誰でも気軽にインターネットに触れ、動画視聴を楽しめる時代。学校で「1人1台」のパソコンやタブレット端末配備が進み、子どもたちのネット利用が当たり前になった一方、深刻化しているのが、交流サイト(SNS)などを使ったいじめだ。相談窓口を設置する一般社団法人「全国ICTカウンセラー協会」には近年、これまでになかった手口の被害相談が増えているという。代表理事の安川雅史さん(57)に話を聞くと、陰湿さと厄介さを増した「現代のいじめ」の実態が見えてきた。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣)
場所を選ばず
文部科学省の問題行動・不登校調査によると、2021年度に小・中・高校などで認知された「パソコンや携帯電話などで誹謗(ひぼう)・中傷や嫌なことをされる」、いわゆるネットいじめの件数は計2万1900件に上り、過去最多だった20年度(1万8870件)から3000件以上増加した。認知されるいじめの総件数は、11年10月に大津市で起きた中学2年の男子生徒のいじめ自殺後、学校や教育委員会が積極的に把握に努めたことで12年度に急増。調査対象の拡大もあって一概には比較できないが、ネットいじめは、調査項目に加えられた06年度(4883件)と比べると、4.5倍近くに達している。
安川さんによると、ネットいじめは、直接面と向かって悪口を言ったり、体を小突いたりするリアルのいじめと並行して起こることが多いが、「ネットならでは」の特徴もある。加害者はスマホを利用し、自宅ベッドの上からでも加害行為を行うことができ、被害者は学校を離れても被害を受けてしまう。「場所も時間も選ばない」という点だ。
誰もが見られるSNS上でいじめが繰り広げられていた場合、「被害者と全く面識がない人がネットを通じていじめに加担してしまうケースもある」という。
SNS「なりすまし」
ネットいじめは2000年代初頭に問題化しはじめ、以来約20年間で大きく変化。かつて主流だった「学校裏サイト」やチェーンメールを使った誹謗(ひぼう)中傷などは現在は下火になっている。近年、安川さんに最も多く相談が寄せられるようになったのが「なりすましアカウント」によるいじめだ。
なりすましいじめは、標的にした同級生などの偽アカウントを勝手に作り、隠し撮りした写真や動画を投稿、同級生本人が自らアップロードしたように装う手口。安川さんが例に挙げたケースでは、「TikTok(ティックトック)」や「ユーチューブ」などの動画投稿サービスで拡散された、ある女子中学生の顔は、アプリで変形させてあったり、首から下が動物の体に加工されていたりし、いずれも女子中学生自ら投稿したかのような説明書きが付けられていた。
こうしたいじめは、特に写真投稿サイト「インスタグラム」で深刻化しており、本人のアカウントが乗っ取られ、勝手に投稿が行われるケースもあるという。
◇転換点
安川さんが転換点と指摘するのは、スマホの普及だ。08年にiPhone(アイフォーン)が国内販売されると、徐々に子どもたちにも広まり、「11年くらいからLINEなどSNSを使ったいじめが目立ち始めた。高画質な撮影機能とさまざまなアプリを備えたスマホが子どもたちにとって格好のいじめ道具になっていった」と話す。
この20年、技術は進歩し、学校でも「1人1台」の端末が配備されるなど、子どもたちを取り巻く環境は変化した。ネットいじめは、かつてより悪質化しているのだろうか。「中身や本質は20年間でそれほど変わっていない。誹謗(ひぼう)中傷やデマ流しをする道具が変化してきただけの話」。安川さんはそう断言する。ただ、「ネットいじめの道具は利用者が多いサービスに次々シフトしている」とも指摘。ネットの世界では「子どもたちの方が上手」で、新サービスがいじめに利用されるリスクを考えて対応する必要があるという。
保護者が手本に
いま、安川さんが危惧しているのが、ネットいじめの低年齢化だ。内閣府が21年度に行った「青少年のインターネット利用環境実態調査」によると、動画視聴やオンラインゲーム利用も含めた子どもの「ネット利用率」は2歳時点で62.6%に上り、5歳時点で80%を超える。10歳以上の小学生では実に96.0%がネットを利用している。
ネット利用者が増えれば、ネットいじめも増える。「包丁の使い方も教えず、自由に使いなさいと言っているのと同じ」。ネット利用の早期化をそう評した安川さんは「ネット教育を受けないまま端末を手にしてしまい、『自分はまずいことをやっている』と気づけない子どもたちはたくさんいる。投稿が人の命を奪うこともあると理解させることが前提だ」と訴える。
ネット教育の場は学校だけではない。安川さんが強調したのは「保護者が手本になる必要がある」ということだ。親が子どもの意思に関係なく、子どもの写真や動画を撮影し、SNSに投稿するようなことを繰り返していると、子どもは他人の写真を撮影して投稿することへの抵抗感を感じにくくなってしまうという。
いじめの「サイン」
安川さんは、SNSを利用したいじめの中でも、特にLINEを使ったいじめを厄介だと感じている。標的をグループから締め出したり、本人不在のグループで悪評を立てたりする手口で、「閉ざされた空間でのやりとりは、ネット監視をしていても分からない」。本人や保護者、教員も被害に気付くことが難しいためだ。
喜ばしいことではないが、仮に子どもがネットいじめに遭っていたとして、親がそのことに気付くにはどうしたらいいのだろうか。
安川さんによると、ネットいじめが増えるのは年度初めや、新学期が始まるタイミングだ。こうした時期に子どもの様子をよく観察することで、いじめ被害の「サイン」に気づける場合がある。例えば、親の前でスマホを見なくなったり、自分の部屋に閉じこもってしまったり。日曜日や、あしたから学校が再開されるという日の夜に頭痛や腹痛、吐き気を訴えることもある。
こうしたサインに気づいたなら、「何があっても守るから、信じて全部話してね。絶対に一人で悩まないでね」と語り掛けることが重要だという。
◇場合によっては法的措置も
その上で、「子どもの命を守るためには、法的な手続きが必要になることもある」と語る。
まず勧めるのが、いじめの証拠固めだ。ネット上の投稿を紙に印刷するなどして保存し、学校に相談する。被害者側と加害者側双方の保護者、教員らが立ち会って加害者にいじめを認めさせ、和解の場を設ける。こうした手順を踏むことで、問題解決後に学校に通いづらくなることを避けられる可能性があるという。
もし加害者側が認めなかったり、加害者を特定できなかったりした場合はネットに詳しい弁護士に相談し、ネット事業者への投稿者情報開示請求などの手続きを進めるよう助言した安川さん。「相談相手がいないことが子どもたちを追い詰める一番の原因になる」と語った上で、「サインを見過ごさないよう、子どもたちと過ごす時間を大事にしてほしい」と訴えた。