政治ジャーナリスト・泉 宏
安倍晋三元首相の死去に伴う衆院山口4区補選の候補者選びが、永田町で注目の的となっている。山口県は1票の格差是正のための小選挙区定数「10増10減」案で、定数1減の対象となっており、次期衆院選までに新たな区割りの3小選挙区となることが確実視される。しかも現4区は安倍氏と林芳正外相にとって、それぞれの祖父の代から激しい地盤争いを繰り広げてきた地域だけに、現行の区割りで実施される補選を受け、「次期衆院選では〝安倍後継〟と林氏の間での候補者調整が、政局絡みの難題になるのは確実」(自民党選対)とみられるからだ。
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安倍氏は7月8日に死去したため、通例なら同区補選は衆参統一補選として10月23日の投開票となる。ただ、昨年10月の衆院選での「1票の格差」をめぐる訴訟の最高裁判決が年末以降となる見通しのため、公職選挙法の規定などから来年4月23日への先送りが確実だ。
その一方、既に地元では安倍氏死去の直後から誰を後継候補に擁立するかをめぐり、水面下の調整が活発化している。安倍氏は同区で圧勝を続けてきただけに「地元後援会が全面支援すれば、誰が出ても当選確実」(自民山口県連)とみられているが、今回の候補者選びは「安倍氏の実母で、安倍家の〝ゴッドマザー〟と呼ばれる洋子氏(岸信介元首相の長女)の意向次第」(同)というのが実態だ。
その洋子氏は、安倍氏の通夜が営まれた7月11日に「参列した安倍派議員に『私は孫を出す』と明言した」(関係者)とされる。その場合に最有力視されるのは、大手商社に勤める安倍氏実兄の長男だが、かねて政界入りを固辞しているとされる。「孫」としては安倍氏実弟の岸信夫前防衛相の秘書で、長男の信千世氏の名も挙がるが、「洋子氏は消極的」(同)との見方が多い。
林氏封じ込めには昭恵氏擁立だが...
もともと地元後援会が切望しているのは、安倍氏の妻・昭恵氏の出馬だ。ただ昭恵氏は7月21日に安倍派の総会に出席した際、「私は補選には出ません」と明言した。総会出席者によると、昭恵氏は「(安倍氏は)清和政策研究会(安倍派)の会長として、やりたいことがたくさんあった。ぜひ、それを皆さんで引き継いでいただきたい」などと語ったという。その後、岸田文雄首相をはじめ、首相経験者の菅義偉、森喜朗、福田康夫各氏とも個別に面会し、「自らの思いを伝えた」(安倍家周辺)とされる。さらには8月初めに墓参で地元を訪れた際、「東京に高齢の義母が住んでおり、彼女の面倒を見る予定です」と、当面は介護が必要とされる洋子氏の世話に専念する意向を示している。
こうした状況を受け、自民県連内には「身内の後継候補がいなければ、地元の地方議員を選ぶか、あえて誰も出さないという選択肢もある」(幹部)との声も出ている。「今回、後継問題で混乱するくらいなら、新選挙区で決着をつけた方がよい」(同)というわけだ。ただ、その場合は「林氏が地盤奪還のため、新選挙区で出馬するのは確実」(同)との見方が支配的。林氏の後援会幹部も「安倍氏の身内以外の後継者なら、林氏は必ず本来の地盤となる新選挙区から出る」と明言する。
そもそも「10増10減」案が臨時国会で成立すれば、山口県の三つの新選挙区は現職の林、岸両氏と高村正大氏(元財務政務官)が分け合うのが常識的だが、その場合は「長年の安倍家の地盤を林氏に奪われることになり、洋子氏が黙っていない」(安倍家関係者)とされる。このため、山口4区補選をめぐる自民党内の調整は「土壇場まで混乱必至」(党選対)との見方が広がっている。
(2022年9月19日掲載)
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