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熱気の授賞式、喝采に胸熱く VRや往年の名作も出品【ベネチア映画祭、行ってみた、聞いてみた(下)】

2022年09月16日12時00分

【ベネチア映画祭、行ってみた、聞いてみた(上)】祭りの華やぎ、島を包む スターに歓声、非日常の世界

【ベネチア映画祭、行ってみた、聞いてみた(中)】「作品の門出にわくわく」 「LOVE LIFE」出演の木村文乃さん、砂田アトムさん

【写真特集】ベネチア国際映画祭

 8月31日からイタリアで開かれていた第79回ベネチア国際映画祭が9月10日、閉幕した。最高賞の金獅子賞には米国のドキュメンタリーが選ばれ、深田晃司監督の「LOVE LIFE」は惜しくも受賞を逃したが、初参加のベネチアで深田監督の存在を印象付けることができたのは間違いない。連載最終回は、VR(仮想現実)作品や往年の名作も出品される映画祭の幅の広さと、熱気に包まれた授賞式の様子を伝える。(時事通信文化特信部 服部華奈)

ゴーグルでノリノリ

 取材や原稿執筆が一段落したある日、リド島から船ですぐの所にあるラッヅァレット・ヴェッキオ島に向かった。伝染病が流行した中世に隔離場所として使われたこの島は、映画祭の期間中、VR作品などを集めたXR(クロスリアリティー)部門の会場になった。

 歴史漂う建物に入ると中は一転、異空間が広がる。各ブースではゴーグルなどを装着した参加者が、先進的な作品の数々を満喫していた。

 日本からは作道雄監督のVRアニメ映画「Thank you for sharing your world」と、伊東ケイスケ監督のVR演劇「Typeman」がエントリー。この日はちょうど、XR部門のキュレーターがTypemanを体験していた。

 タイプライターに扮(ふん)したダンサーとメタバース空間でつながる作品で、手紙をもらったり一緒にダンスをしたりとノリノリの様子。「タイプライターの感情が伝わってきて、自然に動けた」と興奮気味に語っていた。この作品は映画祭の賞は逃したが、イタリアの映画評論家が選ぶ独立系の賞で最優秀短編賞を受賞した。

 映画祭には時代の最先端だけでなく、復元された過去の名作を堪能できるクラシック部門もあり、日本からは3作品が参加。このうち「神々の深き欲望」(今村昌平監督、1968年)は3時間の超大作だが、上映会では多くの観客が今村ワールドを楽しんでいた。伝統を受け継ぐ沖縄のある島が舞台で、ポーランドから来た男性は「過去と未来の描写に感動した」と話してくれた。

 映画祭は参加作品を連日上映するだけでなく、戦禍に苦しむウクライナのため映画界が連帯を示すイベントを行うなど、社会問題に向き合う姿勢も示す。これらの取材や試写など予定していた日程が終わり、あとは授賞式を迎えるだけになった。

 式の前には主催者側が詳細を知らせないまま、受賞予定者に「呼び込み」の連絡をするのが映画祭の通例。果たして日本作品に連絡があるのかと、そわそわしながら原稿の準備を進めた。

真夜中のパーティー、祭りの後は…

 映画祭最終日の10日。午後7時から始まる授賞式に備え、3時間前にプレスルームを訪れた。まだ空席が半分ほどあり、嵐の前の静けさのようにゆったりとした空気が流れていた。

 午後6時、レッドカーペットに監督や俳優、審査員らが登場。人だかりができたじゅうたんを次々と歩いて行く。結局、「LOVE LIFE」やオリゾンティ部門選出の石川慶監督「ある男」に事前連絡はなく、カーペットに監督らの姿はなし。少し寂しい気持ちで華やぐ光景を眺めた。

 プレスルームはいつの間にか満席になり、授賞式を中継するモニターの前には立ち見が出るほど。次第に熱気を帯びる中、式が始まった。冒頭のチェロの生演奏が終わると早速、審査結果が発表されていく。

 「最後のコンペ部門発表まで作業がないな」と気を緩めていると、クラシック部門で鈴木清順監督の「殺しの烙印(らくいん)」と読み上げが。驚きとともに、会場で喝采を浴びる作品担当者を見て胸が熱くなった。

 そして最大のイベント、コンペ部門が始まった。プレスルームでも拍手が起き、盛り上がりを感じる。今年の金獅子賞は米国のローラ・ポイトラス監督のドキュメンタリー「オール・ザ・ビューティー・アンド・ザ・ブラッドシェッド」。発表を聞いて拍手する人がいる一方、「少し意外」といった表情をする記者も。評価は分かれるかもしれないが、審査員長らが下した結果。受賞作全てに賛辞を贈りたい。

 式の後は、審査員や受賞監督らの記者会見が続く。言葉の壁に苦しみ、周囲に助けられながら全ての作業が終わったのは午後11時半。会場の外では、映画関係者らが大音量の音楽と鮮やかなライトの中でパーティーをしていた。最後まで楽しみ尽くすエネルギーに、うらやましさを覚えつつ会場を後にした。

 翌日、会場へ行ってみた。前日のお祭り騒ぎはどこへやら、既に撤収作業が始まっていた。敷地に入るセキュリティーチェックもなく、レッドカーペットの横を散歩する老人も。島の日常が戻りつつあった。

 初めて見た映画祭の華やぎと取材の苦労。さまざまな貴重な体験をゆっくりと振り返りながら、帰国のため水上バスで空港に向かった。

(2022年9月13日掲載)

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