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子どもの保護?自由への介入? 性交同意年齢で法制審試案
【政界Web】

2022年11月18日

「16歳」へ引き上げ検討

 監督の実体験を元にした2018年の映画「ジェニーの記憶」では、主人公の女性が、すてきな恋の記憶だと思っていた13歳ごろの成年男性との「交際」について、40代になってから性虐待だったと認識する。大人が性的な目的で子どもを手なずける「グルーミング」の手法や、子どもの自己決定の危うさ、被害認知に至るまでの「時差」などが説得力をもって描かれている。

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 13歳に性行為の同意を判断する能力があるのか―。性犯罪に関する刑法の見直しを議論する法制審議会(法相の諮問機関)で、法務省は「性交同意年齢」を現行の13歳から16歳に引き上げる試案を提示。「子どもを守り切れるか」「性的自由への過度な介入ではないか」など、賛否両派から懸念の声が出ている。性被害の当事者と刑事弁護の専門家に話を聞いた。(時事通信政治部 近藤碧)

【目次】
 ◇13~15歳は「5歳差」要件
 ◇性被害「認識まで24年」
 ◇「淫行条例」では不十分?
 ◇「16歳は引き上げすぎ」
 ◇子どもを守る性教育を

13~15歳は「5歳差」要件

 性交同意年齢は、性行為について自ら判断、同意する能力があるとみなされる年齢の下限。この年齢に達しない子どもと性的行為を行えば、暴行・脅迫や同意の有無を問わず、強制性交等罪や強制わいせつ罪と同じ法定刑で処罰される。

 日本の刑法は明治時代から変わらず「13歳」と規定。国際的には14~16歳とする国が多く、日本の水準は低過ぎるとの声が上がっていた。

 法制審の刑事法部会で10月24日に示された試案は、13歳未満との性的行為について、従来通り例外なく違反行為と規定。一方、13~15歳については、同年代の恋愛まで処罰されることを防ぐため、年齢差が5歳以上で「対処能力が不十分であることに乗じて」性的行為を行った場合を処罰対象とする年齢差要件を設けた。

性被害「認識まで24年」

 性被害の当事者らによる団体「Spring」(東京都千代田区)の佐藤由紀子代表理事は「義務教育の子どもは法律で保護してほしい。16歳への引き上げは大きな前進だ」と評価。ただ、年齢差要件については「性暴力は対等性がない関係性で起こるものだ。3歳差でも中学生と高校生だと対処能力が奪われる。5歳差では大きすぎる」と主張する。

 佐藤氏自身も4~10歳の間、近所に住む親族から性虐待を受けた当事者だ。性行為の知識もないほど幼かったため、大人になるまで被害記憶を失っていたが、摂食障害や心的不調を抱えた状態が長く続いた。自分が性被害を受けたと認識するのに24年かかったという。

 試案には、公訴時効の5年延長も盛り込まれたが、佐藤氏は「被害を認識できても心身のケアが必要ですぐに告発できるわけではない」と語る。Springが20年に性被害者を対象に行ったアンケートでも、「挿入を伴う被害」の6割以上がすぐに被害を認識できず、平均で7.48年かかっている。佐藤氏は「公訴時効は撤廃か、最低でも15年延長すべきだ」と訴える。

「淫行条例」では不十分?

 刑法の性交同意年齢は13歳だが、地方自治体が定める青少年保護育成条例(淫行条例)は18歳未満との「みだらな性行為」を禁じている。これでは不十分なのだろうか。

 同条例は、「真摯(しんし)な恋愛」であれば適用されず、罰則は自治体により異なるが最大で2年以下の懲役または100万円以下の罰金。佐藤氏は「グルーミングで真剣な関係だと思い込まされ性搾取されるケースもあり、これでは子どもを守り切れない」と強調。強制性交等罪に問うには大人と同じく暴行・脅迫などの立証が求められ、「証明できなければ条例でしか裁かれず、被害者が同意の性交をしたことになってしまう。同意年齢の引き上げが不可欠だ」と主張する。

「16歳は引き上げすぎ」

 一方、刑事弁護に詳しい趙誠峰弁護士は「児童保護という趣旨で児童福祉法や淫行条例がある中で、さらに同意年齢を引き上げるだけの立法事実があるのか。現在は同意の下であれば犯罪ではない15歳と20歳の性行為が、今後犯罪になることが、どこまで社会的な共通認識になっているのか」と疑問を呈する。

 強制性交等罪の法定刑の下限は、17年の刑法改正で懲役3年から5年に引き上げられた。趙氏は「アルバイト先で恋愛関係になった15歳の高校1年生と20歳の大学生の性交も、下限5年だと執行猶予は付かず原則実刑だ。あまりに重すぎる。仮に同意年齢を引き上げるにしても、法定刑の下限が5年でいいのかという議論はあってしかるべきだ」と語る。

 趙氏は、13~15歳を巡る「対処能力が不十分であることに乗じて」との要件が、裁判所でどう扱われるかに着目。「ハグやキスだけでも強制わいせつに当てはまる。性的行為を一律で罪に問うなら16歳は引き上げすぎだ」と指摘した上で、「国民全体が何をもって処罰されるか分からない状態に置かれるのは『罪刑法定主義』の観点から問題だ」と懸念を示す。

 「子どもを保護することでもあり、子どもの性的自由や自己決定権に国家が介入することでもある。過度に保護的に網をかけようとして、処罰されるべきではない人たちの自由や安全を害する危険性は決して小さくない」。試案を巡る議論について、趙氏はこう警鐘を鳴らした。

子どもを守る性教育を

 政府の調査統計によると、20年度に15歳以下の母親から生まれた子どもは104人、15歳以下の母親の人工妊娠中絶は411件。若年者の出産や中絶に関しては、身体的負担のほか、学業の中断や貧困につながるリスクを指摘する声もある。

 真の「同意」とは何か。性行為の意味、自らの身体や人生に及ぼす影響、避妊などの知識、それらを踏まえた上で対等な関係で意思を伝えられる相手との関係性。こうしたものをはぐくむ性教育が日本では欠けているのではないか。

 「法整備と子どもの発達に合わせた性教育の両輪で、初めて子どもを守る仕組みをつくることができる」。佐藤氏はこう力を込める。「3歳や4歳でも、嫌な気持ちを相手に伝えるなど段階に応じた教育はできる。『沈黙は同意ではない』というメッセージはすごく大事だ」。

(2022年11月18日掲載)

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