上空の人工衛星や無人飛行機から電波を受信し、山奥や離島など、どこにいても都会にいる時と同じようにスマートフォンを快適に使うことができる。そんな新しい通信方式の実現に向け、携帯大手各社が力を入れている。光回線などの整備が難しい地域へのサービス提供や被災地の通信確保など、関係者の期待は大きい。(時事通信経済部 廣野泰之)
【目次】
◇スペースX登場
◇衛星から直接スマホへ
◇無人機を「空飛ぶ基地局」に
◇制度・技術面で課題も
スペースX登場
「アジアでは初めてのサービス国です」。米実業家イーロン・マスク氏が率いるスペースXは10月、公式ツイッター上でインターネット接続サービス「スターリンク」を日本で提供開始したことを明らかにした。専用アンテナを設置すれば、個人でも同社の衛星を利用した通信が可能だ。
スターリンクが従来の衛星通信と違うのは、3000機を超える大量の周回衛星を使っている点だ。上空には常に衛星が存在するため、広範囲をカバーした途切れることのない通信環境を実現できる。また、衛星の高度も約550キロと従来の約65分の1。低軌道で地表の近くを飛行するため、これまで課題となっていた遅延などを解消し、高速通信が可能となった。ロシアの侵攻を受けるウクライナの通信網維持に活用されていることでも注目を集めている。
こうしたスターリンクの強みに、KDDIが着目。2021年にスペースXと業務提携し、通信網の中継回線としてスターリンクを利用することを決めた。光回線の整備が困難な山間部や離島などへの通信エリア拡大策として、スターリンクに対応する基地局を1200カ所整備し、年内に自社の通信網に組み込むことを予定している。
さらに、法人や自治体を対象としたサービスも今年中に開始する予定。従来の衛星通信より最大30倍以上の高速通信ができ、動画など大容量データの送受信も可能となる。
通信環境が未整備の山小屋周辺での利用や、企業や自治体によるバックアップ回線としての活用を想定する。KDDIの松田浩路執行役員は、「今まで電波が入りにくかった場所に通信を届けることで、さまざまな社会課題の解決ができる」と力を込める。
衛星から直接スマホへ
上空から地上に電波を送る新たな通信の取り組みは、他の携帯大手も力を入れている。楽天モバイルは、普段使うスマホが低軌道衛星からの電波を直接受け取る「スペースモバイル」戦略を掲げる。スターリンクで必要な専用アンテナも使わず、従来の衛星通信のような専用端末も不要なのが特徴だ。
同社は、親会社の楽天グループが出資する米宇宙企業と連携。高度約730キロに168基の衛星を配置し、衛星ネットワークを通じた通信サービスの提供を計画する。
地上のスマホ端末とやりとりするため、衛星に直径20メートルほどの巨大アンテナを構築。衛星1基で、直径約2800キロと広大な範囲を通信エリアとしてカバーする。災害で通信網が遮断された場合などに宇宙から被災地に電波を送り、高速通信を可能とする。通信サービスの提供が難しかった地域へカバー範囲を拡大することも期待される。
もちろん、「(スマホに直接電波を送る)サービスが提供できるように技術開発を進めるが、簡単なことではない」(担当者)。それでも楽天モバイルの矢沢俊介社長は9月に開かれたイベントで、スペースモバイル戦略をアピール。「既存の携帯大手3社ができなかった国土100%カバーにチャレンジする」とした上で、「24年か25年ぐらいをめどに商用サービスを提供したい」と強調した。
海外では、スペースXと米携帯電話大手のTモバイルUSが、23年中に衛星とスマホの直接通信を米国で提供する計画を打ち出している。KDDIも直接通信への技術的な検討を進める方針を示すなど、日本でも実現に向けた動きが活発化している。
無人機を「空飛ぶ基地局」に
低軌道衛星による直接通信と異なる方式の開発も進む。長時間飛び続ける複数の無人航空機に基地局の機能を持たせ、通信サービスを提供する「HAPS(高高度プラットフォーム、ハップス)」だ。
ソフトバンクはHAPSの事業展開を見据え、17年にHAPSモバイル(東京)を設立。米の無人航空機開発メーカーと連携し、高度約20キロの成層圏に機体を飛ばし、地上へ電波を送るネットワークの構築を目指している。専用アンテナなしにスマホ端末で通信が可能となる仕組みで、低軌道衛星よりもはるかに低い高度のため、より高速の通信ができるという。
同社はHAPSの実現に向け、全長約78メートルの無人航空機を開発。20年には成層圏での飛行と、スマホを通じた日米間のビデオ通話にも成功している。無人機のカバー範囲は直径200キロと地上の基地局と比べ10倍以上。通信インフラのない地域へ通話やインターネットなどサービス全般の提供を想定する。
また、災害で地上の基地局など通信関連設備が被災した際にHAPSで上空から被災地に電波を送れば、通信環境の確保につながる。同社は26年にサービスを先行開始し、27年には本格的に商用化を図りたい考えだ。
HAPSを巡っては、ソフトバンク以外の通信会社も力を入れている。NTTは今年7月、衛星通信事業を手がけるスカパーJSAT(東京)と宇宙事業に関する合弁会社を設立。主力事業の一つとしてHAPSを掲げる。
無人航空機1機で半径50キロ程度をカバーする計画で、将来的には日本全域をカバーしたい考え。通信エリアの拡大に加え、火山活動の監視などへの活用も検討しており、モバイル事業者や企業、官公庁向けに25年度のサービス開始を見込んでいる。
制度・技術面で課題も
人工衛星や無人航空機からスマホ端末への直接通信実現に向けた取り組みが活発化する一方で、乗り越えるべき課題もなお多い。
低軌道衛星からの直接通信では、制度面で大きな制約がある。国際的な規則では現在、地上でスマホを使う場合の周波数と、衛星通信を使用する場合の周波数は分けられている。このため、普段使うスマホ端末で衛星からの電波を直接受けるには、地上通信用に割り当てられている周波数帯を衛星通信でも使えるようにすることが不可欠。技術的にも、円滑な通信の実現や、電波を使う他のサービスに影響を与えないかなどの実証が必要となる。
基地局も現在の法律では地上に設置することが前提となっており、上空の利用は想定されていない。このため、HAPS実現には法令の見直しが必要。HAPSが利用できる周波数帯の拡大や、安定した通信の確保や無人機を長時間飛ばし続けることができるかといった課題もある。
ソフトバンクの宮川潤一社長は11月に開いた決算記者会見で、機体開発の技術的な課題を指摘。その上で、「HAPSを商品化したいとの気持ちはあるが、乗り越えるべき課題も多くある」と実現の難しさを語った。
一方で、山間部や海上など世界中どこでも高速通信を可能にする新たな通信方式への期待は大きい。総務省の担当者は「他のシステムに干渉せず、技術的にサービス提供のめどが立てば、速やかな措置を取る必要性がある」と強調している。
(2022年11月9日掲載)