日産自動車と仏自動車大手ルノーとの提携見直し協議は、当初目指した11月中旬までの合意に至らず、延長戦に突入した。バブル崩壊後の自社の経営危機を救ったルノーとの「いびつな資本関係」の是正は、日産にとっての悲願。その好機は、電動化シフトなど100年に1度とされる自動車産業の変革期に到来した。しかし、通信技術を駆使した自動運転や、電気自動車(EV)のバッテリー効率を向上させる全固体電池の開発など、変革期の共同開発では、知的財産を巡る駆け引きが複雑さを増し折衝をより難しくしている。目まぐるしい技術革新の中で、アライアンスの将来像を迅速に示せるかが、生き残りのカギを握る。(時事通信経済部編集委員 豊田百合枝)
「重要テーマ」で難航
11月15日朝。東京都内の帝国ホテルで開かれたパリ・ユーロプラス主催の東京国際フィナンシャルフォーラムの会場に、仏ルノーのジャンドミニク・スナール会長の姿があった。スナール氏はあいさつで、日産と三菱自動車の3社連合について「かつてないほど温かいものになっている」と強調。「きょうもあすも重要なテーマを話し合う」とまで言及し、16日までの日本での協議進展に自信を示した。
しかし、15日夜、その日の協議を終えたスナール氏の表情は打って変わって疲労が色濃くにじみ出て、アライアンス強化には避けて通れない知的財産を巡る交渉の難航をうかがわせた。
ルノーは、EV新会社を分社化して2023年後半に上場させる計画で、日産と三菱自に新会社への出資を要請していた。両社は検討を開始したものの、知的財産の問題が浮上した。
新会社に移すEV関連特許の価値を査定し、企業価値を定め、新会社への出資比率と出資額を決めるのは、ただでさえ難しい作業だ。加えて、過去20年の協業の間に、日産の技術をベースにしたルノーとの共同研究開発により、新たに出願した特許が「共有特許」として存在し、その取り扱いは、さらに複雑だ。
一般的に、共有特許の情報を第三者にどこまで開示するかの範囲や、特許ライセンス先を決めるには、相手企業の許諾が必要となる。双方の寄与度についても、共同出願の際にあらかじめ詳細な取り決めを済ませる場合もあるが、出願のスピードを優先して詳細が定まっていないケースも少なくないという。
今後、自動運転など「つながるクルマ」をはじめとするモビリティー(移動手段)産業への移行には、自動車産業にとどまらない幅広い企業との共同開発が必要になってくる。ルノーの描く新たなEV事業の構想には、米グーグルやクアルコムなどのIT企業も名を連ねる。法曹関係者は「共同開発が増えれば増えるほど、知的財産とりわけ共有特許の取り扱いは難しくなってくる」と指摘する。
ルノーにとっては、ガソリン車への規制が急速に進む欧州市場でのEV開発は焦眉の急で、巨額の資金が必要だ。新会社の価値を高く見積もり、日産、三菱自からできるだけ多くの資金を引き出したい思惑もある。一方、日産は次世代のEV向け電池として有望視される「全固体電池」をはじめとする自社の技術を守りつつ、3社のアライアンスにも生かそうとしているが着地点は見えていない。
ルノーのルカ・デメオ最高経営責任者(CEO)は、8日の投資家説明会で、アライアンスの交渉について「数週間以内に3社で発表できる」との見通しを示していたが、依然先行きは不透明だ。
千載一遇のチャンス
今回のEV新会社への出資要請を、日産は20年続いたルノーとの出資関係見直しの好機と捉えた。
日産がバブル崩壊後に2兆円を超す有利子負債を抱えて経営危機に陥る中、1999年に資本提携に応じたのがルノーだった。ルノーによる日産の出資比率はその後43%まで上昇した。ルノーから日産の経営トップに送り込まれた「コストカッター」の異名を持つカルロス・ゴーン氏は、再建計画「日産リバイバルプラン」に基づき大胆なリストラを断行し、経営再建を実現した。さらに日産は、不正問題に揺れた三菱自動車の株式を16年に34%取得し、3社連合のアライアンスが発足した。
ルノーと日産の関係は、ルノーが日産に43%出資する一方、日産からルノーへの出資は15%にとどまる。加えてフランスの法律により日産の保有するルノー株には議決権がないという日産にとっては「不平等条約」だ。それにもかかわらず、出資比率によらない「対等な提携」を掲げ、車台の共通化など一定の成果を上げていた。
17年上半期には、世界販売で3社連合が首位を奪還。17年通年でも、トヨタ自動車を抜き、ドイツ自動車大手のフォルクスワーゲンに次ぐ2位に浮上し、世界的な自動車業界の競争に求められる規模のメリットが際立つ時期もあった。
しかし、ゴーン氏が18年、東京地検に金融商品取引法違反の疑いで逮捕・起訴される前に、規模に勝る日産をルノー傘下に収めようと画策したことが明らかになり、日産側の不信感は急速に高まった。深刻な経営難を脱してからの日産は、ルノーによる出資比率の引き下げを水面下で模索し続けたが、ルノーに15%出資する仏政府の反対もあり、実現しなかった経緯がある。日産は、一時は4%を超す高い配当利回りをもたらすルノーの「虎の子」でもあった。
一連の見直し協議について、フランスのマクロン大統領は10月、仏経済紙レゼコーのインタビューに「連合の強化や未来戦略の発展に資する全ての動きを国は後押しする。ルノーの経営陣に全幅の信頼を置いている」と述べたとされ、静観の構えを見せている。その真意は不明だが、ルノー側に、電動化へのまとまった資金投下を急がねばならない事情も垣間見える。
日産は、電動化時代を見据えたルノーとの新たな関係を考える際には、出資関係も「安定的なものであってほしい」(日産幹部)と主張し、ルノーによる日産株保有を、日産がルノーに出資する比率と同じ15%まで下げることを目指している。事業規模ではルノーを上回る日産が、万が一にもルノーに買収されるといった懸念を持ち続けたままでは協業もままならないという状態は、過去の経緯を踏まえれば当然ともいえる。
示せぬゴーン後の成長軌道
ただ、一方で、日産が「ゴーン逮捕後の成長軌道を描けていない」(市場関係者)のも事実だ。新型コロナ禍に半導体の供給不足もあって、日産の業績は、純損失が19年度に6712億円、20年度も4486億円と大幅な赤字が続いた。21年度こそ保有していたドイツ自動車大手ダイムラーの株式売却益が利益を押し上げ2155億円の黒字となったが、22年度は28%減の1550億円を予想する。
日産の株価は、リーマン・ショック後に、300円を割り込んだ後、15年には1300円台まで戻し、リーマン前の1500円台を伺う展開だったが、その後は再びじりじりと値を下げ、ゴーン被告の逮捕後は、1000円を割り込んだまま低迷している。
日産・ルノーの資本関係見直し検討が報じられた直後の10月11、12両日の株価も、連日約2%安で400円台半ばと市場は冷めた反応だ。
ルノーの日産株保有比率を43%から15%に下げるには、現在の株価水準から試算しても5000億円超の買い戻し費用が必要だ。日産側に一度に巨額の資金負担が生じないよう、株式取得は信託などの方式を用いて段階的に行う方策が検討されているもようだが、株式を買い戻すことが具体的にどのような企業価値向上につながるのか、投資家や取引先金融機関に対する丁寧な説明が求められる。
内田誠社長は11月9日の決算説明会で「自動運転やコネクテッド(つながる車)、EVなど、技術は急速に高度化している。アライアンスを活用しながらさまざまな課題に同時に対応していく必要がある」と強調した。今年1月に3社連合が打ち出した計画では、車台の共通化を加速させ、30年までに新型EV35車種を投入。今後5年間で230億ユーロ(約3兆円)を投資する方針だ。
足元の協議が難航しても、気候変動に加え、ロシアによるウクライナ侵攻による世界の分断や米中覇権争いと、対応すべき課題のスケールは増すばかり。「(ルノーとの)離婚は考えられない」(日産幹部)の言葉が示す通り3社連合は運命共同体だ。
国内外での貧富の格差拡大が、マイカー所有からカーシェアリングへと顧客の意識を変化させている側面も無視できない。急激な変化に対処するためにも、新たなアライアンスの形をいち早く見いだし、生き残りを懸けて次のステージに進む必要がある。
(2022年11月30日掲載)