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「女性指揮者」というカテゴライズへの反骨心 京都市交響楽団常任指揮者に決まった沖澤のどか

2022年09月25日08時00分

 京都市交響楽団(京響)の第14代常任指揮者に、ドイツ・ベルリン在住の気鋭の若手指揮者・沖澤のどか(35)が就任する。任期は2023年4月から3年間。「私のキャリアの礎になるのではないか」と話す沖澤に、抱負や音楽家としての目標などを聞いた。(時事通信大阪支社 小澤一郎)

一回の共演でのオファーに「驚き」

 沖澤は2019年、小澤征爾や佐渡裕らを輩出した仏・ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。京響初の女性常任指揮者で、35歳での就任は第2代のハンス・ヨアヒム・カウフマンと並ぶ歴代最年少となる。

 音楽に面白さを求めたり、奇をてらったりを目指すのではなく、「やるべきことは、良い演奏を届けることに尽きる」と意気込む沖澤。「長いスパンでオーケストラに貢献できるとしたら、音楽を通して一緒に成長すること。皆さんと、唯一無二のサウンドを作り上げたい」とも語った。

 京響常任指揮者就任のきっかけとなったのは、21年10月の定期演奏会での初共演。サン・サーンスの「ピアノ協奏曲第2番」やラベルの「ダフニスとクロエ」組曲などフランス音楽のプログラムを指揮し、京響側が「一番の決め手は楽団員との相性。京響の将来が見えた指揮者だと感じた」(川本伸治演奏事業部長)という。

 たった一回の共演での大役就任要請に、「とても驚いた」という。しかし、今では「ゲスト(指揮者)では絶対にできない関係を築けると思う」と楽しみにしている。

 指揮者の世界では主要ポストの多くを男性が占めてきたが、沖澤は「音楽家としては、女性ということを意識したことはない」ときっぱり。18年に東京国際音楽コンクールで女性として初めて優勝した時も、女性であるということばかりが注目された。しかし、沖澤は「(審査員だった)広上(淳一)先生が、一言『良いものは良い』と言ってくださったことがすごく励みになっています」と振り返る。

 京響側も「指揮者には良い指揮者とそうでない指揮者がいると思う。私どもは、一番良い指揮者を選ばせていただいた」(近藤保博エグゼクティブプロデューサー)と強調した。

オペラやってみたい(以下一問一答)

―音楽家としての今後の目標は。

 自分のペースを守ってやっていきたいと思っています。急に注目を浴びるようになってたくさん演奏会をして準備が間に合わないなんて、そんな愚かなことにならないよう、準備期間を確実に確保したいです。

 大きな目標はオペラの指揮。それから、1960年代から90年代にかけて、いろんなオーケストラが作曲家に作品(制作)を委嘱した時代がありますが、その時代の作品を再演したいと思います。

―なぜ委嘱作品を。

(邦人の作曲家を積極的に取り上げた指揮者の)岩城宏之先生の本や録音を、たくさん読んだり聞いたりしていて、その影響がとても大きいです。その時代の音楽は子どもの時に聞いていたので、自分の音楽の原点になっています。私自身が海外に拠点を置いているので、余計に、日本でもクラシック音楽は輸入品じゃない、自分たちがすでに歴史を作っているということをヨーロッパに伝えたいですね。

―オペラの魅力をどう考えるか。

 オペラは稽古期間が長く、一つのチームとして大きなものを作り上げていくという喜びが、オーケストラ(単独)の演奏とは違います。自分が今抱えている問題や社会の空気を、オペラに反映して考えるきっかけになることもあります。

 人の生の声をその場で聞くことも貴重です。オーケストラと生の声、これほどのぜいたくはありません。スマートフォンを見ずに、2時間も3時間も生の音を浴びることは、今の時代に特別なことです。

―演奏してみたいオペラは。

 リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」です。でも、今はまだ演奏したくありません。もっと自分の中で深められてから挑戦したいと思います。(「ばらの騎士」は)最高です。何を言っても音楽の美しさ(がある)。また、甘いだけじゃなく、シニカルな観点だったり、貴族をばかにした感じだったり、いろいろな魅力があります。(自分は)最後の三重唱を、お葬式で流してほしい(ぐらい)。

街がつくる音追求

―音楽家として活動する中、女性であることで影響したことは。

 ドイツの学校の受験を考えていた時に、いろんな人に話を聞き、「あそこの教授は女性は採らない」というような話はありました。裁判を起こせるほど明確なものがあるわけではないのですが、表立って言わないだけで、女性は採っていないというようなことはあったと思います。

 逆に最近は、女性ばかり持ち上げるということもあります。ブザンソンで優勝した時に、「女性が優勝するのは決まってたんだろう」と言われました。実際に、そういうコンクールがあるのは否定できません。あえて女性を優勝させようとしているとか、実力に関係なく、ファイナルに男女が半分ずつになるようにしているとか、そういうことを感じることは多々あります。

 あとは「女性指揮者」というカテゴリーにされることがあります。「女性指揮者の中で一番良かった」と、そういう言われ方をすると、「ふん」とか思いますね。

―京響でやってみたいことは。

 コロナ禍で、お客さんの存在をより実感しました。今までは、舞台でオーケストラの皆さんとどんな音をつくるかにだけ集中していました。しかし、コロナ禍でお客さんを失い、いかに客席からエネルギーが来ているか、それがぶつかり合うことで、どういう影響を受けているかということに、すごく興味を持ちました。

 オーケストラは、舞台上の指揮者や楽員、スタッフだけでなく、地域に根差して、お客さま、さらには街がつくるものだと感じています。今は世界中でグローバリゼーションが進み、お客さまも個性がないと言われていますが、私はそうは思っていません。

 というのも、街自体の雰囲気や住んでいる人の空気が、オーケストラにも表れるからです。京都の人だけが演奏しているわけではなく、私も京都にゆかりがあったわけではありませんが、そういう人たちが「京都の音」をつくっていくことの面白さもあります。

 私がとても大事にしていて、特に京都にぴったりだと思うのが、「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」という言葉です。常任指揮者就任で「何かをやらなきゃ」と気負い過ぎるのではなく、まずは、今まで京響がどう歩んできたか、どんな活動をしてきたか知り、それから新しい風を吹かせたいと思っています。

◇  ◇  ◇

沖澤(おきさわ)のどか 1987年生まれ、青森県三沢市出身。東京芸術大学卒。同大とハンス・アイスラー音楽大学ベルリンで修士号取得。2018年に東京国際音楽コンクール、翌19年にフランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。22年6月まで、世界最高峰オーケストラの一つベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、首席指揮者キリル・ペトレンコのアシスタントを務めた。

(2022年9月25日掲載)

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