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台湾有事、その時日本は? シミュレーションで浮かぶ課題【政界Web】

2022年10月21日

 「台湾有事が起きるかもしれない」―。こんな不安が静かに広がっている。日本最西端の沖縄県与那国島と台湾はわずか110キロしか離れておらず、日本が巻き込まれない保証はない。

【政界Web】前回記事は⇒さらなる水際緩和で国力低下防げ

 中国の習近平国家主席は16日の中国共産党大会で、台湾統一を「歴史的任務」と位置付けた上で「武力行使を決して放棄しない」と明言した。「台湾有事」が起きた場合、日本はどのような対応を迫られるのか。民間シンクタンクが実施したシミュレーションを通じて課題を探った。(時事通信政治部 梅崎勇介)

【目次】
 ◇
防衛省がシナリオ想定
 ◇
舞台は2027年
 ◇
事態認定
 ◇
島民保護に法的課題
 
◇ハード整備も

防衛省がシナリオ想定

 ここで言う台湾有事とは、中国が自国領土と主張する台湾に対して武力侵攻することを指す。防衛省が7月に公表した2022年版の防衛白書は、中国が演習名目で軍を沿岸に集結させ、「認知戦」で台湾民衆をパニックに陥らせる▽軍事施設にミサイル・サイバー攻撃を行う▽艦船や航空機による上陸作戦に踏み切る―という3段階の具体的なシナリオに初めて言及した。

 実際、8月2日に米国のペロシ下院議長が台湾を訪問した際、中国は数日後に対抗措置として沿岸に軍を集めて台湾周辺で軍事演習を実施。台湾を取り囲むように設定した訓練区域に向けて弾道ミサイルを発射し、防衛白書が指摘した第1シナリオの一部が現実化した。

 中国が発射した弾道ミサイルは計11発で、このうち5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾している。EEZ外ではあったが、与那国島から80キロの地点に着弾したものもあった。

舞台は2027年

 この中国の軍事演習とほぼ同時期の8月6~7日、民間シンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が東京都内のホテルで、台湾有事のシミュレーションを実施した。参加した自民党の小野寺五典元防衛相らが架空の内閣を構成。小野寺氏が首相役、他の自民党議員が閣僚役を務めるなどして、内閣の意思決定を「訓練」してみたものだ。あらかじめ用意されたシナリオと参加者の「アドリブ」を組み合わせて行われた。

 小野寺氏は開始に当たり、閣僚役の自民党議員や幕僚長役の元自衛官幹部らを前に「最後に重い決断をするのは政治だ。政治家がいざという時の覚悟、判断、重さを感じる貴重な機会だ」とあいさつした。

 シミュレーションは「台湾有事」の舞台を、習近平国家主席の3期目の任期満了の年に当たる2027年に設定。国民保護などがテーマのシナリオでは、中国がバブル崩壊により暴動が相次ぐなど社会が不安定化する中で台湾に対し、「中国の『省』になれば100年間の自治を与える」という案を打診するところから始まった。

 中国政府はさらに、中国との統一に賛成する「統一派」の台湾人を保護するために「あらゆる措置を講じる用意がある」との声明を発出。統一派が地方政府庁舎を奪取するなど、台湾情勢は緊迫化した。

 こうした中、日本政府は、米軍と共同で在台湾邦人の退避に向けた調整に着手。一方、大挙して押し寄せた中国漁船から漁民20人が沖縄県・尖閣諸島に上陸し、海上保安官との銃撃戦の末、5人程度が尖閣に残る事態も発生した。日本政府は断続的に国家安全保障会議(NSC)を開き、対応を検討した。

事態認定

 NSCでは、中国漁民の尖閣上陸を受け、防衛相役の大塚拓前衆院安保委員長が早期の武力攻撃事態の認定を提案。しかし、小野寺氏は「認定すれば中国との関係が決定的な状況となる。そうなると外務省が安全な輸送を中国側に協議することも難しくなる」として、早期の事態認定に難色を示した。

 中国と台湾の武力衝突にはまだ至っていないものの、中国が「許可を得ない外国艦船、航空機の台湾への乗り入れを禁止する」と宣言し、台湾周辺でのミサイル発射訓練も繰り返していた。小野寺氏の発言には、対応が困難になる前に邦人退避を急ぐ必要があるとの思いがあった。

 最終的に小野寺氏は「尖閣に上陸した漁民が重武装している」との情報を入手したことで武力攻撃事態の認定に踏み切ったが、中国政府が台湾や中国の在外邦人を事実上の「人質」として位置付けた場合、中国とどう間合いを取るかは難しい判断になる。

島民保護に法的課題

 日本が中国側の動きを武力攻撃事態と認定すると、尖閣を含む先島諸島では、海底ケーブルの切断や石垣空港の滑走路破壊などのテロが頻発。中国側による工作の疑いがあり、沖縄県は島民を避難させるため、国民保護法に基づく自衛隊派遣を要請した。

 国家安全保障局長役の兼原信克・元内閣官房副長官補は、統合幕僚長役の住田和明元陸将に対し、自衛隊は先島防衛、米軍支援、島民保護などの中で何を優先するのかを尋ねた。住田氏は「自衛隊としては尖閣・先島諸島の防衛を第一にしたい。余力があれば邦人の輸送等にも若干、調整の余地がある」と答えた。

 日本周辺での有事を想定した事態認定は、主に①重要影響事態②存立危機事態③武力攻撃事態―の順に重大さを増す。現行の国民保護法の下での自衛隊による国民保護措置は、武力攻撃事態に至れば可能だ。ただ、その段階まで到達してしまうと自衛隊は防衛任務を優先せざるを得なくなる。住田氏はそうした実態を説明したと言える。

 シミュレーションはこの後、新たに中国漁民15人が尖閣に上陸し、中国からの軍事圧力の高まりを受け、台湾政府が国家非常事態宣言を発出した、という展開に移った。中国政府は日米両政府に対し「中国は最小限度の武力を使用し、台湾を平和的に回復するであろう」と通告。宮古島で見つかった不審者が中国軍の兵士とみられることが判明した場面で終わった。

 小野寺氏は終了後、記者団に「現実に即した対応について、さらに深く問題を認識することができたとても良い機会だった」と振り返った。

ハード整備も

 有事への対応としては、自衛隊の輸送力強化も課題となる。現在は輸送機30機余りと輸送用艦艇5隻のほか、借り上げの民間船舶2隻を活用可能だ。小野寺氏は記者団に「自衛隊の輸送能力は、邦人保護だけではなく、本来の部隊の展開という点でも重要だ」と強調した。

 一方、先島諸島には滑走路の短い空港や小さな港が多く、軍用機・艦艇の受け入れが難しい。防衛省だけではこうしたインフラ整備事業は難しく、省庁横断的な取り組みも必要となる。輸送力をめぐるこうした論点は、年末の国家安全保障戦略など3文書改定に向けた政府・与党の協議テーマになりそうだ。

(2022年10月21日掲載)

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