海上自衛隊と在日米海軍は、南海トラフ地震などに備え、漂流者の捜索や支援物資の陸揚げを連携して行うための共同訓練を沼津海浜訓練場(静岡県沼津市)で実施した。艦艇から発進した海自のエアクッション型揚陸艇(LCAC)と米海軍の上陸用舟艇(LCU)が相次いで接岸。国内で初めての日米共同ビーチング(上陸訓練)ではLCACへの体験搭乗も行われた。(時事通信社会部 釜本寛之)【末尾に動画あり】
近づく水柱
訓練には海自の輸送艦「くにさき」と米海軍の揚陸艦「ラシュモア」が参加。強襲揚陸艦「トリポリ」も加わる予定だったが、台風の影響で現場海域に到着できず。ヘリの使用や漂流者の救出訓練を中止するなど、規模を縮小して行われた。
午前8時半すぎ。「これから来ます」という海自隊員の言葉で海に目をやると、約10キロ沖合に小さく見えていた「くにさき」のそばで水柱が見えた。点のようだった水柱は、かなりの速度で、ぐんぐんと近づいてくる。約10分後、ごう音と砂ぼこりを上げながら砂浜を駆け上ってきたLCACから隊員らが降りてきた。
LCACはホーバークラフト式の揚陸艇。空気を艇の底にあるラバー製のクッションに送り、圧縮して海面に吹き付けることで、艇体を海面よりも浮かせて進む。英表記「Landing Craft Air Cushion」の頭文字を取り、「エルキャック」と呼ばれる。 最大約1.2メートルほど浮揚するため、多少の障害物なら乗り越えることも、ある程度の斜面を登ることもでき、東日本大震災では、がれきが残る岸壁に乗り付けて支援物資を運び入れた。
後部のプロペラで推進し、左右にあるバウスラスターという空気吹き出し口の向きを操作して方向を変える。安定した水面だと時速約80キロで進む。全長24.7メートル、幅13.3メートルで、平らになっている中央部分に約50トン分の貨物や車両を積み込むことができる。大型トラックだと2台、戦車なら1両の搭載が可能だ。前後には、倒せばスロープになるハッチがあり、車両は後部から乗り入れて前から降りる。輸送用コンテナを使えば約200人を運ぶこともでき、海自では「くにさき」などの輸送艦3隻に2艇ずつ、計6艇が配備されている。
乗艇、沖へ
米軍関係者も到着し、共に乗艇。沖合の「くにさき」に向かう。案内されたのは、操縦席すぐ後ろ。普段、操縦訓練の教官が座る「特等席」という。
LCACの操縦はクラフトマスター(艇長)と、エンジンの出力や油圧をコントロールするエンジニア、レーダーや通信を担当するナビゲーターの計3人が息を合わせて行う。一般の船とは全く別物で、ハンドルだけでなく、スピードレバーやフットペダルを駆使し、真横移動など、船には不可能な動きもする。艇長によると、「ヘリの操縦に近い感覚」だが、地形や波の影響を計算してピンポイントで上陸するのは至難の業だそうだ。
「出発準備よし」。母艦との通信が終わり、エンジン出力が上がる。プロペラの回転音が一気に大きくなると、艦がふわりと浮き上がり、視界が高くなった。「見物客や釣り人に砂がかからないか」「念のため流木の上を通るのはやめておこう」。周囲の状況を丁寧に確認し、声を掛け合いながらルートを決定。ドリフト走行するように向きを変えたLCACは、衝撃もなく、滑るように海へ乗り出した。
事前に「酔い止めが必須です」と案内を受けていた。砂浜で誘導に当たっていた男性隊員も「揺れの質が違うので、何年も護衛艦に乗っている海自隊員でも気持ち悪くなる」と話し、遠慮なくエチケット袋を使うよう勧めてきた。浮揚していれば波の影響を受けないだろうと考えていたのだが、「1メートル浮いている分、波高が2メートルなら3メートルの揺れを受ける感じ」なのだという。 ただ、個人差もあるようだ。「船とは段違いのスピードと疾走感が気持ちよく、酔ったことがない」と話す女性隊員もいた。
記者はと言えば…思った以上に揺れが大きく、「酔っても無理はない」と思った。低速の間はほとんど振動しなかったが、スピードが上がるにつれ、ドンドンと突き上げるような縦揺れを連続して感じるようになる。波を乗り越える衝撃だろうか。例えれば、高速で動くメリーゴーラウンドの木馬に乗っているような感覚だ。
衝撃音「ノープロブレム」も渋い顔
時速60キロ程度で進み、だんだんと「くにさき」が近づいてきた。後部のハッチが開いており、格納庫が見える。速度を落としたLCACは、右にスライドして位置を修正すると、ゆっくりと艦に近づいていく。ハッチの幅は約17メートル。着艦スペースはさらに狭く、余裕は左右各1メートルもない。そろり、そろりと微修正を繰り返す慎重な「車庫入れ」。無事着艦すると、思わず息が漏れた。
「くにさき」艦内では、治療の優先順位を決めるトリアージなどの負傷者救護訓練を見学。再びLCACに乗り、米海軍の揚陸艦ラシュモアに向かった。「くにさき」やラシュモアのような飛行甲板を持つ艦同士の移動には、通常、ヘリを使うため、LCACで乗り移るのは珍しいという。
ラシュモアヘの道中はLCACのキャビン(船室)に座った。窓はなく、進行方向や外の様子は全く分からない。エンジン音が弱まり、そろそろ着くのかなと思った途端、ガンという強い衝撃でシートに頭をぶつけた。同席していた米軍幹部は「ラバー(ゴム)、ノープロブレム」と平然としていたが、自衛隊幹部は渋い顔。「特等席」で見ていた他社記者によると、着艦の際、艇右側が壁に接触したという。
ラシュモアでも負傷者の救護訓練が行われた。負傷者の状態を確認して応急処置を施し、優先すべき重傷者を手術室に運んで手当てするという流れは日米とも同じだが、米兵の負傷者役は、傷口を再現したゴムマスクやハンドカバーを装着していた。パーティーグッズのように見えたが、参加者は真剣そのもの。「実戦」の再現に留意しているのだろう。注射や挿管などの訓練は、実際の医療器具を使って何度も繰り返されていた。
米上陸用舟艇、まさか記者にも小さいサイズ?
本来なら、米側の上陸用舟艇(LCU)で海岸に上陸する予定だったが、この後さらに天候が悪化することを考慮して中止になった。LCUは艇内のドックに注水しないと発進できず、準備に30分以上かかるためだ。
代わりにLCUを見学する。甲板上は、海軍と連携して上陸作戦を行う海兵隊用の水陸両用車やコンテナでいっぱいだ。ラシュモアも、格納庫から甲板、通路に至るまで同様の装甲車やトラック、重機などが所狭しと並べられていた。隊員に聞くと、有事にすぐ作戦行動に入れるよう、最大数を積みっぱなしにしているのだという。報道陣に同行し、がらんとした「くにさき」の艦内と比べて嘆いた海自隊員の言葉を思い出した。 「自衛隊とは装備品の余裕が大違いだ」
約100トンの貨物を積載でき、米軍のM1戦車2両を積み込めるというLCU。速度はLCACの半分もない。通路部分はすれ違うことも難しいほど狭く、寝室の二段ベッドは身長約175センチの記者にもきつそうなサイズだったが、楽器の演奏やテレビゲームができるリラックスルームは確保されていた。担当者は「武装した兵士が300人乗れる。LCACよりいい点も多い」と、誇りを持っている様子で話した。
最後はコンテナで
一連の取材が終わって、再びLCACに乗り込んだ。海岸へ向かう道中、最後に座ったのは、人員輸送用のコンテナだ。金属パイプに布を渡しただけの簡素な座席が並ぶ無機質な室内。窓は小さく、ドアを閉めると一気に暗くなる。明かりはランタンだけで、かなりの圧迫感がある。
何より難渋したのが暑さだ。エアコンどころか、空気の流れもほとんどない密室。曇天の9月だったが、体中から汗が噴き出し続ける。外が見えない分、揺れも敏感に感じ、海岸に着くまでの20分足らずが非常に長く思えた。
東日本大震災の際には、支援物資を運び入れるだけでなく、「くにさき」などの格納庫に設けた大浴場と避難所とをつなぎ、被災者が往復する足として活躍したLCAC。ヘリやボートで移動すれば艦内の階段を上り下りするなどの必要があったが、障害物を乗り越えるホーバークラフト式の直行便は、バリアフリー面でも高い評価を得ていた。
LCACは言うまでもなく、有事での利用を前提としたものだ。とはいえ、炎天下の真夏日に高齢者や子どもたちを運ぶ可能性もある。改良の余地はないものだろうか。取材を終え、そんなことを感じた。