破竹の張本、「若さ」が出た戸上
卓球の世界選手権団体戦(9月30日~10月9日、中国・成都)の日本は、女子が4大会連続2位、男子は3位で終えた。ともに王者・中国の壁にはね返されたが、収穫も多かった挑戦を、元ナショナルチームコーチで解説者の渡辺理貴さんに聞きながら振り返る。
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男子の準決勝は惜しかった。1番の戸上隼輔(明治大)が世界王者の樊振東に、3番の及川瑞基(木下グループ)が馬龍に敗れ、張本智和(IMG)が2番と4番でそれぞれ王楚欽、樊振東を倒して2-2で迎えたラスト5番。第1ゲームで戸上が王楚欽を9-4とリードした。
王楚欽は戸上より1年上の22歳。中国男子で初めて左の世界チャンピオン誕生かと期待される、王国の次世代エースだ。
戸上は昨年の世界選手権個人戦の3回戦で初対戦し、後日、「絶望しかなかった」と語ったほどの完敗だった。
そこから自分の卓球を見直し、全日本選手権で初優勝するなど張本に続く主力として臨んだ今大会。戸上が第1ゲームを取れば、若い王楚欽は、地元開催の重圧もあって精神面から崩れた可能性はあった。何しろ中国男子は1961年大会の初優勝以降、必ず決勝へ進んできた。
リードして顔を出す習性
だが、ここで戸上がサービスミス。続いてチキータレシーブのネットミス、フォアドライブのミスで9-7と流れが傾いた。
卓球選手には、リードするとビビり始める習性がある。リードしながら内容に確たる自信が持てない時に多く、自分より強い選手に対してリードした場面でも起こる。
点差があるうちに思い切り一発を狙ってもよかったが、いったん頭をもたげた不安を振り払えないまま、このゲームを10-12で落とした。渡辺さんは逃した魚を惜しむ。
「力の差を考えると、これでチャンスはなくなった。王楚欽や樊振東の打球は、日本選手が国内では取る機会がないボール。球の上昇期(バウンドしてから頂点に達するまでの間)を打ち、低くて突き刺さるようなドライブが、しかも厳しいコースへ来る。確実に返すにはクロスへ打たざるを得なくて、それを待たれる」
「つながった」張本、王楚欽に雪辱
その2人を張本が倒した。
王楚欽には、2018年ユース五輪のシングルス決勝と混合チーム戦決勝シングルスで1勝1敗だったが、翌年は3戦3敗している。
一発の威力は張本が上でも、王楚欽はブロックやつなぎの質も高くて大きな穴がない。当時から、若いのに技術がつながっていた。対する張本は、フォアとバックの打球点やフォームの大きさにズレがあり、両ハンドを同じように振れていなかった。
だが、今の張本は、フォアをスイングもフットワークも「必要十分」な最短距離から繰り出す。制球力が高まり、戻りも早い。打ち返されるとすぐ守るだけのブロックに頼った頃と違って、連打ができる。
そうなると、大舞台の経験は張本が上。第1ゲームを落としたが、続く3ゲームは自信を持って高速攻撃を貫き、連取してみせた。
世界王者も倒した両ハンド攻撃
そして4番で樊振東も倒す。張本が上り調子だった18年にはアジア・カップで勝ったこともあるが、その後は差がついていた。
この日は第2、第3ゲームを樊振東の球威と脚力に奪われても気後れせず、打ち合った。世界一といわれる樊振東のバックに、バックで対抗して互角以上。フォアとバックへの切り替えが滑らかになって力まないから、むきになってたたいていた頃よりも、バックの威力が強く見える。
「課題に対して素直に向き合い、自分で練習相手を求めて出向くなど、納得してやっているのでストレスなく卓球をしている。直前までノジマTリーグで(世界ランク5位の)ウーゴ・カルデラノ(ブラジル)と対戦するなど、高いレベルの試合勘ができていたのも大きいのでは」と渡辺さん。
今春以来、生まれ変わった張本をパリ五輪代表国内選考会などで見てきたが、世界選手権の中国戦でここまで通じるとは。自信を持っていい内容だった。
男子は強豪国が増え、中国に勝ったとしても優勝できたとは限らない。その中で戸上がカルデラノ、マルコス・フレイタス(ポルトガル)を破るなどの成果も残した。まだ課題はあるが、「男子は戸上の活躍を見て次に続きそうな選手もいる。張本の刺激にもなったはず」と評価する。
底上げ実証、経験積めた女子
女子は石川佳純(全農)、平野美宇(木下グループ)が代表になれず、早田ひな(日本生命)も大会前から左上腕に痛みがあって決勝に出られない状態だった。
それでも伊藤美誠(スターツ)をエースに木原美悠(エリートアカデミー)、長﨑美柚(木下グループ)、佐藤瞳(ミキハウス)で準決勝まで完勝の連続。若手の層が厚くなり、「第4グループぐらいのメンバーでも決勝まで行ける」(渡辺さん)レベルを実証した。
だが、中国との決勝はトップで木原が陳夢に0-3で、2番で伊藤が世界チャンピオンの王曼昱に1ー3で、3番で長﨑が孫穎莎に0-3で敗れ、見せ場はつくれなかった。
木原は、伊藤と同じバック側が表ソフトラバー。陳夢が「バック表」対策の定石として使ってきたサービスに対して先手を取れず、得意のサービスでも崩せなかった。
高速で強い両ハンド攻撃を身につけた長﨑は、パリ五輪国内選考会でなどで急成長を見せ、今大会も各国から注目された。さすがに孫穎莎には地力負けしたが、フォアドライブの3球目攻撃など、通用するプレーもあった。
渡辺さんは「2人とも中国対策はまだこれから。今回はそのための勉強ができた」と位置づけ、その中で「伊藤はさすがというものを見せた」という。
伊藤の選択と「あと1本」
その一つが、ゲームカウント1-1で迎えた第3ゲーム終盤の戦術。6-9から追いつくと、相手のフォア前へアップ(上回転)サービスを2本続けた。ともに3球目のバックハンド攻撃につなげ、1本目はエッジボールで10-9、2本目はネットにかかって10-10に。
ジュースの1本目は、中国選手が土壇場でよく使う短い下切れサービスをネットにかけ、10-11とされた。この後、伊藤はまたアップサービスをバック前に出し、バックで3球目をたたく。これがオーバーしてヤマ場のゲームを落としたのだが、狙い通り、打てるレシーブは返ってきていた。
渡辺さんは「最後はわずかなところでのミスだった。むしろあの1本でまたアップサービスを選択した伊藤はさすが。やれるだけのことをやった結果だと思う」と評した。
今大会は、初戦から充実した表情だった。春先は国内で苦杯をなめたが、9月の全農カップ・トップ32から復調。張本同様、自分の卓球に納得してプレーしている様子が見える。
ただ、これでまた中国は、一段と対策を強化してくる。女子は東京五輪前から「本気」で日本を倒しに来ており、今大会は男子も中国を「本気」にさせた。見えた中国の背中のどこをつかむか、あるいはまた離されるか。パリ五輪まで2年を切った。(時事通信社 若林哲治)(2022.10.13)