国内大学の研究力低下が叫ばれて久しい。海外の有力大学に比べ見劣る資金力が要因とされ、政府はこうした現状を打破しようと10兆円規模の「大学ファンド」を創設、今年3月に運用を始めた。ただ、金融市場はウクライナ危機や世界的なインフレで荒れ模様。元手となる資金は借り入れで、一定期間後に返済しなければならないという制約もある。大学ファンドの勝算やいかに。(時事通信経済部 小林優哉)
広がる海外との格差
日本では若手研究者の安定的なポストが少なく、博士課程への進学率は低下している。世界全体で見て、引用された回数の多い良質な論文の割合も低下傾向にある。背景には大学の資金力の問題があり、海外大学との財政格差は拡大しているとされる。
海外では独自に基金をつくり、運用益を若手研究者の育成などに活用している。文部科学省の資料によると、米国のハーバード大の基金は4.5兆円、イェール大は3.3兆円。東大は190億円程度にとどまっており、その差は歴然だ。
そこで浮上したのが大学ファンド構想だ。研究施設整備や人材育成を促進する目的で、菅義偉内閣(当時)で2020年に決定した緊急経済対策に盛り込まれた。バトンを受け継いだ岸田文雄政権でも科学技術政策の本丸に位置付けられた。
科学技術振興機構(JST)にファンドを創設し、計約10兆円を株式や債券などで運用する仕組みとなっている。政府出資が約1.1兆円で、残りの約8.9兆円は財政融資で手当てする。運用開始から5年以内には年3000億円の利益を上げる計画だ。
運用益は公募から選んだ大学に分配する。金額は1校当たり数百億円となる見込みだ。支援対象の「国際卓越研究大学」に認定されるには、ガバナンス改革や継続的な事業の成長などが条件で、将来的には政府資金に頼らない体制を目標とする。支援を中長期的に続けるためには運用の成功が必須だが、結果次第では大学ファンド構想が「絵に描いた餅」になる恐れがある。
運用リスクに警戒感
大学ファンドの財源の大半は財政融資で、いわば借金によって賄われている。調達資金の償還期間は40年間で、20年後から返済を始めなければならない。一方、海外の大学ファンドの原資は卒業生や産業界からの寄付金となっている場合が多い。海外勢に追い付くには政府の後押しが必要だった。政府は「ファンドの自立を促すための時限的な活用」と説明する。
財源をめぐっては、野党が「借金でギャンブルをするようなものだ」と批判。財政制度等審議会(財務相の諮問会議)の分科会でも厳しい指摘が相次いだ。分科会では「元本が毀損(きそん)すると返済が不能になり、国民負担になる」との懸念の声も上がり、「ファンド運用に財政融資資金を活用することは今回限りにすべきだ」とする意見も出た。
厳しい視線の背景には運用目標の高さがある。物価上昇を加味した大学ファンドの運用目標は年4.38%以上に設定した。公的年金を管理・運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の実質的な収益率は平均年3.78%。目標達成には相応のリスクを取ることが求められる。大学ファンドでは、変動の激しい株式と比較的安定的な債券の資産構成比率について「65%対35%」を参考値とし、市場動向に応じて調整する方針。
足元の運用状況を見ると、3月末時点の運用額は5兆1186億円で、資産の内訳は内外債券が54.6%、短期資産が41.3%、内外株式が4.1%となっている。収益額は約95億円、収益率はプラス0.3%だった。価格変動が激しい株式での運用を抑制しており、当初は安全策を取ったように見える。
JSTは運用結果について、「世界的なインフレの進展やウクライナ情勢などで先行きの不透明感が強い市場環境であったことを踏まえ、慎重に投資を行った」と説明する。今年度中に約4.9兆円が追加注入される予定で、投資先に注目が集まる。
ファンドの手応えと今後
大学ファンド成功のカギは何か。キーマンの喜田昌和JST運用業務担当理事に聞いた。喜田氏は機関投資家の農林中央金庫から転身した投資のスペシャリストだ。
―当面の運用方針は。
先進国債はJSTで運用し、株式や(非上場株などで運用する)オルタナティブ投資は(運用機関に)一任している。現時点では慎重な運用で、新興国株・債券は保有していない。スタート時点では債券が多めになると思うが、だんだんとリスクを取って収益を最大化するようなポートフォリオに近づけていく。それには多分10年かかる。
―収益率4.38%以上の運用目標について。
過度に野心的なものではない。ウクライナ危機下で金融引き締めが続くという不安定な状況ではあるが、去年に比べると債券の利回りが上がっている。そういう意味ではやりやすいというのが私の印象だ。
―元手が財政融資だ。
調達構造に応じた運用が必要になるというのが基本の考え方だ。毀損(きそん)が借り入れまで及ばないというのを強く意識している。20年後に始まる償還までに極力リスクが取れるように資本に余裕を持たせたい。
―3月末の運用実績をどう評価するか。
マイナスだったとしても気にならない。年率で3%を超えているし、(運用を開始し)20日間前後の結果にすぎない。(現在の)パフォーマンスは為替と金利、株で相殺されている状態にある。
―足元の円安をどう見るか。
金融政策がこれだけ違うと円安に振れやすい。しかし、円高に転じたときのスピードはものすごく速いので、あらかじめヘッジをしておくことが必要だ。ただ、足元で急に円高になるとは見ていない。米国での利上げが止まると、その時点で円高が進み出すだろう。日銀総裁交代などのイベントでも動くかもしれない。
―今後の市場環境の見通しは。
4、5年はインフレがある程度高止まりし、金利も高止まりする状況が続くと思う。ボラティリティー(変動率)が高いという意味でプラス、マイナス両面ある。
(2022年9月21日掲載)