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「ノベンバー」(ポーランド・オランダ・エストニア)【今月の映画】

2022年10月22日12時00分

ライネー・サルネ監督

ホラーか、コメディーか、それとも究極のラブストーリーか?

 これはホラーか、コメディーか? それとも究極のラブストーリー? モノクロームの光と影が、究極の美と醜を浮かび上がらせる。「ハロウィーン」のもととなった万霊節=「死者の日」から始まる東欧ゴシック・ファンタジー。(ライター・仲野マリ)

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【あらすじ】

 エストニアは13世紀以来、ドイツ騎士団とカトリック教会に支配され、土着のエストニア人は家畜のように働かされていた。木の皮を剝いで食べるほど貧しい日々。窮するとほうきやバケツなど道具を組み立てた「クラット」に魂を入れて手下に使い、他人のものを盗んでは糊口(ここう)をしのぐ。そのためには悪魔に魂を売らねばならないが、領主の男爵も悪魔も、彼らにとっては畏れる者ではなく、ウソをついてモノをかすめ取る対象でしかない。しかし「御先祖様」は別格だ。「死者の日」には鶏をさばき、サウナをたいて最大限にもてなすのだった。

※「クラット」=古いエストニアの神話に登場する「使い魔」。古い家庭用品などによって作られ、それに命を吹き込むためには悪魔に血を3滴与えなければならない。不可能なことを命じられて壊れるまで、主人が命じるすべてのことをした。

※「死者の日」=11月1日「諸聖人の日(万霊節)」。キリスト教では全ての死者の魂のために祈りを捧げる日。キリスト教布教以前からの土着信仰から来ているといわれる。

 そんな生活の中で、少女リーナのよりどころは恋。幼なじみのハンスと結婚するのが唯一の夢だ。しかしハンスは領主の娘に一目ぼれしてしまう。リーナは魔女を訪ね、彼を振り向かせる方法を聞く。一方、ハンスも恋の成就のため、悪魔に魂を売ってクラットを手に入れる。そのクラットは、ハンスに「恋とは何か」を教えるのだった。

【みどころ】

 この映画を一言で表すなら、グリム童話のおぞましさをジャン・コクトーの映画「美女と野獣」のまばゆさで描いた、とでも言おうか。しかし、それだけにはとどまらない。さまざまな要素が詰め込まれ、万華鏡のように、どの視点で見るかで全く異なる様相を示す。

 たとえば、エストニアの歴史。支配するドイツ人領主やカトリック教会に対する、卑屈なまでの隷従。その裏で舌を出し、隙あらばあらゆるものをかすめ取ろうとする「面従腹背」。そうしなければ生きていけない人々の正当性と“へ理屈”に、加害被害両面から斬り込む。

 あるいは、アミニズム。キリスト以前の死生観をリスペクトしつつ、生者より死者が優先される宗教への疑問も呈する。「生きているより死んだほうがまし」と思わせるほどの貧困にも思いが至る。家畜とともに住まい、人力で木の根を掘り出す労働に駆り出される彼らは、家畜にも等しい扱いしか受けない。片や、バケツやほうきがしゃべり、悩み、仕事を求める姿を見ると、人間は道具と何ら変わらないとさえ思える。

 では、人間たるゆえんはどこに? 唯一の希望がリーナとハンスである。すれ違う2人の行く末に、人間の業と、生きる意味と、すべての伏線が回収されていく。

 それにしても、最初のクラットのスプラッター風味に比して、最後のクラットが語る詩情の美しさときたら! ヴェネチアの水辺を進むゴンドラのシーンは忘れ難い。

 ドイツ領主の男爵を演じた名優ディーター・ラーザーの、無言の怪演が重低音となり観客を支配。冒頭に登場する野生のオオカミも、重要なメタファーだ。満月の夜に、何かが起こるだろう。

「ノベンバー」は10月29日からシアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)ほか全国順次公開

(2022年10月22日掲載)

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