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「デジタルは友達」正しく怖がって◆世界最高齢プログラマーが伝えたいこと【時事ドットコム取材班】

2022年10月14日10時00分

 「世界最高齢プログラマー」と呼ばれる女性がいる。その女性がパソコンを購入したのは58歳のとき。表計算ソフト「エクセル」で模様を描く「エクセルアート」作品をつくり、81歳でスマートフォンのアプリを開発した。活躍は海外でも知られ、米アップル社CEOと対面したり、国連でスピーチしたり、今では大忙しの日々を送っている。(時事ドットコム編集部 谷山絹香

 【時事コム取材班】

「バッターボックスに立ちなさい」

 「とにかくバッターボックスに立ちなさい。何でもいいから、とにかく打ちなさい。そこに追い風が吹いてくるかもしれない。私の場合、ものすごい追い風でホームランになって、場外にいっちゃって、最後はアメリカまでいっちゃった」

 2022年8月下旬。横浜市泉区での講演会で、若宮正子さん(87)は、約120人を前に自身の経験を語った。柔らかい口調ながら、身ぶり手ぶりを交えて話すその姿には、熱い思いがにじみ出ている。自作のパワーポイントを巧みに操作し、手首にはスマートウオッチ。この日着ていたストライプ柄の洋服は、エクセルを使って自らデザインしたものだ。

 「人はいくつになっても成長できると思うんです。人生100年時代、自分が打ち込めること、面白いと思うことはいくらでもできる。引いちゃわないで、何でもやってみましょう。一歩を踏み出してください」。約50分間立ちっぱなしで話し続け、聴衆から暖かく大きな拍手が湧いた。

脱「会社のお荷物」

 今では総務省やデジタル庁で会議の構成員を務め、テレビCMにも取り上げられるほどの著名人になった若宮さんは「私にとっては58歳のときに買った、たった一つの『無駄遣い』が、自分の人生をこんなに変えるなんて思ってもみませんでした」と語る。

 高校卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)で勤務。当時は現金の計算にそろばんを使用していたが、「手先が不器用なため、仕事が遅かった」という。だが、職場に電子計算機やコンピューターが導入され、状況は一変。「機械化によって(会社の)お荷物じゃなくなった。機械とかコンピューターは私の味方。私を助けてくれるありがたい存在」と話す。

 1990年代に入り、家庭向けコンピューター、パソコンが普及し始めると、「待ってました」とばかりに飛びついた。最初は使い方に困り、試行錯誤の毎日だったが、「新しいおもちゃを買ったみたいでとても楽しんでいました」と振り返る。

 ほどなく、オンラインでの交流も始め、一度も会ったことのない友人ができた。母親の介護に当たっていた60代は、パソコンを通じた友人に介護のノウハウを教わるなどして助けてもらった。10年以上の介護生活の末、母親が亡くなったころには腕も上がり、自宅に近所の友人らを集めてパソコンの勉強会を開くように。オンラインの友人とも積極的に交流し、「どんどん自分の世界を広げていった」という。

81歳でのアプリ開発

 2008年、「iPhone(アイフォーン)」が国内で発売される。手のひらに納まる情報端末の利便性を享受していた若宮さんは、いつしか、こんなことを考えるようになった。「若者はスマートフォンを使いこなして遊んでいる。でも、高齢者が楽しめるアプリがない」

 オンラインイベントで知り合った友人の1人で、ソフトウエア会社を経営する男性に「高齢者が若者に勝てるゲームを作ってもらえないか」と相談すると、「作り方は僕らが教えたり手伝ったりしますから、ぜひ自分で作ればいい」と返ってきた。ビデオ会議システムを活用し、男性からプログラミングを教わること約半年。完成したのが、若宮さんが世界に羽ばたくきっかけとなる高齢者向けゲームアプリ「hinadan」だ。

 遊び方は簡単。①ひな壇に置くひな人形をタップ②選んだひな人形を置く位置をタップ―の2ステップのみで、正しい場所を選択できれば「正解です」、間違っていれば「間違いです」と表示される。

 画面を指でたたくタップという操作方法にしたことにも理由がある。「私たちの年代になると、スマホがうまく反応しない。指がかさかさしてきて、画面上で指を滑らせるスワイプとかスライドとか、そういう操作がやりにくくなる」

 当初は仲の良い友人にだけ披露するつもりだったが、「せっかく作ったのだから」との勧めでアップル社の審査を受けたところ、見事に通過。国内外から取材が舞い込んだ。アップル社CEOティム・クック氏までもが「若宮さんに会いたい」と熱望し、同社の開発者会議(WWDC)に招待され、シリコンバレーで対面した。

 「世界が、自分が想像していた以上に広がっちゃいました」と若宮さん。その後も、国連でスピーチをしたり、台湾のIT担当閣僚とトークショーを行ったり。「60歳を過ぎてから人生が面白くなってきた。70代、80代でずいぶん成長できた。これからが伸び盛り」と語る。

高齢者こそデジタルを

 スマホにノートパソコン、スマートウオッチと、さまざまなデジタル機器を使いこなすスーパー80代。誰もが若宮さんのようになれるのだろうか。

 「1人でやるのは、シニアの場合なかなか難しいかもしれない。地域の講習会に参加するなど、まずはみんなで始めればいいんじゃないでしょうか」。そう助言する若宮さんが副会長を務める高齢者のオンライン交流サイトでも、機器の使い方を教え合う場で知識を吸収していき、成長していく高齢者は多いという。

 だが、インターネット交流サイト(SNS)での誹謗(ひぼう)中傷などがメディアで取り上げられることもある。SNSには抵抗感を抱く高齢者も多いのではないだろうか。そんなことを尋ねると、「誹謗中傷はゼロとは言いません。でも高齢者の場合は、慰めあったり励ましあったり、プラスの方がはるかに多いと思います」と答えた。

 若宮さんはこうも言った。「写真の撮り方を教わっても、撮った写真を誰かに見せなきゃあんまり面白くない。意図的に誹謗中傷する人はいるかもしれないけれど、そういうときには電源を切ったっていいんです。ちゃんと整理して正しく怖がるべきだと思う」。仮に投稿が批判されても、「おかしいよって言ってくれる人がいるから成長する。世の中には、そういうふうに考えている人がいるんだなってことが分かるのはプラス」と受け止める。

 災害時、スマホから避難指示などの情報が得られるかもしれない。障害があっても、寝たきりになっても、オンラインで誰かのために何かをすることができるかもしれない。「デジタルの良さをいろんな人に伝えていく。それは自分のミッション」と語る若宮さん。講演会では、デジタルのメリットを列挙しつつ、こう呼び掛けていた。「年を取ってからテクノロジーに助けてもらうことっていっぱいあると思うんですよね。だから、毛嫌いせずにデジタルとお友達になった方が絶対にいい」

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