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子ども同士の異文化交流から見えたもの 厳しい現実、そして温かい絆【ブラジル駐在妻ライター報告・第1回】

2022年10月27日12時00分

 夫の海外転勤同行により家族でブラジルへ来て1カ月―。日本人駐在家族にとってなかなか関わることのできない「公立の現地校」へ、親子でボランティア活動をしに行く機会に恵まれました。そこに通うのは、ブラジルの中流家庭、そしてスラムや貧民街とされる地域に住む子どもたち。その学校で、ブラジルに駐在する日本の小中学生と保護者が、双方の交流を目的に有志で「日本のミニ祭り」イベントを行ったのです。

 もともとは地球の反対側に住んでいた、全く異なる環境で育った子どもたち同士の交流という意義はもちろんですが、このイベント開催は私たち親子にとって、貧困・治安悪化・コロナ禍など、現代社会が抱える問題をダイレクトに肌で感じる機会となりました。

 まもなく大統領選の決選投票が行われ世界的にも注目を集めるブラジルから、海外で子育てをするイチ母親でもある筆者が垣間見たリアルな現地の様子、そして地球の反対側に来たからこそ感じた「人生のターニングポイント」についてリポートします。(ライター 佐々木はる菜)

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強盗対策に「スマホと300レアルの現金」

 よく言われるように、ブラジルの人々はとても陽気で優しいと常々感じます。まだまだ慣れないことや驚くことも多いですが、基本的に楽しく過ごせているのは彼らの温かな人柄によるところも大きいと思います。

 一方でやはり治安は非常に悪く、外務省の海外安全ホームページでは、「危険レベルが継続」とされており(10月10日現在)、「世界的に見てもブラジルの犯罪発生率は非常に高く、日本人も被害に遭っています。また、多くの犯罪には、拳銃等の銃器が使用されており、抵抗すれば殺害される可能性も非常に高くなるので、注意する必要があります。大都市に限らず殺人、強盗等の凶悪犯罪が発生しているので、渡航時には十分注意してください」とはっきり書かれています。

 現地在住歴の長い知人から聞いた防犯対策の中にも、「強盗に遭遇した時用に、渡せるスマホと300レアル(約9000円)のお金を持ち歩くようにしている。その額にしている理由は、ここではその値段で拳銃が買えるから」というアドバイスがあり、強い衝撃を受けました。

 また街中で車に乗っていて信号で止まると必ず現れるのが、車のミラーなどに勝手にお菓子や雑貨を載せてきたり、窓掃除を始めたりしてお金をもらおうとする人々で、今は慣れましたが最初のうちは毎回おびえていました。

 そして大人だけではなく、家族全員が路上で暮らしている様子を見かけることも少なくありません。公園のような場所でたき火を起こし何か焼いて料理をしている姿に驚き、赤ちゃんが道で寝ていたり、小学校低学年くらいの子が物を売ってきたりする姿を見ると、どうしても胸が痛くなってしまいます。

 私自身、最初はひとりで出かけるのが怖かったくらいで、やはり子どもを含めてなるべく安全に過ごしたいという思いは強くなります。そんな背景もあり、日本人駐在家族の現地との関わりは通常、エリア的にも経済的にも限られた、要するに富裕層を中心とした交流範囲となることが一般的です。

 その中で、決して治安が良いわけではない場所にある「公立校」で、子どもたち主体のイベントを有志で行うという企画自体、異彩を放っていました。

折り紙、書道、剣道体験…子どもたちの反応は?

 サンパウロ北部にあるこの学校で行われた祭りに参加した現地校児童は150人、日本からの参加家庭は20組ほどで約50人。

 参加児童以外にも学校には小~高校生までたくさんの子どもたちがいて、校内に入る前から痛いほどの視線を感じました。こんなに多くの人に見詰められることはめったにないのではと思うくらいの注目を浴びながら、大人の私たちもかなり緊張しつつ会場となる教室まで向かいました。

 イベントの内容は、日本で昔から親しまれている遊び体験、書道や折り紙のデモンストレーション、剣道体験など、子どもたちが楽しみながら日本に親しめるようなもので、プレゼントも兼ねてたくさんの景品も用意されていました。当日のお手伝いだけではなく、景品を寄付で募り、ラッピングするといった形でボランティアをした方も多く、何度も話し合いや準備を重ねて迎えた本番の日でした。

 それでも、双方合わせて200人近くが1フロアに集まる中、当然予定通りに進まないことも多々ありました。さらに、多くの日本人の子どもたちはポルトガル語が話せるわけではないという状況の中でしたが、身ぶり手ぶりを交えて遊びのルールを説明し、ゲームをする現地の児童たちを応援したり、折り紙などの日本文化を見せたりと大奮闘!

 大きなトラブルもなく、どちらの国の子どもたちも皆楽しそうで、そろってあどけない笑顔を浮かべている姿が印象的でした。

薬物売買で生計立てる家庭も…先生たちの思いとは

 この学校に通う多くの児童は「Cingapura」(低所得者向け団地)や「predios de ocupacao」(不法占拠の建物)、さらには「Barraco」と呼ばれ火災が頻発するようなごくごく簡単な建物を住まいとしています。ここは、そういった社会的に弱い立場にある近隣地域住民の子どもたちを受け入れることを使命として生まれた公立校で、数十年の歴史があります。現在ではモデル校として位置づけられており、ハンディキャップを抱える子どもたち、移民や難民、LGBTQI志向の若者などのインクルージョンにも努め、先生方も教育熱心で人気がある学校です。

 それでも、決められた制服を着ることができている児童は多くはなく、学用品をはじめ、とにかく物がありません。また中には、親が薬を密売しているような家庭もあります。街中をうろつき学校に来ない子どもたちを、まずはきちんと登校させるなど、先生方は授業など学校内での指導だけに留まらず、生活面にも広く心を砕いているといいます。

 今回のイベントを一緒に創り上げたのも、そういった熱意ある先生方でした。

 子どもたちにとって貴重な機会を実現させたいと、通常の仕事以外に自分たちのプライベートな時間を削って準備し、終了後には日本の家族へ御礼のセレモニーも開催してくださいました。先生方が協力を呼び掛けた地域の方々のお手伝いもあり、温かな軽食がテーブルに並ぶなど感謝とおもてなしの心を感じました。

 この学校で27年教師を勤めるマラ先生は、教え子たちが、世界には自分たちと全く違う文化があると身をもって学ぶ機会を持つことができたことに対して、何度も謝意を述べてくださいました。

「移民国家であるブラジルは、異文化が融合してできた国です。私たち教師はいつも子どもたちへ、いかに異文化について知識を深め尊重する大切さを伝えていくか、模索しています。それは世界の広さについて学ぶと同時に、自分たちが住む国について知ることにもつながるからです。また、このような形で外部からお客様をお招きできる機会は本当に希少で、生徒たちに団結心や協調性が生まれる貴重なきっかけにもなりました」

 教え子たちが楽しめるよう、日本の子どもたちが優しくサポートし応援してくれた姿も非常に印象的だったと話し、後日、参加した児童たちからの感謝のメッセージがたくさん届きました。そこには、楽しかったイベントやプレゼントへの御礼と共に、「日本のみんなが大好き」「日本について学びたくなった」という言葉が並んでおり、自分たちの言葉を訳し日本のみんなに渡してほしいと願う子どもが数多くいたといいます。

「食べ物ない」と11歳男児が警察に駆け込む現実

 そんな子どもたちが暮らすブラジルの現状に少し触れてみます。

 最近のニュースによると、コロナ禍の影響もあり国民の75%が生活のために借金を抱えており、その最大の理由が失業で、債務不履行者の10人に3人が失業しているといいます。

 また、11歳の男の子が警察に「おなかが空いている」と食べ物をもらえるよう訴えたというニュースも注目を集めました。彼の母親は6人の子どもと暮らすも失業中で、3週間も食材を買えておらず、家の片隅で涙を流す彼女に変わり、男の子が窮状を訴えたそうです。

 日本、そして世界各地でも日々深刻なニュースが流れ、さまざまな問題があり、政治の状況も社会保障も違うブラジルを単純に比較することはできません。ただブラジルに来てから、毎日普通に生活する中でも、街中の至る所で深刻な状況を目にします。

 そういった社会の背景、文化、言語、治安などたくさんのハードルを越えながら、なぜ幅広いバックグラウンドを持つ児童が通う公立現地校で、日本の子どもたちが主体となるイベントを企画したのでしょうか。


【第2回】では、イベントを作り上げた日本人ボランティアの皆さんに伺った交流会開催への道のりを通して、海外で暮らす日常の中で実際に見聞きしたブラジルの現状と、子どもたちへの思い、そして住む場所や年齢を問わず生きていく上で大切な「人生のターニングポイントに気づける力」について、お伝えしていきます!

◇  ◇  ◇

佐々木 はる菜(ささき・はるな)東京都出身。リクルートを経て、結婚・出産を機にライターへ。女性誌ウェブサイトでコラム連載を手掛けるほか、ママ世代に向けた国内外のトレンドや商品・サービス、社会的な取り組みなどを幅広く取材。今年7月から子ども2人と共に夫が駐在員を勤めるブラジル・サンパウロに在住している。

(2022年10月27日掲載)

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