「逆方向にも強い打球」
プロ野球で18年ぶりの三冠王が誕生した。ヤクルトの村上宗隆内野手(22)が成し遂げた偉業を、同じ熊本県出身で平成唯一の三冠王に輝いた松中信彦さん(48)は「自分のことのようにうれしい。熊本の後輩で、同じ左の長距離打者。彼に取ってほしいと思っていた」と喜ぶ。2004年にダイエー(現ソフトバンク)の4番打者として打率3割5分8厘、44本塁打、120打点をマークした松中さん。時事通信の単独インタビューで、村上の評価や当時の自分との比較などを語った。(聞き手・構成 時事通信運動部 浦俊介)
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松中さんは通算352本塁打、1168打点などをマークした強打者。「平成」でただ一人、21世紀最初の三冠王に輝き、それを合わせ首位打者と本塁打王を各2回、打点王を3回獲得した。同じ左のスラッガーとしての視点から、「令和」初の三冠王、村上を分析した。
―松中さん以来の三冠王が誕生した。
率直にうれしい。昨年、ロッテの臨時コーチをしていた時にオープン戦で彼と話して、三冠王の話にもなった。ヤクルト打線を見ても、今年は取れるチャンスがあるんじゃないかと思っていた。
―村上の環境面から、可能性を感じたのか。
前後を打つ選手がポイントになる。現役時代、僕の場合は井口(資仁さん)、城島(健司さん)がいた。特に後ろの打者。今、よく言われる巨人の岡本(和真)選手と村上選手という比較では、やはり村上選手の方がそういう条件が整っていると感じていた。
―村上の良さは。逆方向への本塁打も目立ったが。
左打者で逆方向へ打つにはパワーがないといけない。今、日本人で言うと(それができるのは)ソフトバンクの柳田悠岐選手や、米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手ぐらい。左打者は(打った後に)一塁側に走っていかないといけないので、どうしても体重が乗り切らず、その点では不利。でも、村上選手の場合は少しベースから離れて、右肩の壁が崩れないままインパクトできる。体重移動が一塁側にかからず、その場で回転できるから、逆方向にも強い打球が打てる。それが一つの特長なのかなと思う。
―昨年までとの違いは。
構えが変わったのではないか。例えると、弓を引いた状態というか、それを最大限に引いた状態で構えているので、いろんなボールに対して距離も取れる。だから、タイミングを外されても(難しいコースの)ボールを拾えるし、泳いでもインパクトにパワーが伝わりやすくなっているのではないだろうか。
―具体的には。
日本の打者(の多く)は反動やねじれなどによってパワーをためて打つのだけれども、村上選手は最初からパワーをためた状態で打ちにいっている。普通、(左打者の場合)右足を上げたら一度左足に乗るとか、ねじれをつくるとか、そういう作業がある。でも村上選手はそれらがなく、ねじった状態で構えているから、あとは開放するだけ。無駄な動きがない。そういうところが、打率の高さにも表れているのかなと思う。
―筋力があればこそできる、と。
そう。体の強さがないと、(他の)打者がみんなあの構えでやれば打てるというわけではない。彼のポテンシャル、体の強さやパワーがあるからできる構えだし、あのバッティングとなる。
―松中さんと比べると少し三振が多いが、減ってはきている。
これだけの成績が残っているし、彼はあまり三振の数は気にしていないのではないかと思う。ボールとの距離を取れて、ボールを長く見られる。それが線となって見えてくると、低めの変化球などの見極めがうまくなってくるのでは。
必要なのは「普段通り」
本塁打と打点は連動して上昇していくが、打率も同時に上げるのは難しい。松中さんは「普段通り」を心掛けていたというが、村上もそれができているからこその快挙達成だったのだろう。
―打率を上げたい時には打ち方を変えるのか。
(自分は)小手先のことは考えず、普段通りの打撃をしようと思ってやっていた。打率を上げようという考えはなかった。あと、それ(個人記録)よりも、チームの優勝が第一目標。村上選手もそうだと思う。
―自身が三冠王の04年は6試合連続本塁打もあったが、その時の意識は。
あまり「マン振り」(フルスイング)をするとミスショットにつながるし、フォームを崩す原因になる。ボールに対して強くコンタクトすることだけを気をつけていた。インパクトだけ100%の力になるように。
若くしての偉業、環境も後押し
04年の松中さんは高校、社会人野球を経てプロ8年目の30歳だった。熊本・九州学院高からプロ入りして5年目の22歳にして今季、これだけの成績を残した村上に驚く。その上で、環境やタイミングがそろったことも大きいとみている。松中さん自身は三冠王の翌05年、本塁打と打点でリーグトップの数字を残しながら、打率が7厘差の3位で2年連続の偉業はならなかった。
―村上が22歳という若さで達成できたのは。
ヤクルトの育成など、環境に恵まれたというのはまずあると思う。この若さで4番を打つというのは、なかなかない。若いうちに4番を打てる環境にいるというのがプラスになった。あと、8月の終わりぐらいから打ち続けていた時に、相手投手がよく勝負したなというのがある。打つ村上選手もすごいが、手をつけられないような状態であっても勝負にいった相手投手にも拍手を送りたい。
―来年以降はマークもより厳しくなる。
めちゃくちゃ研究されるだろうし、徹底して弱点を突いてくるだろうから厳しくなる。村上選手がけがをする可能性だってあるし、突然すごいホームラン打者や「安打製造機」が出てくるかもしれない。
―2年連続三冠王への期待もあるか。
こればかりは分からない。
―本塁打のプロ野球記録は。
今年は全部が全部うまくいかなくても、来年のモチベーションになればいい。来年、61本のプロ野球新記録を狙うとなれば、ファンの人も納得するだろう。
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松中 信彦(まつなか・のぶひこ) 1973年12月26日生まれ。熊本県出身。八代一高(現秀岳館高)から新日鉄君津を経て、97年に逆指名制度によるドラフト2位でダイエーに入団。99年からレギュラーに定着し、同年と03年は日本一に大きく貢献した。03年に初めて打点のタイトルを獲得し、04年に三冠王、05年も本塁打と打点の2冠。00、04年はパ・リーグ最優秀選手(MVP)に輝いた。19年間ソフトバンク(ダイエー)一筋でプレーし、通算1780試合に出場して1767安打、打率2割9分6厘、352本塁打、1168打点。日本代表としても活躍し、96年アトランタ五輪で銀メダル、06年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝。現在はハンドボールの競技普及にも精力的に取り組んでいる。
(2022年10月6日掲載)