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2秒で時速200キロ!航行場所は軍事機密◆米空母「ロナルド・レーガン」乗ってみた【news深掘り】

2022年09月15日10時00分

 米海軍は日本のメディアを太平洋に展開する原子力空母「ロナルド・レーガン」に招き、艦載戦闘機の発着艦訓練の様子などを公開した。公開は米国のペロシ下院議長の台湾訪問を受け、中国が台湾周辺で大規模な軍事演習をしている最中で、乗組員たちは、フレンドリーな雰囲気の中にも緊張感を漂わせていた。貴重な機会を得た記者が艦内をリポートする。(時事通信社会部 釜本寛之) 【末尾に動画あり】

 【news深掘り】

どこにある?

 ロナルド・レーガンへは米軍厚木基地から輸送機「C2グレイハウンド」で向かった。集合は朝7時。空母の活動位置は軍事機密だ。直前の外電では中国軍の演習を監視するためフィリピン海にいるとされていたが、到着予定時刻も教えてもらえない。「輸送機にトイレはないそうだが、何時間かかるんだろう」。離陸前、不安を感じていると、ほどなく救命胴衣の装着方法や、万が一、不時着した場合に海面に流して見つけてもらいやすくする蛍光塗料の使用方法などの説明が始まった。

 ちなみに、説明は自衛官らと一緒に受けたが、基地内で新型コロナウイルス感染対策にマスクをしているのは日本人だけ。ここが外国であることを肌で感じた。


◇「骨董品」で出発

 輸送機のグレイハウンドは1960年代から運用が続く「骨董(こっとう)品」だ。「機体は古いので少し難はあるが、安全だ」。そう言われて乗り込んだが、あちこちに塗装のはげや補修の跡がある。お世辞にもきれいとは言い難く、しかもかなり油臭い。座席は進行方向とは反対、後方を向いている。発着艦時の衝撃を和らげるためというが、座ってみると、何か違和感がある。エンジンが動きだすと、床下から突然水蒸気が噴出した。蒸気は演歌歌手のステージのように立ちこめ、天井から油を含んだ水滴が落ちてきた。

 離陸。機内は窓もなく照明が消えて暗かったものの、飛行中、緊張感で睡魔は全く襲ってこなかった。道中ずっと表情をこわばらせていた他社の記者は「正直もうだめかと思った」と振り返っていた。

◇わずか2秒

 いつまで続くか分からない空の旅に動きがあったのは、約2時間後。機内の照明がつくと、乗組員が身ぶりで空母上空を旋回していることを教えてくれた。いよいよロナルド・レーガンのお目見えだ。

 甲板に張られたワイヤロープに機体のフックを引っ掛けて着艦する。機体の速度を「時速200キロから2秒で0まで落とす」という。急降下と着地のショックに少し遅れ、強い衝撃が来て座席に体が押し付けられた。「骨董品」は垂直離着陸方式で着艦する輸送機「オスプレイ」に更新され、近い将来、「お役御免」となる可能性もある。貴重な経験ではあるのだが、そのときは無事着いたという安堵(あんど)感しかなかった。

いざ、空母へ

 輸送機グレイハウンドのハッチが開くと、青い海と甲板に止まった多数の艦載機が見えた。なんだか映画のワンシーンのような光景だ。

 全長330メートル、全幅77メートル、全高41メートル、総排水量9万7000トンという巨大な艦体の応接室で出迎えてくれたのは、ロナルド・レーガンが所属する第70任務部隊司令官兼第5空母打撃群司令官のマイケル・ドネリー少将と、艦長のフレッド・ゴールドハマー大佐ら。艦長によると、艦には約4900人が勤務しているが、「全員が志願兵で、徴兵で来たものはいない。自ら進んで国のために働く者ばかりだ」という。

 士気の高さを強調する艦長の言葉には、最前線に派遣され、米国のパワープレゼンスを示す役割を担う空母任務への責任とプライドが感じられた。


◇「禁止以外OK」

 艦内取材の概要説明が終わり、甲板へ。自衛隊取材では「許可された場所以外は撮影するな」と言われることが多いが、米海軍は逆だ。「禁止された場所以外はどこでも撮影してよい」という。ただ、「ペンのキャップを落としたり、メモ帳の1枚が飛ばされたりしただけでも、戦闘機が吸い込んで大事故になる可能性がある」と、所持品の管理については厳重な注意を受けた。

 太陽が照りつける甲板には艦載機がずらりと並んでいた。艦載ヘリのロープ降下訓練の様子を取材し、艦前方のフライトデッキに移動した。駐機していたのは、大ヒット映画「トップガン・マーヴェリック」でも使用された戦闘機「FA18スーパーホーネット」。機体周囲では色とりどりのシャツやビブスを身に着けた将兵が発艦前の最終チェックに当たっている。「赤」はミサイルなどの火器のチェックを、「黄」は機体の誘導などを担当しているという。

◇カタパルト

 超大型のロナルド・レーガンとはいえ、フライトデッキの発艦用滑走路は100メートル足らずと、長さは一般的な地上の空港の10分の1以下だ。限られた距離で揚力を得るため、航空機のエンジン推力以外に、風上に向けて航行することで得られる向かい風や、機体を高速で押し出す蒸気カタパルトの力を利用する。

 蒸気カタパルトは、空母のボイラーで得られた蒸気圧を利用し、わずか1~2秒で時速200キロ以上まで加速して機体を射出する。最新型は「電磁カタパルト」だが、蒸気カタパルトも米国とフランスの空母でしか運用していない特別な技術。中国やロシアの空母が採用している「スキージャンプ式」よりも、重い機体を射出することが可能だ。

 ロナルド・レーガンには4基の蒸気カタパルトがあり、それぞれ約90秒間隔で艦載機を発進させることができるという。

ごう音、一瞬で消える機体

 甲板員がジェットエンジンの熱から身を守る退避甲板に身を隠した。スーパーホーネットの発艦だ。エンジンが大きな音を上げ、出力がピークに達する。合図と共に猛スピードで発進し、エンジン(バックファイヤー)のごう音と蒸気の煙だけを残して一瞬で上空へと消えた。

 この日は複座型のスーパーホーネット「FA18F」や電子戦機「EA18Gグラウラー」など5機の発艦を見学。わずか十数メートルの距離で見た光景に圧倒され、手に汗がにじんだ。

 発艦訓練が終わると、次は着艦訓練。飛び立った機体が艦上空で旋回し、甲板で作業員が「アレスティング・ワイヤ」という金属ロープを3本設置した。急降下した機体は、下部に出したフックをワイヤに引っかけて停止。報道陣を乗せた「骨董品」の着艦と同じ仕組みだ。ロナルド・レーガンは約45秒間隔で着艦を受け入れられるという。

◇75%はいざというときのため

 着艦では、一瞬の判断の遅れが大事故につながる。広い洋上では大きな空母も小さな点。しかも目標は前に進んでおり、海面の状態で揺れたりもする。甲板に取り付けられ、パイロットにとって、機体の姿勢や正しい進入角を知らせる着艦誘導灯や、元パイロットが務める熟練誘導員の指示が頼りになるが、無理だと判断すればすぐに急加速して再上昇し、やり直さないといけない。悪天候や夜間は一層難しいといい、ロナルド・レーガンのゴールドハマー艦長は「『空母は世界一危険な職場』と言われている。日々訓練をしているが、その75%はまさかの事態が起こっても即座に対応できるようにするためのものだ」と話す。

 安全な着艦のための技量維持に欠かせないのが、地上の滑走路を空母の甲板に見立て、連続離着陸(タッチ・アンド・ゴー)を行うFCLP(陸上艦載機離着陸訓練)だ。現在は訓練の大半が硫黄島で行われているが、距離的な問題から、日本政府は鹿児島県の馬毛島に移転を検討している。騒音問題もあり、地元との調整が続いているが、艦長は「日本の協力が地域の安全を支えている」と理解を求めていた。

女性進出、パイロットも

 5機の着艦が済むと、艦内各所を案内された。最初は艦載機の所在や状態を把握し、甲板の交通整理を行う「フライトデッキコントロール」。艦を示す図面の上には、艦載機を表すプレートが実際の配置通りに並べられている。プレートの上に燃料、弾薬などの状況を示すピンやナットを置くことで、運用状況が一目で把握できる仕組みだ。指示を出すコントロール長は、艦の細部を知り尽くしたベテランといい、格納庫から甲板に機体を移したり、発艦したりするたびに、プレートの配置も修正されていた。

 次に案内されたのは、操舵(そうだ)や監視などを行う艦橋。艦長が座るキャプテンシートは艦橋の左右にあった。発着艦作業を見守るときは左舷側、補給作業をチェックするときには右舷側を利用するという。

 艦橋で目に付いたのは、女性隊員の多さだ。米海軍によると、航空機要員を除いたロナルド・レーガンの運航員約3200人のうち、20%以上が女性。航空機要員も女性の進出が進んでおり、女性パイロットも配属されているのだという。

◇オン・オフ切り替え

 機体を整備する格納庫や、いかりを操作する艦首室も見て回った。乗員の表情は真剣だが、壁に艦番号の「76」や、「龍」「鳳凰」といったイラストが描かれていたり、軽快な音楽を流しながら作業していたりする点は自衛隊とは全く違う。格納庫の片隅では、ジムの機材を使ってエクササイズに汗を流す男女の姿もあった。オンとオフをきちんと使い分けることが、長い緊張を強いられる航海生活の支えになっているのだろう。食堂からは大リーグ中継で盛り上がる声が聞こえた。

 その食堂は、確認できただけで4カ所あった。階級や配置によって利用する食堂が異なるそうだ。自分で好きなものを選ぶビュッフェ方式で、生野菜やフルーツも食べ放題。デザートやジュース類も充実しているところが米国らしい。

 菓子や生活雑貨、艦のグッズなどを扱う売店もあり、日本製の冷凍食品なども販売していた。クレジットカードは通信制限で使えず、乗員は給与と連動したデビットカードで買い物をするという。

リップサービス?感じた「親日」

 一連の取材が済むと、再び「骨董品」のグレイハウンドに搭乗。カタパルト発進を体験した。急加速するときと、切り離されたとき、立て続けに二度大きな衝撃を感じる。写真を撮ろうとスマートフォンを構えていたが、画像は見られたものではなかった。

 取材の最後、艦名の由来となった第40代大統領像のそばで行われた日米合同記者会見。第5空母打撃群司令官のマイケル・ドネリー少将は、米海軍と海上自衛隊の関係を「共同演習だけでなく、日々の生活でも交流やコミュニケーションを重ねることで、シームレス(つぎめのない)な運用が可能になっている」と評した。

 取材中、任務の説明をしてくれた担当者はいずれも一言目に日本の協力への感謝を口にしており、「横須賀の海はいかりがおろしやすい」と褒めた乗員もいた。リップサービスも多分にあろうが、厳しい任務をこなすモチベーションの一つに「日本への親近感」が感じられたのは、うれしい成果だった。(2022年9月15日掲載)

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