「リスキリング」「リカレント教育」「学び直し」という言葉が頻繁に聞かれるようになった。日本経済再生に向け、岸田政権が「人への投資」を看板政策に掲げたことでも注目を集めている。急速に進むデジタル化などに伴い、従来型のスキル向上策では時代の変化を追い切れなくなっており、多くのサラリーマンが学び直しを迫られそう。ただ、こうした動きを社会に浸透させるには、再教育を受けやすい環境を整備するなど課題もある。(時事通信経済部 高橋銀太郎)
経済好循環へ「人への投資」
日本経済不振の要因として、労働生産性や賃金の低迷が挙げられる。仕事の効率や質を高めて企業の収益力を底上げし、利益が賃上げで従業員に還元されれば優秀な人材を獲得でき、さらなる成長につながる。こうした経済の好循環実現を政府は目指している。
冒頭に挙げた三つの言葉に共通するのは、社会人経験のある人が仕事につながる再教育を受けるという点だ。「リスキリング」はデジタル技術を用いた能力に関する文脈で使われることが多く、「リカレント教育」は学術色が濃いケースが目立つ。両者を含めた広い意味で表現する場合に「学び直し」と称されるようだ。
サブスク好評
政府は、学び直しを積極的に後押しする。現在は本人に直接受講料の一部を助成するほか、従業員に受けさせた企業に対し、受講料や受講時間分の賃金の一部を補助する仕組みがある。助成の対象は、教育やIT関連の民間企業が提供するサービスや専門家を招いた講義など多岐にわたる。
申請が増えているのが、オンライン講座を中心としたサブスクリプション(定額制)の研修だ。具体的な対象は、都道府県ごとの労働局が企業からの申請を受けて個別に判断するが、自社の業務との関連が認められれば、語学や表計算ソフトの活用、マーケティング、財務・会計など幅広いサービスに適用できる。中小企業の場合、1事業所当たり年間1500万円を上限に経費の45%が助成される。
オンラインなので研修を受けるため会場に出向く移動時間はかからず、ちょっとした空き時間も活用できるのが最大の利点だ。厚生労働省によると、4月に新たに助成対象となって以降、申請は順調に伸びており、担当者は「企業のニーズに合ってるのではないか」と手応えを語る。同省には「こういったサービスを検討しているが、助成金の対象になり得るか」などの問い合わせも寄せられ、今後研修メニューの充実も見込まれる。
ただ、施策の効果が大きいと見込まれる企業ほど利用していない側面があるようだ。助成金を受け取れるとはいえ、目の前にある業務をこなすのに精いっぱいで、中長期的な収益力向上のために従業員を研修に出す余裕のない中小企業もある。助成を受けるには事前に計画書などを提出する必要があり、支給は受講終了後の後払いが原則。事務的な手間がかかることも、利用をためらう一因に挙げられる。
転職や副業・兼業も促進
岸田首相は昨年、「人への投資」に2024年度までの3年間で4000億円規模を投じる方針を発表した。今月行った所信表明演説では、「個人のリスキリングに対する公的支援については、人への投資策を5年間で1兆円のパッケージに拡充する」とアピール。今後は人手が必要な分野への転職、副業・兼業を促す施策も強化する構え。
学び直しは、働き手からすれば知見やスキルを高め、待遇の良い企業で働く契機になり得る。一方で、賃金を引き上げられない企業にとっては、待遇面で見劣りして人材を確保できず、淘汰(とうた)につながる可能性もある。従業員が持つ潜在的な力を学び直しで引き出し、収益力向上につなげられるのか、経営者の手腕が試される。
(2022年10月26日掲載)