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済州島で消えた「観光客」 韓国有数の人気リゾートで何が起きているのか?【ソウル発!韓測気球】

2022年09月24日

 今年5月に発足した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、新型コロナウイルスに対する防疫措置として導入された韓国入国制限を緩和した。人気の観光地である済州(チェジュ)島も外国人客を迎える準備をし、浮き立っていた。しかし、夏休みのピークだった7~8月、済州島民の期待は不安に変わった。「天恵の自然環境を持つ島」と呼ばれ、日本人もよく訪れる人気リゾート地の済州島でこの夏、いったい何があったのだろうか。 (ソウル在住ジャーナリスト ノ・ミンハ)

【ソウル発!韓測気球】前回記事は⇒ベールに包まれた韓国ファーストレディー 「トラブルメーカー」と呼ばれる理由は?

 騒ぎは今年8月12日、済州出入国管理事務所の発表から始まった。8月2日から9日までの間に、バンコクから済州航空の直航チャーター便で入国したタイ人437人のうち、76人が団体ツアーを抜けて連絡を絶ち、行方不明になったとのことだった。

 8月2日~9日の期間にバンコクから入国を希望していたタイ人は当初1164人だった。しかし韓国政府は、団体ツアーとは関係ない727人の入国を許さず、直ちに帰国させた。もし彼ら全員が入国していたら、行方不明者は76人よりもっと多くなっていただろう。

 済州出入国管理事務所の発表では、これに先立つ7月3日に入国したタイ人166人のうち36人が団体ツアーから離脱し、所在が分かっていないことも明らかにされた。

入国審査の特例措置が「抜け穴」に

 行方不明になったタイ人は、どうやって、そして何のために済州島へ行き、ツアーから離脱したのだろうか。実は韓国政府の調査では、彼らのほとんどは観光ではなく、出稼ぎのために入国していることが分かっている。タイにはSNSを通じて韓国入国と不法滞在をあっせんする業者がいる。こうした業者の手助けで、観光客を装い入国した人たちがツアーを抜け出し、不法滞在者となっているのだ。

 済州島は、そうした「偽装観光客」の玄関になっているわけだが、その理由は、済州国際空港が入国審査の唯一の「抜け穴」だからだ。

 韓国では日本や米国など112カ国と同様、タイからの入国者にも90日間のノービザでの滞在が認められていた。しかし、東南アジアからやってきた人たちの不法滞在が増加したため、昨年9月、韓国政府は「電子旅行許可制度(K-ETA)システム」を導入。ノービザで入国できる国の人は、韓国に入国する72時間前までにパスポート情報、韓国に訪れた経験、犯罪歴、感染情報、本国の住所などをK-ETAのホームページに入力し、事前に旅行許可を受けなければならなくなった。特にタイ人は韓国で不法滞在するおそれが高いとしてK-ETAシステムの審査が厳しく、入国が拒否されるケースが多かった。

 ただし、済州島は例外だった。「済州特別自治道特別法」が適用される同島は、地域の観光活性化のため、多数の国の人々にビザやK-ETAシステムによる審査を要求していない。さらにコロナ制限の緩和措置によって以前より航空便が増え、入国審査も簡素化された。不法滞在を目的に入国するタイ人にとって、唯一の「フリーパス窓口」は済州島だったのだ。このような「抜け穴」によって、タイ以外の国から入国する不法滞在も増えた。実際、7月22日に済州国際空港に入国したモンゴルからの団体ツアー観光客156人のうち25人も蒸発し、現在も韓国内で行方を把握できていない。

失踪事件が投げ掛けた波紋

 現在、韓国に不法滞在中のタイ人は約14万人だといわれる。同じく不法滞在している中国人とベトナム人を合わせても、これより少ない。運よく入国できても、男たちは工場や農場の単純労働でこき使われたり、請負殺人や暴行などの犯罪に利用されたりするし、女たちは主にマッサージ店で働きながら売春させられることもあるという。

 最近も、不法滞在中のタイ人4人が、1万人分の麻薬を大邱(テグ)市内で流通させた疑いで逮捕された。また、マッサージ店で働いていたタイ人女性らが売春で摘発されて強制出国となり、あっせん業者には懲役刑が下された。

 韓国への入国を断られて送還される自国民が増えている状況を、タイ側も深刻に受け止め始めた。タイの日刊紙「バンコク・ポスト(Bankok Post)」は最近、「韓国内で不法滞在のおそれがあるタイ人の入国が拒否された」というタイ政府の発表を報じ、彼らは不法就労を目的としていると伝えた。

 8月30日、済州特別自治道の呉怜勳(オ・ヨンフン)知事は、武田克利在済州日本国総領事と面談し、済州と成田、大阪、福岡、名古屋を結ぶ各直行路線の運航再開を要請した。コロナ対策の入国制限が緩和されたことを受け、各自治体は外国人観光客の呼び戻しに懸命だ。

 バンコクから済州島に入国した76人の集団失踪が明らかになったのは、そんな矢先の出来事だった。相次ぐ失踪事件は、済州島民だけでなく、この島を訪れる外国人観光客にとっても不安材料となりかねない。事態を重くみた韓国政府は、済州ータイ間のチャーター便の運航数を縮小し、9月1日からは済州島もK-ETAシステム審査の対象に加えると発表したが、地元では「外国人観光客が減りかねない」と反対する声も強い。観光と治安のどちらを優先すべきか。韓国有数のリゾート地は、葛藤に揺れている。

◇  ◇  ◇

ノ・ミンハ ジャーナリスト。韓国ソウル出身。日本の大学を卒業後、韓国の新聞社に勤務し、国際部の記事を担当。現在は日韓の芸能、政治、時事分野のフリージャーナリストとして活動中。

(2022年9月24日掲載)

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