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「時事通信が被災」小説にしたら◆わたしが主人公、記者も書いてみた【時事ドットコム取材班】

2022年10月23日08時20分

 いつ起きるとも知れない災害を「自分ごと」として感じるため、自分を主人公にした小説を書いてみるー。そんな試みが各地の中学校に広がっている。執筆する上での唯一のルールは「希望を持てるような結末にすること」。被災した自分を物語にすることで、何が見えてくるのか。生徒にならって記者も挑戦してみた。(時事ドットコム編集部 太田宇律

 【時事コム取材班】

中学生が想像する「首都直下」

 2022年6月。東京湾の埋め立て地にある晴海中学校(東京都中央区)の3年生の教室で、同校初の「防災小説」の授業が始まった。「30年以内に70%の確率で大地震が起きると言われています。そう聞いたら、みんなはどう思う?」。担任の松浦史也教諭が問い掛けると、「どきっとする」「45歳までに起きるってことだよね」と、教室のあちこちから声が上がった。生徒の多くは、東京湾の埋め立て地に立ち並ぶ高層住宅から学校に通っている。男子生徒の一人は窓から見えるマンション群を見上げ、「建物が崩れたり、窓が割れて落ちてきたりするかも」とつぶやいた。

 授業での想定は、7月の平日、午後3時28分にマグニチュード7.3の首都直下型地震が発生したーというもの。生徒たちは「その瞬間、自分や家族はどこにいるか」「身の回りで何が起こるか」などを紙に書き出して想像をめぐらせた。「私、その時間は何してるかな」「委員会の仕事やってるよね」。友だち同士で話し合ったり、壁に貼られた時間割や行事予定をのぞき込んだり。構想が固まった生徒から、「1人1台」のタブレット端末で自分だけの物語を書き出していった。

 授業を終えた担任の松浦教諭は「作文の課題は退屈に感じてしまう生徒も多いが、今回の授業は反応がいい」と手応えを感じた様子。ボランティア部の部長という女子生徒(14)は「部活の最中に災害が起きたら、自分が後輩を守る立場なんだと改めて感じた」と真剣な表情を浮かべ、学年委員を務める男子生徒(14)は「災害が起きたら自分や1年生の弟はどうなるのか。想像もつかないことがたくさん起こるんだと、小説を書いて初めて分かった」と話した。

高台の子、津波はひとごと?

 防災小説は、地震学を研究している慶応大の大木聖子准教授が始めた取り組みだ。自分を主人公にした小説を通じ、災害をリアルに感じてもらうアイデアは、高知県内の市立中学校の教諭から受けた相談がきっかけで思い付いたという。

 「津波の防災教育をしていたら、高台に住む生徒が『自分たちには関係ない』と言うんです…」。2016年、以前から交流のあった同校を訪ねた大木准教授に、教諭は、困り果てた様子で打ち明けた。同校には、南海トラフ地震による津波の想定浸水域に住む生徒と、区域外の高台に住む生徒が通う。通学や部活動で浸水域を通らない生徒はいないのに、高台に住む生徒は津波をどこか「ひとごと」に感じているというのだ。

 「それなら、強制的に『自分ごと』にしちゃいましょうよ」。大木准教授がその場で考案したのが、防災小説だ。具体的な被害想定を基に、何が起きるかを想像し、どう行動したらハッピーエンドにできるかを考えてもらう。アイデアを伝えると、沈んでいた教諭の表情がぱっと明るくなった。

被害想定を「うそ」に

 半年後、生徒たちが書いた小説の発表会を聞いた大木准教授は驚いた。「小説に登場する家族や友だち、近所の人といった人物がみなキャラクター性を帯びている」。そこには、これまでの防災教育にない「リアリティー」があった。津波の浸水地域でボランティアをするため、高台地域に住む生徒が坂を下り始める場面で幕を閉じる作品もあり、災害を自分ごとにする効果を実感したという。

 保護者からも「津波が来ることは分かっていたのに、子どもの小説を読んで初めて、何が起こるのか、本当の意味で分かった」「現実は物語のようにうまくいかなくても、この結末を目指さないといけない」と熱のこもった感想が寄せられた。

 防災小説はその後、北海道や秋田、埼玉、静岡、東京、愛媛各都県の中学校に広がり、21年11月には実施校同士のオンライン交流会も行われた。中には、防災小説がきっかけで「災害に強い建物を作りたい」と考えるようになり、卒業後、建築系の進路に進んだ生徒もいるという。大木准教授は「専門家が予測する被害想定は、あくまで何万通りもある未来の一つ。想定を『うそ』にするためには何をしたらいいか、小説を通じて考えてもらえたら」と話す。

時事本社、もし被災したら?

 記者もさっそく防災小説に挑戦してみることにした。入社以来、さまざまな災害を取材してきたが、小説を書くのは初めて。パソコンに向かったものの、すぐに指が止まった。「首都直下型地震が起きたら、私が今いる時事通信本社ビルには、どのくらいの被害が発生するんだろう?」

 東京都が22年5月に公開した最新の被害想定を検索した。想定によれば、都心南部でマグニチュード7.3の直下型地震が発生した場合、都内では最大約6100人の死者、約9万3000人の負傷者が発生すると見込まれるという。揺れや火災による建物被害は約19万4400棟、帰宅困難者は約450万人に上る。「その瞬間」の本社の様子に思いをめぐらせると、こうした数字がずっと現実味を帯びたものとして感じられた。

 ~東京・東銀座の時事通信社ビル。編集部があるフロアのあちこちで緊急地震速報のアラームがけたたましく鳴った直後、立っていられないほどの大きな揺れが私たちを襲った。「うわっ」「やばいぞこれ!」 窓ガラスがバタバタと大きな音を立てて揺れ、テレビや取材資料が次々に床に落ちる。「緊急地震速報です。強い揺れが来ます」。気象庁発表の地震情報を伝える端末が鳴りっぱなしになり、めまぐるしく変わる表示を見詰めていた記者が叫んだ。「震度6強・・・いや7です!」~

 地震発生日時を「9月中旬の平日、午後1時23分」とし、「東京都心南部」を震源に「最大震度7」の揺れが観測され、マグニチュードは「7.3」と設定した。エレベーターの停止や道路規制、インターネットの遅延といった出来事をストーリーに織り込み、自分や同僚、家族の行動を想像していく。被災しながら取材をすることはできるのか、3人の子どもの安全はどう確保したらいいのか…次々に疑問が浮かんだ。

家族はどこに?

 記者の家庭は夫婦共働きで、妻は普段、東京の西側で勤務している。自宅から電車で1時間以上離れており、わたしが子どもたちの安全を確保しなくてはならない。電車は地震発生から1カ月、地下鉄でも最低1週間はまともに動かないだろう。移動手段は徒歩に限られそうだ。電話通信は規制のためほぼ使えなくても、回線をさほど圧迫しないショートメッセージサービス(SMS)でなら、妻と長男とは連絡が取れるかもしれない。倒れていそうな石塀、落下しそうな看板…危険な場所を避けながら、子どもたちと合流する経路を考える。

 ~東銀座の本社を出発しておおよそ2時間後、駅前で座り込んでいた息子を見つけた。大声で名前を呼ぶと、ランドセルを背負った長男はけろっとした顔で「びびったけど全然余裕だった」と笑った。乗っていた地下鉄が駅直前で停止し、線路上を歩いて避難したのだという。救急車や消防車のサイレンが鳴り響く中、長男の手をしっかり握って、長女のいる保育園へ向かった~

 わたしはその後、妻とも無事合流して自宅にたどり着くが、玄関ドアを開けて途方に暮れる。「危ないかもな」と思いながら対策を後回しにしていた本棚が倒れ、フローリングにめり込んでいる。電線がショートし、冷蔵庫の脇に詰め込んでいた紙袋がぼやをおこしていた。水道、電気、ガスは全て止まり、風呂もトイレも使えない。

 執筆を通じて、職場や家庭が抱える潜在的リスクが可視化されていった。

つづった「結末」現実に

 「防災小説を書くと、自分でつづった言葉を現実にしようとする力が働くんです」。防災小説を考案した大木准教授はそう教えてくれた。例えば、ある中学生が避難所で高齢者を助けるシーンを書いたとしたら、そこには「自分はこういう生徒でありたい」という思いが込められており、現実に被災したときにも、そう行動しようと思えるのだという。確かに、記者も小説を書いてみて、うなずける部分があった。

 記者の小説は、わたしが家族全員の無事を確認できたところで幕を閉じるが、現実もハッピーエンドに近づけるためにはどうしたらいいだろう。まずは、できあがった小説を家族に読んでもらい、災害時の行動や連絡方法を話し合うことにした。家具には転倒防止器具を追加し、冷蔵庫と壁の間に詰め込まれていた紙袋も撤去した。

 小さな変化かもしれないが、やらないよりはきっといい。ただ、大木准教授にわたしが書いた小説の内容を伝えると、「余震の危険があるので、地震直後は子どもを迎えに行かないほうがいい」とのことだった。考えなければならないことは、まだまだたくさんありそうだ。

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