政治ジャーナリスト・泉 宏
岸田文雄首相が政権発足2年目となる10月4日、長男の翔太郎氏(31)を政務担当の首相秘書官に抜てきしたことが、政界に複雑な波紋を広げた。歴代首相を見ても、政務担当秘書官に身内を起用したケースは少なくない。ただ、国民的批判が渦巻いた故安倍晋三元首相の「国葬」実施を〝強行〟し、それとも絡む世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題での拙劣な対応などで内閣支持率が急落、政権危機もささやかれる中での人事発令となったことが、問題視されたからだ。
【点描・永田町】前回は⇒「9・27国葬」後も深まる政権危機
前日の3日に参院選後初の本格論戦の舞台となる臨時国会が召集され、同日の首相所信表明演説を受けて5日から各党の代表質問が行われた。それだけに「首相にとって、4日はまさに政権運営の重大な節目の日」(側近)だったことは間違いない。このため、政権内部からも「なぜこんなタイミングで長男を首相官邸入りさせたのか」(自民党幹部)、「あまりに政治センスがない。ただの『親バカ人事』に見える」(閣僚経験者)との疑問や不安、不満の声が相次いだ。もちろん野党側も、ここぞとばかりに「時代錯誤」(立憲民主党)、「政治の私物化」(共産党)などと一斉に〝口撃〟した。
論戦初日となった5日の衆院本会議での代表質問では、野党第1党の立民の2番手として登壇した西村智奈美代表代行が、質問の最後に「公私混同との批判を招きかねない」などと皮肉たっぷりに起用の理由を詰問。自席で苦笑しながら聞いていた首相は、こちらも答弁の最後に「個別の人事への説明は控えるが、政権1年の節目に適材適所の観点から総合的に判断した」とメモを見ながらの素っ気ない説明で受け流した。ただ、議場内ではこのやりとりに対し、野党の激しいやじだけでなく、失笑する与党議員も目立った。
「チーム岸田」の機能不全、露呈も
翔太郎氏は慶応大卒業後、大手商社勤務を経て、2年前から岸田事務所の公設秘書を務めていた。政権発足から1年間、政務秘書官を務めていた山本高義氏を事務所に戻す入れ替え人事だが、山本氏は「他の秘書官にとって、『首相の分身』としての信頼感はなかった」(岸田派幹部)とされる。これに対し、翔太郎氏は「有能で、首相と起居を共にしてきただけに、首相の本音をすべて把握している」(同)との指摘が多い。首相は7日の参院代表質問の答弁で「秘書官の相互連携を強め、インターネットへの情報発信などを迅速化するためだ」と説明した。
そもそも首相自身も政界有数の名門・岸田家の3代目で、30歳になる年に日本長期信用銀行を辞め、衆院議員だった父・文武氏(故人)の秘書になった。当然、翔太郎氏も早くから4代目の後継者を目指し、父とほぼ同年齢で秘書として政治修行を始めたわけだが、わずか2年で極めて重責となる政務担当の首相秘書官に就いた点は、父とは全く異なる。首相秘書官は現在8人で、翔太郎氏は政務担当の嶋田隆氏(元経済産業事務次官)の補佐として、エリート官僚ぞろいの事務担当秘書官に〝上司〟として接することになる。
しかし、官邸内からは「年齢的にも事務方を統率するのは無理」(ベテラン職員)と不安視する声が漏れる。今回の人事をめぐっては「最大のポイントは、官邸での首相主導の強化」(自民幹部)との見方が多い。ただ「首相が就任時に官僚組織からの信頼回復を重視したため、安倍・菅政権時のような官邸主導から、一昔前の縦割り官僚主導に逆戻りした」(自民長老)のが実態とされるため、周辺では「長男が機能しなければ、『チーム岸田』の機能不全を露呈する結果となる」(側近)との危惧も広がる。
(2022年10月24日掲載)
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