会員限定記事会員限定記事

あなたの食卓は大丈夫? 揺らぐ食料安保、有事に備えを【けいざい百景】

2022年10月05日08時00分

「あなたの食卓はあすも大丈夫?」。ロシアによるウクライナ侵攻は農産物輸出にストップをかけるなど、世界の食料安全保障を揺るがしている。特に日本のような食料を自国で到底賄いきれない国では、普段通りの食事が取れなくなる危険性が浮き彫りとなった。今回の紛争を教訓として今後起こり得る台湾有事などに備え、食料安保を抜本的に強化できるか日本政府の覚悟が問われている。(時事通信経済部 山田 司)

【けいざい百景】前回は⇒月で自給自足する近未来 長期の宇宙活動のカギ、日本先行目指す

【目次】
 ◇小麦価格が高騰
 ◇自給率、G7最低
 ◇保護から競争強化へ

小麦価格が高騰

 ウクライナ危機で特に問題となったのが、小麦価格の高騰だ。ロシアが黒海を封鎖したため、小麦やトウモロコシなどウクライナ産穀物の海上輸送が数カ月にわたって停止。ウクライナは世界有数の穀倉地帯であるが故に、3月には小麦の国際相場が最高値を記録した。このためアフリカや中東など途上国でパンの価格が跳ね上がり、市民生活は苦しさを増した。

 事態を重く見た国際社会は途上国に手を差し伸べた。先進7カ国(G7)は6月末にドイツ南部エルマウで開かれた首脳会議で、途上国への食料支援やウクライナ産穀物の円滑な輸出再開に向けたインフラ整備などの支援のため、計45億ドル(約6500億円)の拠出を決定した。

 G7に加え、20カ国・地域(G20)やアジア太平洋経済協力会議(APEC)などさまざまな会合の場で、ロシアの行動が食料危機を招いているとして多くの国が非難したり懸念を表明したりした。外圧に耐えられなくなったロシアは7月、国連やトルコ、ウクライナと同国産穀物の海上輸送を再開することで合意。ロシアには、食料難に陥るアフリカの離反を避けたいとの思惑が働いたとみられる。

 一方、日本はロシアやウクライナから小麦を輸入していないものの、国際相場の高騰を受け、食品の値上げが相次いでいる。ウクライナ危機に伴う原油高に加え、円安も相まって、今月にはビールやマヨネーズなど6000品目超の価格が引き上げられるため、家計への打撃は長期化しそうだ。

自給率、G7最低

 日本の2021年度の食料自給率(カロリーベース)は38%とG7の中で最低だ。新型コロナウイルス感染症が流行し始めた20年春ごろにも食料安保の重要性は高まった。一部の国が食料を自国に囲い込んだり感染拡大による人手不足で輸出が滞ったりしたからだ。

 ただ、マスク不足のような深刻な事態にはならなかったので食料安保強化に向けた議論は深まらなかった。8月に一部が施行された経済安全保障推進法はマスクや半導体などの円滑な供給に重点を置いており、「食料安保の視点が欠けている」(閣僚経験者)との指摘もある。

 ウクライナ危機はそうした状況を一転させ、日本国内でも食料安保確保が待ったなしの課題として認識され始めた。ウクライナでの戦争が終結しても、自然災害や中国による台湾への武力侵攻など次なるリスクへの懸念が高まっているためだ。

 食料自給率をカロリーベースで見たとき、輸入に頼る62%のうち大半を米国やカナダ、オーストラリアなど日本の友好国に依存している。一見リスクが低いようにも見えるが、決して盤石とは言えない。気候変動などで収穫量が落ち込めば、こうした国々も輸出に回す余裕がなくなり、日本への供給が細る可能性がある。

 20年ほど前の日本は農産物の世界最大の純輸入国として君臨していたが、今はその地位を14億人の人口を抱える中国に明け渡した。最近では、中国や新興国の経済成長に押され、「日本が競争に負けて思うように輸入ができなくなっている」(政府関係者)事態に陥り始めた。

 日本の食生活はもはや中国抜きで語ることはできない。コンビニの弁当やスーパーの総菜、カップ麺などあらゆる食べ物に中国産野菜などが使われ、日常生活に浸透。台湾有事が発生すれば、中国からの輸入が止まる公算が大きいため、平時から国内生産を増やしていくことがカギとなる。

 農林水産省は、コメの生産抑制と米価安定に向け、農家に補助金を配って飼料用米などへの転作を促しているが、こうした政策は食料安保とは相反するとの指摘も根強い。競争原理に基づいた営農を促し、平時はコメを海外に売り込んで輸出を拡大するとともに、有事の際には国内供給に回す発想が求められている。

 政府・与党は自給率底上げに向け、「食料安保予算」の獲得を目指している。野村哲郎農水相は「農業者だけでなく、食に関するすべての事業者、なによりも消費者を含めた幅広い関係者の理解と努力が必要だ」と述べ、国内生産や食料備蓄の拡大など総合的な対策を打ち出す考えを示している。

保護から競争強化へ

 日本総合研究所の石川智久上席主任研究員に食料安保の課題を聞いた。

 ―食料安保強化へ重要なことは。

 ポイントは備蓄と生産力強化、供給多角化の三つだ。コメや小麦だけでなく、肥料や加工食品も備蓄しないといけない。生産力を増やすことについては、保護ではなく成長戦略とし、輸出を強化していくことがすごく大事だ。強い農家を伸ばすことにより、通常のときは輸出で稼ぎ、有事の際は国内に回していく。
 供給多角化については、食料自給率を100%に引き上げれば大丈夫かというとそうではない。日本の農地が攻撃を受ければ食べ物がなくなる。そうしたことを避けるため、小麦や大豆だけでなく、肥料も含めて調達先を多角化していくことも重要だ。

 ―有事の具体的な対応は。

 現在、食料安保のための緊急法制は存在しない。(食料を確保できるよう)有事を踏まえた法整備がとても重要になる。ガソリンなど燃料を工業部門ではなく、農業に優先的に回すことなどは事前に準備しておかないといけない。
 食料をどういう順番で回していくかも課題だ。新型コロナウイルス感染症の治療をめぐっても、若者あるいは高齢者のどちらを優先させるか議論になった。食料でも同じようなことが起きる。どう順序立てをしていくのか議論しないといけないし、ある程度コンセンサスをつくらないといけない。

 ―台湾有事が起きた場合の影響は。

 シーレーン(海上交通路)の問題となり、船舶が通れなくなるため食品やエネルギーが日本に届かなくなるリスクがある。台湾有事に備え、食料やエネルギーを備蓄していくことが大事だ。
 台湾有事が起きた場合、自力でできることはすごく限られる。日本だけでなく、韓国も含めて東アジア全体が大変なことになる。東アジア諸国と連携し、米国や国際機関から速やかな供給を受けられるようにすることも必要だ。

(2022年10月5日掲載)

けいざい百景 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ