる事実、それを受け入れる組織風土や土地柄の魅力は大きい」と解説する。尼崎はダウンタウンや桂米朝を輩出した「笑いの地」として知られ、松竹芸能での経験が生かせそうと考え入庁した。10年近く内部管理系の仕事に携わった後、職員の自主研修活動を通じて吉本興業出身の後輩とコンビを結成。「お堅い行政情報を分かりやすく伝える」といったコンセプトから地域で漫才をしたり、コミュニケーション講座の講師を手掛けたりしている。

 公務員と芸人に求められるスキルとして、▽メッセージを分かりやすく伝えて楽しんでもらう▽他と差別化をして興味関心を持ってもらう―との共通項があるとして、「漫才はコミュニケーションの究極系。まちづくりに用いると相乗効果がある。この結果を生かし、次に地域で何をしていくかが重要だ」と話す。

 M―1の桑山哲治チーフプロデューサー(朝日放送テレビ)は、「『そんなお仕事の方が漫才コンビを組んだの!?』という驚きがあった。いざネタを拝見すると、本人が漫才を楽しもうとしており、二人にしか伝えられないメッセージがネタに込められていると分かり感心した。行政のことなのにどんなスピーチよりも親しみやすく、こういう表現もあるのだと思った」とコメントしている。

(2022年11月19日掲載)

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