一昔前までは「すてきなお嫁さんを育てる場」とも言われてきた宝塚歌劇団。しかし、女性のライフスタイルが多様化し、タカラジェンヌのセカンドキャリアに対する考え方も変化し、退団後に会社で働いたり起業したりするOGも出てきた。舞台の外の世界に飛び出し、自ら道を切り開いた元タカラジェンヌたちにスポットを当てる。(時事通信大阪支社 中村夢子)
「宝塚後」も輝き続けたい 夢の世界から現実の世界に【ジェンヌたちのネクストステージ(上)】
「必要と思われたい」
2006~12年に月映樹茉(つきえ・じゅま)の芸名で宙組の男役として活躍した永楠(えな)あゆ美さん(35)。演技の評価が高く、入団後、早くから役をつかんだ。退団2週間後には英国へ留学し、演技の勉強をするなど新たな人生を歩み始めた。
帰国後、宝塚歌劇団の演出家・小池修一郎さんが外部で手掛けるミュージカル「レディ・ベス」(14年)のオーディションを受け、侍女役に起用された。「宝塚にいた時から大好きな小池先生。先生がいなければ今の私はいないというほど大きな存在。芝居を突き詰めたい気持ちがさらに強くなりました」と語る。
しかし、俳優活動だけで生活はできない。レストランや和食屋でウエートレスをしたり、コールセンターに勤め健康食品を販売したりとアルバイトも欠かせない。「舞台で学んだことを他の世界に転用するのは難しく、立ちすくんでしまった」ことも。そうした経験もあって「今まで培ってきたことを生かし、人に必要としてもらえる仕事でキャリアを積みたい」と思い始めた。
求人広告代理店のコールセンターで営業として働いた時は、アルバイトだったが正社員よりも売り上げ成績が良いこともあり、それが自信になった。「演技は、日常のコミュニケーションが芸術に昇華したもの。人と人が関わる営業では必ずコミュニケーションが生まれるので舞台での経験が生きました」と振り返る。
最近では、インプロ(即興演劇)と呼ばれる手法を用いたコミュニケーション法を中学生に教え始めた。「対人関係は『想定外』のことがよく起こる。演劇も『想定通り』の中に『想定外』があるからこそ泣いたり笑ったりして心が動く面白さがある。インプロを実践することで『想定外』とのつきあい方を楽しみながら学べる」とその効用を語る。
映画制作や出演、講演会なども手掛け忙しい日々を送っているが、退団して約10年、多くの経験をしてきた中、「在団中に自分のキャリアについて考えたり、話したりする機会が欲しかった」とも。「今は結婚後も当たり前に働く時代。女性の教育について劇団が再考することで、女性のみを抱える劇団としてさらに進化できる」と期待を込める。
未来の“ジェンヌ”たちのために
自らOGのサポートに乗り出したのは、瞳(ひとみ)ゆゆとして花組に04~12年に在籍した八木下裕子(やぎした・ゆうこ)さん(36)だ。演出家に「君の笑顔は人を幸せにする」と言われるほどの豊かな表現力の持ち主が20年に設立したのが「宝塚OGサポーターズクラブ」だ。登録しているOGへの仕事のあっせんや、ヨガの資格を持つOGによるオンラインレッスンなどを提供している。
きっかけは、ある音楽学校受験生の父親から受けた一つの質問だった。「『退団後のことを受験生時代に考えていたか』と聞かれ、返す言葉がなかった。何か行動を起こさねばと思いました」と話す。
「私たちの時代の親は、今の親御さんに比べて楽観的でした。今は慎重で、遠い将来のことを心配している印象があります」と話す八木下さん。八木下さんが受験した02年には約1000人いた受験生も22年には600人台にまで減った。少子化や新型コロナウイルスの影響を考慮したとしても減少傾向にあることは否めない。
その対策としても、タカラジェンヌのセカンドキャリアを劇団として考えることは意義深いと考えている。八木下さんは、「劇団の中でセカンドキャリアについて相談でき、『OG仕事名鑑』のようなものがあれば良かった。宝塚の“夢の世界”を崩してはいけないが、新しいこともやってみてもよいのではないか」と提案する。
八木下さんが自身のセカンドキャリアについて考え始めたのも退団を決めてからだ。退団した次の年からフリーアナウンサーとして活動を始めたが、「舞台ではせりふを覚えて、それに感情をのせるのが仕事。でも、アナウンサーは違います。抑揚が付いた『宝塚節』を取り除くのは大変でした」と話す。
そんな八木下さんが17年に、地方受験生の情報格差をなくしたいと、受験生のレッスンをサポートする宝塚受験応援サイト「Grant sienne」も始めた。19年には女性を対象にした起業ビジネスコンテストで特別賞を受賞した取り組みだ。福岡県出身の八木下さんは、音楽学校を受験する際、公開情報がほとんどなく苦労した。同じ悩みを持つ地方の受験希望者向けにオンライン上で、さまざまな受験情報を提供するほか、動画レッスンや悩み相談なども行い、タカラジェンヌへの夢を手助けする。八木下さんは「一つの役に向かって集中する宝塚で培ったスタンスが今の仕事でも生きている」と話す。
舞台の外での経験がほとんどなく、突然社会に出て自信を失うOGも少なくない。八木下さんは「『自分は舞台しかできない』とか、『体を動かすことしかできない』という思い込みを捨ててほしい。やりたいことやできることを知らないだけで、もっと活躍できるはず」とエールを送る。
多くの観客に夢を見せてくれるタカラジェンヌ。彼女たちが退団後も輝き続けるための取り組みは確実に動き始めている。
(2022年10月29日掲載)