NPO法人医療ガバナンス研究所 上昌広理事長
「2類相当」変わらず
日本政府が新型コロナウイルス(以下、コロナ)をめぐる規制緩和を加速させている。10月11日から入国者数の上限を撤廃し、海外からの個人旅行も解禁した。9月の訪日外国人数は20万6500人で、コロナ流行開始後、初めて20万人を超えた。また、9月26日からはコロナ感染者数の全数把握を簡素化し、報告の対象を高齢者など重症化リスクが高い人に限定した。
10月3日に始まった臨時国会でも、感染症法改正が主要な議題の一つとなっている。昨夏と今夏の病床逼迫(ひっぱく)の反省を踏まえ、都道府県と医療機関の間で病床や発熱外来に関する協定を結ぶことを法定化し、公立・公的医療機関などには感染症発生時・まん延時に担うべき医療の提供を義務付けるという。
マスコミは、このような対応をおおむね肯定的に報じているが、私は賛同できない。なぜなら、今回の感染症法改正には、コロナを「2類相当」から季節性インフルエンザと同じ「5類」に変更することが含まれていないからだ。これでは、「感染者を病院に強制隔離する」という基本的な枠組みは変わらない。これでは対応できない。
今冬の流行の主体が、オミクロン株なのか、同株由来の新たな派生型なのかは分からない。ただ、これまでの経過を見れば、感染力は強いものの、毒性は弱い派生型が主体となる可能性が高いだろう。感染症法の改正に当たり最優先すべきは、現状に即して体制を「合理的」に変更することだ。
大差ない致死率
その際、まず注目すべきは、致死率が低いことだ。図は、コロナ流行以降の致死率の推移を示している。英オックスフォード大学が運営するデータベース「Our World In Data」を用いて、筆者が作成したものだ。今年1月にオミクロン株の流行が始まって以降、致死率は0.1%程度まで急速に低下していることが分かる。
1000人に1人が亡くなるということは重大なことだが、風邪であろうとコロナであろうと、一部の感染者が亡くなることは避けられない。心肺機能が低下した高齢者が感染した場合、ギリギリで維持していた体調が悪化し、不幸な転帰を取ることがあるからだ。
では、オミクロン株はどの程度危険なのか。季節性インフルエンザと比較すると分かりやすい。厚労省によれば、季節性インフルエンザの致死率は60歳未満で0.01%、60歳以上で0.55%だ。オミクロン株と大差ない。
オミクロン株の致死率がインフルエンザと変わらないのなら、「2類」として扱うことは弊害が多い。それは、保健所と急性期病院が対応の中核となり、それ以外の医療・介護関係者が蚊帳の外に置かれるからだ。
急性期病院が今夏の第7波で果たした役割は限定的だった。厚生労働省が発表しているデータを基に、各病院の8月3日現在の受け入れ患者数を表に示す。即応病床に占める入院患者数の割合は、慶応大学126%、順天堂大学125%、日本大学123%のように100%を超えるところもあるが、われわれが調査した26病院中19病院は、第7波真っただ中の8月3日でも空床を抱えていた。稼働率は兵庫医科大学で36%、国立国際医療研究センターで42%にすぎない。
病院の経営者に問題があった可能性も否定はできないが、第7波では、このような病院に入院する必要のある重症患者がそもそも少なかったのだろう。東京都立のコロナ基幹病院に勤務する内科医は、今夏の状況について、「入院しているコロナ患者はほとんど中等症止まりで、軽症も多かった」という。これは、オミクロン株が重症化しにくいからだ。
では、どんな人が問題となるのか。それは高齢者、特に要介護のケースだ。訪問看護サービス会社ビジナを経営する坂本諒看護師は、「感染すると従来の介護サービスが利用できなくなり、訪問看護サービスを利用しようにも、急いで医師に指示書を作成してもらうのは難しい」という。
このような患者は、最終的には保健所の調整により入院となるのだが、「入院中に安静を強いられ、十分なリハビリを受けることができないため、一気に廃用性萎縮が進むことが珍しくない(坂本看護師)」。このような患者に対しては、その状況に合わせて、地域の医療・看護・介護スタッフが臨機応変に対応するしかない。まさに、インフルエンザに対してやってきたことだ。
的外れな保健所の体制・機能強化
第7波では、厚労省は保健所や医療機関の逼迫を緩和するため、保健所への届け出対象を高齢者や持病を有する患者に限定した。しかしながら、オミクロン株を「2類」のままに据え置いたため、高齢の感染者は従来通り医療機関から保健所に届け出となり、多くの場合、保健所から急性期病院への入院をあっせんされることとなった。
本来、高齢者がオミクロン株に感染した場合、自宅や介護施設で適切に治療し、医療行為が必要になったら地元の病院に紹介すべきだ。そのような病院の多くは、大学病院などの急性期病院ではなく、中小の「老人病院」だ。これまでこのような組織は、高齢者の医療・介護を通じて有機的に連携してきた。
ところが、コロナを「2類」に留め置く限り、このようなネットワークは機能しない。それは、地元の医療従事者と保健所の関係が希薄だからだ。そもそも付き合いがない。私は地域の医療・介護・看護関係者をある程度知っているが、保健所の職員とは会ったことがない。この状況で保健所が仕切れば、むしろ現場は混乱する。
厚労省は、今回の感染症法改正で「保健所の体制・機能の強化」を打ち出しているが、これは的外れだ。コロナを「2類」に留め置く限り、スタッフの感染による営業的・風評的損害を恐れる介護・看護・医療機関の経営者は、コロナ患者への対応を避けるはずだ。これこそ、前出の坂本看護師が経験したことだ。
では、なぜ厚労省は「5類」に変更しないのか。それは、「2類」のスキームを残せば、厚労省が差配し、保健所・医療機関・検査会社・宿泊療養施設など、多くの関係者が補助金などの利益にありつけるからだろう。
各施設が公開している最新の財務諸表によれば、21年度に兵庫医科大学、国立国際医療研究センターが受け取った補助金は、それぞれ62億2661万円、51億8991万円で、コロナ流行前の19年度と比べて160%、675%増だった。22年度の財務諸表は未公開だが、今年度も巨額の税金が投入されているはずだ。この状況は、コロナ対応に関わる施設に共通するものだろう。今回の感染症法改正で、報告対象を高齢者や重症化リスクが高い患者に絞り込めば、保健所や医療機関の業務が逼迫することもない。
当初、厚労省は世論に押される形で、コロナを「5類」に変更するつもりだった。全国紙5紙は8月中に「コロナ」と「5類」という単語を含む記事を50回も掲載している。多くは官僚がリークしたものだろう。
ところが、9月に入り、このような記事はめっきり見かけなくなった。9月の1カ月間に、全国紙5紙が「コロナ」と「5類」の単語を含む記事を掲載したのは、わずかに9回だった。この間、第7波がピークアウトし、世論の関心は統一教会問題や安倍晋三元首相の国葬儀へと移った。厚労省や関係者の「本音」が出たのだろう。閣議決定を経て臨時国会に提出した感染症法改正案から「5類」の文言は抜け落ちた。
コロナ対応は「5類」でなければ上手(うま)くいかない。ところが、来年の通常国会は冬の大流行の最中と予想され、その後は春の流行、統一地方選と続く。秋の流行収束期に開催されている今臨時国会で感染症法を改正し、「5類」に格下げしなければ、日本のコロナ迷走は当面終わらない。
(時事通信社「厚生福祉」2022年11月11日号より)