去る2022年8月30日、あるリスナーの悩みが韓国のラジオ番組で紹介された。「夫と離婚したい」と語ったその告白の内容が衝撃的だったため、多くのメディアに取り上げられ、話題になった。離婚の原因は、彼女の夫がSNSを使った脅迫行為「モムカム・フィッシング」のターゲットにされたことだった。「SNS先進国」である韓国で社会問題化しているモムカム・フィッシングとは何なのか。(ソウル在住ジャーナリスト ノ・ミンハ)
きっかけは出会い系サイト
ある日、彼女のスマートフォンに動画が送られてきたことから事件は発覚した。その前夜、夫は出会い系アプリをスマホにインストールし、そこで出会った女性とチャットを始めた。長時間チャットしたあと、相手の女性はお互いの裸の写真と自慰行為をしている動画を撮影して送り合おうと提案してきた。
夫はその提案を受け入れた。家族に気付かれないように自分の裸を写真に撮り、相手の求める行為を撮影して動画を送信。やがて女性もファイルを転送してきた。ところが夫がそのファイルをダウンロードすると、スマホの機能がストップし、中に入っていた連絡先や写真などの個人情報がすべて相手に伝送されてしまった。
「おじさんは釣られたんだよ」。相手の女性が言ったこの言葉を皮切りに脅迫は始まった。…いや、正確にはその人物は女性ではなかった。女性のふりをした男は多額の金銭を要求し、「きょう中にお金を送らなければ、家族だけでなく連絡先全員に写真と動画を送ってやる」と脅した。夫はまんじりともしない夜を過ごし、朝から金策に走った。だが、犯人が要求した大金を工面することはできず、結局、あられもない姿の夫の写真が妻のスマホに送られてきたのだった。
近年、韓国ではこのようなモムカム・フィッシングの被害が増えている。モムカム・フィッシングとは、体を意味する韓国語の「モム」に、録画機器を指すカムコーダーの「カム」、「釣る」という意味の「フィッシング」を合わせた造語。犯罪組織は主に東南アジアや中国などで活動している。インスタグラムやフェイスブックなどのSNSに掲載された一般人女性の写真を盗用し、その女性になりすまして出会い系サイトに接続した男性にチャットで誘いかけるのだ。
相手の男性を誘惑できたと判断したら「モムカム」を提案する。相手の写真や動画を受け取ったら、今度は自分の動画だと言ってファイルを送ってくる。だが、このファイルは動画ではなく、スマホの個人情報をハッキングする悪性コードが入ったファイルだ。男性がこれをダウンロードしてハッキングが完了すると、連絡先に登録されている人々に裸の写真と動画を送る、と脅して大金を要求する。
慶尚南道(キョンサンナムド)警察庁が公開した実際のチャット画像には、女性のふりをした犯人が、ハッキングした連絡先リストを見せながら被害者に名前を尋ね、「電話に出ないとモムカム動画を流布するぞ」と脅す、生々しい「犯行現場」が記録されていた。
あなたもターゲットに?
モムカム・フィッシングの横行により、韓国では被害者救済を請け負う専門業者まで登場。被害者同士が情報を共有し、対処法を語り合うインターネット・コミュニティーも生まれているが、それでもこうした事件が絶えることはない。昨年4月、慶尚南道馬山(マサン)警察署は、中国人と共謀して全世界の男性を相手に数年にわたりモムカム・フィッシングを行ってきた韓国人と中国人8人を逮捕した。被害は日本やアメリカ、ヨーロッパにも拡大している。
韓国内で大きく報道されたこともあり、最近は若い男性の被害は減少傾向になっているが、犯罪組織は新たな方法を考え出した。インスタグラムから写真を無断借用し、ディープフェイク(画像や動画を部分的に交換させる技術)を利用して、みだらな映像に無関係の男性の顔を合成するのだ。写真も動画も撮っていないのに、ディープフェイクの動画をインスタグラムのフォロワーに送信する、と脅迫された男性もいる。
保守与党「国民の力」所属の鄭宇澤(チョン・ウテク)議員が今年9月11日に入手した警察庁の統計によれば、2021年にモムカム・フィッシングを行う犯罪組織に送金された総額は119億5000万ウォン(約12億3000万円)で、20年の72億7000万ウォン(約7億4800万円)から大幅に増加。被害届のあった事例も20年の2583件から21年は3026件に増えた。
犯人が要求した大金を支払うことができず、自ら命を絶った被害者もいる。2014年11月、20代の大学生がソウルの光化門(カンファムン)にあるビルから飛び降り自殺した。繁華街で発生した身投げ事件だっただけに、当時は大きな話題になった。21年5月にも、被害に遭った仁川(インチョン)市の中学生が19階のマンションの屋上から飛び降りた。
SNSの発達により私たちの生活は確かに豊かになった。だが、その一方で日常生活に欠かせないツールとなったSNSは時に「凶器」となって、私たち自身を崖っぷちに追いやることもある。特に韓国は、インターネットやスマホの普及率が高い。SNSユーザーが大勢いるからこそ、フィッシング犯罪のターゲットにもされやすいのだ。
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ノ・ミンハ ジャーナリスト。韓国ソウル出身。日本の大学を卒業後、韓国の新聞社に勤務し、国際部の記事を担当。現在は日韓の芸能、政治、時事分野のフリージャーナリストとして活動中。
(2022年10月7日掲載)
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