中国共産党の習近平総書記(国家主席)は第20回党大会(10月16日開幕)で行った政治報告で台湾問題について「武力行使の放棄は決して約束しない」と述べ、国家完全統一のためには侵攻も辞さない姿勢を示した。しかし、実際には中国側の今の軍事力や政治力では武力統一のハードルは極めて高く、実現のめどは全く立っていない。習政権の台湾政策は強硬策一辺倒で柔軟性を失い、行き詰まりつつある。(時事通信解説委員・西村哲也)
「外部勢力の干渉」警戒
中国の台湾政策は、本土と台湾は一体であるという「一つの中国」の原則と1992年に中台の交流団体が「一つの中国」の原則を確認したとされる合意(92年合意)を基礎としており、習氏は第19回党大会(2017年)の政治報告で「92年合意」に4回言及したが、今回はわずか1回。しかも、習氏は大会会場での報告でこの部分を読み飛ばした。
台湾の蔡英文政権(民進党)が92年合意を頑として認めないことから、習政権はそれに基づく対話の意欲を既に失ったように見える。「平和統一を目指す」と言っても、対話をしないのであれば、最終的には武力に訴えるしかなくなる。
蔡総統は当初、92年に中台間で「小異を残して大同に就くという共通の認知」があった事実を認め、中国側でも一時、蔡政権が受け入れやすい92年合意の代替コンセンサスをまとめようとの案が政権ブレーンから出たが、習氏は採用しなかった。
また、今回の報告では、前回あった「台湾の現有社会制度や台湾同胞の生活方式を尊重する」という文言が消えた。8月に中国政府が発表した22年ぶりの台湾白書も、かつて明記していた「統一後、台湾に軍隊を派遣しない」という方針を削っており、習政権は統一後の台湾について、国家安全維持法(国安法)制定で一国二制度が形骸化した香港のような状態を想定しているようだ。
逆に、今回の報告は武力行使の対象として、「台独」(台湾独立)勢力に加えて、前回なかった「外部勢力の干渉」を明記。「台湾問題の解決は中国人自身のことであり、中国人が決める」と強調した。
バイデン大統領が「台湾防衛」を公言し、ペロシ下院議長が訪台するなど、米国が政治的に台湾へ接近していることを踏まえ、武力行使を正当化する理由を追加したとみられる。
親中派政権発足を期待
ただ、台湾国防部が昨年12月、中国軍は渡海・上陸や補給の能力が不十分なので台湾攻略は難しいとの公式見解を示したように、武力統一は容易ではない。中国軍にとって「師匠」であるロシア軍が陸続きのウクライナ侵攻でこれだけ苦戦しているのを見れば、中国軍が海を渡って正面から台湾を攻める作戦がいかに困難かは誰でも想像できる。
中国側が「台湾は独立に踏み切った」「統一の望みが完全になくなった」と判断すれば、勝算の有無にかかわらず武力を行使するのは間違いない。そのような動きを傍観した指導者は「歴史の罪人」となるからだ。
それ以外の状況で中国側が内部で想定しているのは、国共内戦末期に国民党軍の投降で実現した「北平(現北京)平和解放」のような展開だと思われる。つまり、容共的な相手側の指導者に軍事的圧力をかけて、無血もしくは最小限の戦闘で勝利を得るシナリオである。
台湾併合を目指す現実的なシナリオでは(1)台湾で統一容認論が広がり、親中派政権ができる(2)日米(特に後者)が介入しない─という2点が条件となる。(1)は事実上、野党の国民党に期待するしかない。
実際のところ、国民党は第20回共産党大会の開幕に際して祝電を送り、共産党側も返電。中国の公式メディアによると、いずれの電報も92年合意と台独反対の重要性を強調した。国民党主席経験者2人(連戦氏と洪秀柱氏)からも祝意が伝えられたという。
頼みの国民党も不安要素
だが、台湾メディアによれば、国民党の現主席である朱立倫氏は政治報告に対するコメントで「中華民国を守るのが国民党の任務だ」「民意は台独にも一国二制度にも断固反対している」と指摘した。
国共両党は友好関係を維持しているものの、朱主席は6月の訪米で「親米反共」の方針を強調。92年合意についても「双方にとって建設的、創造的なあいまいであり、『合意のない合意』なのだ」と言い放った。
国民党は近年、中国離れの傾向が目立ち、将来政権を奪い返したとしても、中国側が望むような親中派政権になるかどうかは分からない。
上記の(2)も、中国にとって好ましい状況とは言えない。米国は政府も議会も台湾支援を強化。日本でも、故安倍晋三元首相が生前に強調した「台湾有事は日本有事」との認識が広まっている。
本来の中国外交であれば、ここで硬軟両様の手練手管を使って、日米台で親中派を増やしたり、日本の切り崩しを狙ったりするところなのだが、習政権の基本方針は鄧小平路線の柔軟な統一政策の否定と居丈高な「戦狼外交」推進。習近平カラーが強くなればなるほど、イチかバチか以外の統一シナリオは進めにくくなるというのが実情だ。(2022年10月20日掲載)