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岸田首相の言葉はなぜ響かないのか【政界Web】

2022年10月07日

演説分析の第一人者・東照二氏に聞く

 岸田内閣の支持率が低迷している。背景にあるのは、安倍晋三元首相の国葬や、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党議員の関わりをめぐる問題だ。
 岸田文雄首相はこの8月末、「丁寧な説明に全力を尽くす」として記者会見に臨み、9月上旬には国会の閉会中審査に出席して質疑に応じた。だが、閉会中審査後の同月9~12日に行われた時事通信の世論調査で、内閣支持率は前月比12.0ポイント減の32.3%に急落。首相の意気込みと裏腹に、説明に「納得できない」と感じる人は74.2%に上った。
 岸田首相の言葉はなぜ響かないのか。「言語学者が政治家を丸裸にする」(文芸春秋)などの著書がある米ユタ大学の東照二教授に聞いてみた。(時事通信政治部 上田隆太郎)

【政界Web】前回記事は⇒語り継がれる追悼演説 政局の危機、転換も

【目次】
 ◇「ラポート・トーク」の欠如
 ◇紋切り型の「丁寧な説明」
 ◇菅氏弔辞と比べると
 ◇「話す力」こそ
 ◇政治家はアーティストたれ

「ラポート・トーク」の欠如

 「言語の本質は情念の表現であり、起源は音楽と同一だ。感情や情緒を表す言葉に人は引かれ、話し手と聞き手の間につながりが生まれる。しかし、岸田さんの語りには人との共感や心の結び付きを感じさせる言葉が非常に少ない」
 8月31日の記者会見と9月8日の衆院閉会中審査の質疑応答について分析を依頼したところ、東教授は「ラポート・トークの要素が全くない」と指摘した。

 東教授によると、言葉の使われ方には、情報の伝達を目的とする「リポート・トーク」と、感情や心の動きを伝える「ラポート・トーク」がある。法律や政策に関わる政治家は前者を本分とする場合が多く、国会議員としてのキャリアが長い岸田首相も、リポート・トークを得意とする政治家だという。

 ただ、国民の理解を得るには、それだけでは不十分だ。話し手からの一方通行ではなく、聞き手との間でつながりをつくる必要があると東教授は説明する。そのためには、感情や情緒に訴えるラポート・トークの要素が不可欠となる。
 「岸田さんは具体的な政策の中身をリポートする力は高い。官僚の前で話すのならそれでいいが、語り掛けているのは国民だ」
 「かつて小泉純一郎首相は(2005年の)郵政解散で『国民に聴いてみたい』と問い掛けた。こういう直接的で情緒に訴える言葉が全くない」

紋切り型の「丁寧な説明」

 一方、岸田首相が多用したのは「丁寧な説明」というフレーズだ。8月31日の記者会見で5回、9月8日の衆院閉会中審査では十数回、この言葉を繰り返した。
 印象的なフレーズの繰り返しは、スピーチの説得力を高める効果がある。ただ、「丁寧な説明」は多くの政治家が用いる紋切り型の言葉。東教授は、聞き手の感情に訴えるものではないと解説する。
 「要するに『説明する』と繰り返しているのだが、その中身が何なのか、いまひとつぴんとこない」
 「既に多くの人が知っている情報を、紋切り型の表現で繰り返している」

菅氏弔辞と比べると

 安倍氏の国葬で岸田首相が読み上げた弔辞にも、こうした傾向が表れた。
 「長々と安倍さんという他人の実績を説明するだけで、自分の思いを全く話していない」

 対照的だったのが、友人代表として弔辞を述べた菅義偉前首相だ。
 「あなたは首相の座を退いたことを負い目に思い、2度目の自民党総裁選出馬をずいぶん迷っておられました。私は一生懸命口説き、ようやく首を縦に振ってくれた。私はこのことを生涯最大の達成として、いつまでも誇らしく思い出すであろうと思います。首相官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした7年8カ月。私は本当に幸せでした」
 菅氏がこうした弔辞を述べ終えると、会場から拍手が起こり、昭恵夫人が涙を拭うシーンもあった。東教授は「官房長官として安倍さんと長く付き合った思い出や、焼き鳥屋で3時間も話して心のつながりをつくったというストーリー構成になっている。聞き手はそこに共感した」と分析する。

「話す力」こそ

 10月3日に召集された臨時国会。岸田首相は所信表明演説で、自らの政治姿勢について「厳しい意見を聞く姿勢にこそ、政治家岸田文雄の原点がある」と述べた。
 しかし、東教授は「『聞く力』がどのくらいあるのか疑問だが、まず必要なのは『話す力』のトレーニングだ。このままでは長く続かない」と手厳しい。
 では、どうすれば人々に響く演説ができるのか。東教授が提唱する秘訣(ひけつ)は、①個人的な経験を語る②物語にして語る―こと。自らの経験を加え、聞き手の想像を刺激するストーリーを語れば、共感を得ることができるという。実際、米国にはこうしたスピーチをする政治家が多いとのことだ。
 「岸田さんが個人の話をしているところを聞いたことがない。それでは駄目だ」

政治家はアーティストたれ

 その上で東教授は、「リポート」と「ラポート」を切り替えながら話す「コード・スイッチング」を採り入れることで、語り手と聞き手の心理的なつながりを生み出すことができると指摘する。
 「情緒ばかりでは飽きられる。情緒と情報のスイッチの切り替えが重要だ」
 「この二つをいかに交わらせていくかだ。『説明します』の繰り返しではなく、個人的な意見を入れるべきだ」

 所信表明演説の最後、岸田首相は「信頼と共感の姿勢を大切にしながら、正道を一歩一歩前に向かって歩んでいく」と締めくくった。「信頼と共感の政治」を実践するのに足りないのは、ちょっとした工夫なのかもしれない。

 最後に東教授の持論を紹介しよう。「政治家は相手を引きつけて離さないアーティストでなければならない」。

東 照二氏(あずま・しょうじ)石川県生まれ。早稲田大第一文学部卒。米テキサス大オースティン校言語学博士。専門は社会言語学。政治家の演説を言語学の視点から分析した著書で知られる。66歳。

(2022年10月7日掲載)

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