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「究極の二択」でポイ捨て激減◆ゲームで世界は変えられる?【時事ドットコム取材班】

2022年11月13日08時30分

 社会問題の解決にゲーム感覚を取り入れるユニークな試みが広まりつつあります。灰皿を「投票形式」にすることで、たばこのポイ捨てを減らしたり、老朽化したマンホール設置場所を特定したり。ゲーム以外の分野にゲームの仕組みを応用することは「ゲーミフィケーション」と呼ばれて注目されていますが、海外では、人を操り、自殺に導くようなゲームも登場しました。記事では、前半で日本での最近の話題を取り上げ、後半で海外の事例や、ゲーミフィケーションに詳しい専門家の話を紹介します。(時事ドットコム取材班 横山晃嗣)

 【時事コム取材班】

「究極の二択」迫る灰皿

 「土日限定で『究極の二択』を迫る喫煙所がある」ー。そんな情報を得た記者は2022年10月の土曜日、さっそく現場を訪ねた。

 渋谷センター街の一角、「宇田川クランクストリート」と呼ばれる裏路地に、カラフルな五つの灰皿が並んでいた。一番右の灰皿には「もしお金がもらえるなら、どっちがいいですか?」との質問が記載されており、回答用にAとB、二つの投入口があった。Aは「10年後にもらえる10億円」、Bは「1カ月後にもらえる1億円」だ。

 「10億円もらえる方がよくない?」「忘れたころにドンともらえたらうれしいよね」。夜、喫煙所近くで若い女性3人が楽しそうに談笑していた。「選択肢があると楽しくて、『ここに捨てよう』という気持ちになる」。3人はセンター街で遊ぶとき、よくここで喫煙するという。

 この「投票型喫煙所」は、マナー向上につながるような喫煙所の運営を手掛ける地元企業「コソド」(渋谷区)が企画し、22年5月から週末限定で設置されてきた。同社によると、この裏路地には、土日に1日約600本の吸い殻がポイ捨てされていたが、投票型喫煙所を設置したところ、約10分の1に減少。空き缶などのポイ捨ても大きく減らすことができたという。

ゲームで発見、ポイ捨て多発地帯

 この投票型喫煙所、設置場所もゲームで選ばれた。コソドが運営するウェブゲーム「ポイ捨て図鑑」は、ポイ捨てされた吸い殻の写真を撮り、形状などから連想される名前を付けて投稿するゲーム。例えば、リーゼントのように見える吸い殻は「吸っぱりハイスクール」といった具合だ。投稿が増える場所ほどポイ捨てが多いと推察され、ゲーム対象地域で最も投稿が多かったのが、宇田川クランクストリートだった。

 宇田川クランクストリートは人通りが少なく、記者が訪れた日の夜は、闇に紛れて体長10センチ程度のネズミも10匹以上走り回っていた。喫煙禁止だが、そんな場所のためか、「ちょっと一服」してしまう人が後を絶たないのだという。よく投票型喫煙所を利用するという会社員男性(28)=杉並区=は「ちょっとした無法地帯みたい。正直なところ、『ここなら喫煙が許されるのではないか』と思ってしまう」と打ち明けた。

 ストリートを管理する渋谷センター商店街振興組合の鈴木大輔常務理事(40)は「ポイ捨てがとても減った」と投票型喫煙所の効果を認めたが、この場所で投票できるのは2022年10月下旬まで。鈴木常務理事は「恒久的な喫煙所を設置したくはないが、課題解決のためのクリエーティブな取り組みにチャレンジしたかった」と話す。

わずか3日で「コンプリート」

 老朽化が進むインフラの保守点検にもゲーム感覚を組み合わせる動きがある。シンガポールを拠点にする「ホール・アース・ファウンデーション(WEF)」が22年10月17日に一般サービスを開始したゲームアプリ「TEKKON」は、マンホールのふたや電柱の写真を投稿したり、投稿された写真をチェックし、ひび割れなどがないかを調べたりすることでポイントがもらえる。入手したポイントは、ゲーム内での犬のキャラクター育成に使ったり、暗号資産(仮想通貨)と交換したりすることができる。

 日本グラウンドマンホール工業会によると、下水道のマンホールのふたの耐用年数は歩道で30年、車道で15年程度。老朽化したふたはスリップ事故などの原因になるほか、過去には道路が冠水した際に外れてしまい、人が吸い込まれる死亡事故も起きている。下水道のマンホールは全国に約1600万基が設置されているが、2割超の350万基前後が老朽化や機能不足に陥っているとみられるという。

 だが、行政が管区内全てを一つ一つ点検するには、手間も人件費も掛かる。そこでWEFが考案したのが、後にTEKKONへと発展する、市民の目を保守点検に活用する方法だ。21年8月に渋谷区で老朽化マンホールを探す「マンホール聖戦」というイベントを開催したところ、区内にある約1万基のふたの写真が、わずか3日で収集できたという。

 その後、取り組みは地方にも拡大。静岡県三島市で22年3月に開かれた「マンホール聖戦」には延べ約400人が参加し、開始2日間で約1万基分の情報が集まった。市下水道課によると、通常なら1年かけて行う調査という。撮影方法や老朽化の判断基準に個人差があったが、担当者は「市民と一緒にインフラを守っていくための新たな手段を見いだすことができた。今後、蓄積データを人工知能(AI)で分析できるようになれば精度が高まるのではないか」と期待した。

ごみ拾い、AEDマップも

 社会貢献にゲームの仕組みを導入した例は他にもある。東京都渋谷区のベンチャー企業は、ごみ拾いのありがたさを可視化するインターネット交流サイト(SNS)「ピリカ」=ごみ拾い「見える化」で応援 SNS投稿に「ありがとう」◆ごみゼロの日【news深掘り】=を開発した。利用者が拾ったごみの写真を投稿すると、地図上にアイコンが現れ、「ありがとう」ボタンや応援コメントで活動を応援してもらえる。

 日本AED財団が運用するアプリ「救命サポーター」は、自動体外式除細動器(AED)の設置情報を収集。ユーザーはマップ未登録のAEDを見つけたり、登録済みの情報を最新の状況に更新したりすることでポイントを得られ、キャラクターイラストをもらったり、クイズに参加したりできる。22年10月現在、全国で約7万5000台のAEDが登録されている。

 担当者は「AEDの耐用年数は7~8年。使用可能なAEDがどこにあるのかを知ってもらうことが大事で、ゲーム形式にすることで若者にも継続的に参加してもらえるよう工夫した」と話す。

ついついやってしまう理由は?

 ゲーム以外の分野にゲーム感覚を取り入れる「ゲーミフィケーション」は米大統領選の選挙活動で新たな支持者獲得に利用されるなど、海外でも注目を集めている。なぜ、人はゲーム感覚が加わるとついつい参加してしまうのだろうか。

 ゲーミフィケーションに詳しい立命館大学映像学部の井上明人講師(42)は「かつて、遊びと仕事は人類にとって連続したものだったが、近代社会になると、遊びは『不真面目なもの』として区別されるようになった」と指摘した。「ゲーミフィケーション」という言葉は10年ほど前から広く使われ出した新しい言葉だという。

 井上講師は「ゲームにはプレーヤーに達成感などを与えて人の意欲を向上させるさまざまな仕掛けがある。そのため、ゲーム感覚を取り入れることで人が行動する割合が高くなる」と解説。上手なゲーミフィケーションには、①ルールやゴールを設定する②非日常や上達を実感できるようにする③強く、速くフィードバックを与える―といった仕掛けが丁寧にほどこされていると説明した。

 だが、インドで2017年、こうした心理に付け込んだ「青い鯨」と呼ばれるゲームに熱中していた若者の自殺が相次ぐなど、海外では痛ましい事件・事故も起きている。

 青い鯨は、SNSを通じ、毎日、何者かから受ける「朝4時20分に起きる」「特定の音楽を聴く」などの指示に従う形で進行するが、「腕にカミソリで文字を刻む」など、指示は次第に過激になっていき、50日目には自殺に導く構成になっていた。ロシアが発信源とみられ、インド以外の国々でも自殺例の報告があったとされる。

 動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」でも、自分の首を絞める「失神チャレンジ」と呼ばれるゲームが流行。21年にはイタリアで10歳の少女が死亡するなどした。

 こうした事態を避ける方法はあるのだろうか。井上氏は「ゲーム参加者は段階的にゲ―ムの世界観に染まっていく」と説明。「周囲の人が気づいてケアできるような社会的なつながりを築くことが大切だ」と語る。最適化されたゲームの世界と現実世界の違いに注意することも重要だと指摘し、スマートフォンの位置情報を利用する任天堂などが開発したゲーム「ポケモンGO」のプレーヤーが侵入禁止の場所に入り込んだり、「ながら運転」で死亡事故を起こしたりしたケースを挙げた。

 「デジタル技術の発達によって、社会活動にゲームを取り込みやすい状況ができている」と分析した井上講師。位置情報だけでなく、歩数やカロリーなど日常生活のあらゆる数値が可視化できるようになっていくことで、全く新しいゲームが次々に登場すると予想し、「社会貢献活動だけでなく、ゲーミフィケーションが産業やビジネスで大きなインパクトを持つ可能性は極めて大きい」と語った。

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