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存在感増す「競争の番人」 アドボカシー積極活用で商慣行にメス【けいざい百景】

2022年11月23日10時00分

 公正取引委員会の存在感が増している。企業間の競争環境を整える「番人」の役割を担い、近年はコンビニエンスストア業界の商慣行是正や巨大IT企業への規制などで影響力を発揮。業界の構造などを検証する「実態調査」を積極的に活用して企業に改善を促している。ただ、調査に基づく「競争唱導」に偏ると、独占禁止法の「執行」が低調になって機能不全に陥る恐れもあり、専門家は警鐘を鳴らしている。(時事通信経済部 岩嶋紀明)

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【目次】
 ◇「国民は知らない」「弱小官庁」 ドラマで自虐
 ◇コンビニ5万8000店の実態調査、金融業界にも改善要請
 ◇巨大IT規制でも実態調査が力発揮
 ◇アドボカシー重視、法執行の退潮に懸念も


「国民は知らない」「弱小官庁」 ドラマで自虐

 公取委は霞が関にひしめく官公庁の中で地味な存在かもしれない。7~9月に放送された公取委を舞台としたテレビドラマ「競争の番人」(フジテレビ系)では、職員役の俳優が「うちは弱小官庁ですよ」「国民は私たちのことなんか何にも知らないでしょう」と嘆く。認知度を物語る一場面だ。ちなみに公取委によると、同委を主題としたドラマはこれが初という。

 公取委は企業間の競争を促し、経済発展や消費者の利益を守ることを目的とし「経済の憲法」とも呼ばれる独占禁止法を所管する。強い立場にいる企業が他の企業を排除する「私的独占」や、優越的地位の乱用といった「不公正な取引方法」などを取り締まるのが役目だ。違反企業にはそうした行為をやめるよう命じる「排除措置命令」を出したり、課徴金納付を命じたりする。こうした活動は独禁法の執行(エンフォースメント)と呼ばれる。

 公取委は首相直轄の組織で、行政委員会として高い独立性を与えられ、個別の事件審査について所管大臣に報告し承認を求める必要はない。独禁法の公正で中立的な運用を担保するためだ。

コンビニ5万8000店の実態調査、金融業界にも改善要請

 公取委が近年力を入れている活動が政策提言などを行うアドボカシー(唱導)だ。実態調査や提言を通じて業界の取引慣行を是正したり、規制や制度の見直しを進めたりすることで、競争環境を改善する活動で、エンフォースメントと合わせて「車の両輪」に位置付ける。
 2020年9月に公表したコンビニ業界に関する報告書は反響を呼んだ。国内のほぼすべてのコンビニ加盟店を網羅する約5万8000店を対象にアンケートや聞き取りを実施。人手不足を背景に、店頭で働く加盟店オーナーの63.2%が直近1年間の休日が10日以下、51.1%が「(本部の意向で)意に反して仕入れている商品がある」との回答を得て、過酷な実態を明らかにした。

 公取委は、年中無休・24時間営業などを強制すれば独禁法上問題となる恐れがあると指摘し、コンビニ8社に自主的な改善を要請。その後、ファミリーマートが商品の値引き手続きを柔軟化するなど一定の改善を引き出した。

 20年4月に公表したフィンテックに関する調査では、銀行間での送金を処理する全国銀行データ通信システムの手数料が40年以上にわたり固定されていると指摘。金融界に見直しを促す契機となった。22年1月には企業が新規株式公開(IPO)を行う際の公開価格設定に関する課題を挙げ、日本証券業協会は値決めの柔軟化など改善策を決めた。公取委幹部は「改善を促せる範囲が広がっている。昔なら金融などの分野にはなかなか手を出せなかった」と話す。

巨大IT規制でも実態調査が力発揮

 米グーグルやアップルなどの巨大IT企業への対応でも公取委が大きな役割を担っている。21年2月に施行された日本初の巨大IT規制法「特定デジタルプラットフォーム取引透明化法」はアプリストア、オンラインモール、デジタル広告の分野を規制対象とする。規制の根拠となっているのが、巨大ITと参加事業者らとの関係を調べた公取委の実態調査だ。政府は、スマートフォンの基本ソフト(OS)規制も議論。こちらも公取委が進めている調査結果を待っている状態だ。

 実態調査は近年増加傾向にある。10年代中頃までは調査結果公表が年1~2件の年もあったが、20年は6件、21年は2件、22年は5件となっている。今年11月時点ではニュースサイトへの報道機関の記事配信など5件の調査を進めている。
 6月に閣議決定された「経済財政運営の基本指針(骨太の方針)」には、公取委の調査を通じて「取引慣行の改善や規制の見直しを提言するアドボカシー機能の強化を図る」と明記された。政府高官は「公取委は改革機関だ」と話す。東大公共政策大学院の大橋弘教授は近年の動向を受け、「公取委の存在感が増しているのは間違いない」と指摘する。

アドボカシー重視、法執行の退潮に懸念も

 アドボカシーで競争環境を是正する手法に対しては懸念もある。大橋教授は取り組みを評価しつつも、「一歩間違えると実態調査で是正することで満足しかねず、法執行が退潮してしまうのではないか」と危惧する。

 法執行の場合、公取委は企業の違反事実を厳密に調べ、証拠を固める必要がある。実態調査の場合は、具体的な違反行為を指摘しなくても「…の行為は独禁法上問題となり得る」と指摘し、是正を促せる。前者はハードルが高く是正まで時間も手間もかかる一方、後者は簡便で高い効果が見込めるとの見方もできる。

 白鴎大の栗田誠教授は、法執行が低調になって独禁法の適用事例が積み重ならないことに警鐘を鳴らす。適法か違法かの判断は具体事例を積み重ねることで明確になる。実態調査を基に自主的な改善を求める対応ではそれが見込めない。「コンビニの実態調査のように具体的な問題が分かっているなら法執行で対応すべきだ」と指摘する。

 独立機関としての公取委の立場についても懸念がある。銀行間送金手数料の引き下げやIPOについての見直しは、政府の成長戦略や新しい資本主義実行計画に盛り込まれている。栗田氏は「公取委が政府の下請け機関になってしまわないか」と疑問を呈する。

 イノベーションの必要性や巨大ITの存在などを背景に、公取委の役割の重要性は増している。アドボカシーによる是正には懸念もある一方、経済の変化に迅速に対応し、競争環境を改善できる手法でもある。公取委は「競争の番人」としてエンフォースメントとアドボカシーのバランスを取りながら職責を果たしてほしい。


(2022年11月23日掲載)

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