イタリアで開催中のベネチア国際映画祭(8月31日~9月10日)で、最高賞の金獅子賞を競うコンペティション部門に出品されている深田晃司監督「LOVE LIFE」。再婚した夫と息子と暮らしていた主人公の女性が、息子の死をきっかけに自身の愛や人生に向き合っていく物語だ。映画祭に参加した主演の木村文乃さんと、元夫の韓国人ろう者役を演じ、自身もろう者の砂田アトムさんに現地で心境などを聞いた。(時事通信文化特信部 服部華奈)
【ベネチア映画祭、行ってみた、聞いてみた(上)】祭りの華やぎ、島を包む スターに歓声、非日常の世界
ずっと気後れしている
ベネチア入りした感想を教えてください。
木村 今回は深田監督のおかげでここまで来られた思いが強いので、どちらかというとお祭りのような気分。少しでも海外のファンが増えたらいいなと思っています。
砂田 ローマやミラノは公演で来たことがありますが、ベネチアは初めて。空気が全然違います。今回は公演ではないので、ちょっとのんびりした気持ちです。
映画祭参加が決まった時の心境を教えてください。
木村 最初に決まった時からずっと気後れしています。ただ、作品がそのように評価されるのは、関わった人全てが報われることでもあるので。先日、深田監督と(作品の基になった曲を作った)矢野顕子さんと鼎談(ていだん)をしたのですが、監督は「自分の国で作った作品が旅をして、愛されていくことが一番いい」と。それが今まさに起きていて、この作品の門出にわくわくしています。
砂田 決まった時はうれしかったですが、正直ぴんとこない部分もありました。世界の三大映画祭というのは知っていましたが、実感がなくて。でも会場を見て実感が湧いてきました。日本の人たちもすごく喜んでくれているので幸せです。
手話で大切なのは表情
韓国手話が今作の重要な要素の一つでした。
木村 手話自体が初めてでした。手のしぐさはもちろんですが、表情で伝えることの方が大事だとお聞きしたので、手の動きだけにとらわれないで、感情と表情をくっつけて、砂田さん演じるパクに届けるのが大変だなというのはありました。でも砂田さんも韓国手話は初めてとお聞きして、「一緒にやったら大丈夫だよ」と励ましてくれたので、楽しく乗り越えられました。
砂田 実は韓国手話はちょっと知っていたんです。
木村 えー!聞いてない!
砂田 でも舞台で表現する手話だけなので、全部分かるかと言えばそうではないです。韓国手話の監修の方のおかげで、身になることがたくさんありました。
舞台上の韓国手話と会話とは違うんですね。
砂田 はい。舞台ではいくつかの表現の手話を覚えるだけでいいのですが、普通のコミュニケーションは違うものがあって。短いものをぽんぽんやりとりしながら、そこに感情を付けて表現するので、やはり違うなと。
木村さんの韓国手話の演技はいかがでしたか。
砂田 やはり表情、そこから伝わってくる喜怒哀楽ですね。手話は世界各国の言語として独立したものを持っているから違うんですが、顔の振る舞いは世界共通。顔から言葉が伝わってくるようで素晴らしかったです。
木村 いやいや…。
砂田 本当に真面目な方なんですよ、木村さんは。手話で表現した後に、ちゃんと合っているかという確認を丁寧にされる。終わったからこれでOKじゃなくて、さすが女優さんだなと。僕も頑張りましたけどね。
表情を作るために工夫したことはありましたか。
木村 手の動作と心をどうリンクさせたらいいかと思っていましたが、監修の先生と砂田さんが手話について話し合っているのを見た時に、そういうふうに表情を動かしながら会話をするんだというのを毎日見られた。そのやりとりを見ていたのが一番勉強になりました。
リアルなやりとりから学んだんですね。
木村 はい。ベネチアでイタリアの風を浴びたら、自分もイタリア人になった気持ちになれるみたいな、そんな感じですね。2人のやりとりを見ていたら、私もなぜか自信を持てたみたいな感じでした。
自分も頑張ろうと思ってくれたら
新境地とも言える役柄への挑戦について。
木村 深田監督だからこういうお芝居ができたのかなと。他の監督とも同じことができるかといえばそれは違って。何よりも深田監督とお仕事できたことが大きなステップアップだったと思います。監督は不自然なことはやらなくていいと言ってくれるので、すごく自由でした。
安心して演じられた感じですね。
木村 はい、安心できたというのがこれまでの役とは違うところなのかもしれません。これまでの役はあまりに仕事にしてしまったが故に、ぴりぴりとしたストレスを抱えてやってきましたが、今回は全てを監督に委ねてやっていこうと思えたので。監督と会うと今もほっとします。
砂田さんは映画祭参加で、ろう者俳優の活躍の道を示せましたね。
砂田 すごくうれしいし、いい機会になりました。ろう者は夢を持っていても諦めてしまう人が多いんです。でも今回の出演、ベネチアへの参加で、自分がロールモデルになれていたらいいなと。アトムと同じように自分も頑張ろうと思う人が増えてくれたらうれしいですね。
力を与えられるような機会になると思います。
砂田 ろう者にもいい俳優がいっぱいいます。待つだけではなくて自分で足を踏み出さないといけないなという思いも、みんなに伝わればいいなと思います。
(2022年9月10日掲載)